第7話 アラタ博士ふたりを迎える

博士が手配した自動運転車に乗り込んだカイはすぐに小型デバイスで散り散りで逃げた仲間と連絡を取り無事を確認した。

ソラは自動運転車を待つ間にカイにおおよそのあらましを聞いていた。カイに絶対的な信頼を置いているソラはカイが頼って連絡を取った相手なら大丈夫だと信じることができた。

車のシートは信じられないくらい座り心地が良かった。ふたりは自動運転車に乗るの初めてだった。

農場から逃げ出した時に全速力で走ってかいた汗が冷えて、路上裏に逃げ込んだ時は冬の乾いた冷たい空気に身体が芯から冷えていたが、車内は暖かく心地良かった。

車窓の景色がどんどん変わっていった。カイたちの行動範囲は基本的には再開発が遅れているエリアだったので、研究所がある新市街の中心に向かうにつれ、街の様相が劇的に変化していった。ほぼ全ての建物が高床式で、街中の至る所に垂直農場や大規模な屋上庭園が見られた。これらは建物と一体化し、野菜や果物を生産しながら、都市の空気を浄化する役割を果たしていた。

夜にもかかわらず、バイオルミネセンス技術を応用した照明システムが柔らかな光を放ち、街全体が幻想的な雰囲気に包まれていた。

車は地上から空中へと滑らかに移行し、立体的に張り巡らされた空中道路を走り始めた。遠くには、災害後に建設された最新鋭の防波堤システムが見えた。これは海岸線に沿って設置された一連の可動式の壁で、普段は海の眺めを邪魔しないよう低く抑えられているが、必要時には高く持ち上がり、都市を守る。夜間はセンサーと連動したLEDが波の状態を色で表現し、美しい光景を作り出していた。

ソラは車窓から見える外の景色に瞳を輝かせた。空中道路を走っていると夜の中に吸い込まれていくような感覚を覚えた。下を見ると、旧市街地の暗い影が見え、新旧の街の対比が鮮明だった。

突然、ソラは鼻の奥がツンとして泣きそうになった。堪えていた緊張の糸が今にも切れそうだった。​​​​​​​​​​​​​​​​


アラタ博士は研究所のゲートの前に立って、カイとその連れを待っていた。AI秘書によると、自動運転車にはカイだけでなく、もう一人小さな男の子も乗っているという。

またAI秘書は、カイが送信した暗号化された位置情報周辺の異変について情報を集めていた。その結果、ピラニータが近くの垂直農場に侵入し、現在偵察ドローンがそのピラニータを探索中であることがわかった。AI秘書は、これらの事実からカイとその男の子が該当者である可能性が高いと博士に伝えた。

「研究所のゲートは自動運転車が通れるように設定されています。また、案内AIが彼らを博士の研究室まで連れてきてくれるよう手配しましたから、博士がわざわざ外で待っている必要はありませんよ。」というAI秘書の言葉があった。

しかし、博士はその忠告を無視し、寒い鈍色の空の下、彼らの到着を今か今かと待っていたのだ。

自動運転車が静かに「未来創造科学技術研究所」(FCIST)のゲート前に停車した。車のドアが開くと、まずカイが慎重に外に出た。彼は周囲を素早く確認してから、ソラに手を差し伸べた。小さな少年が恐る恐る車から降りる。

アラタ博士は、二人の姿に胸が締め付けられるのを感じた。カイの警戒心に満ちた眼差し、ソラの疲れ切った表情。彼らの服は埃っぽく、所々破れている。

「よく来てくれた」博士は優しく声をかけた。「中に入ろう。暖かいお茶を用意させてある。」

カイは一瞬躊躇したが、ソラの手を握りしめ、博士に向かってうなずいた。三人は無言のまま、研究所の中へと歩を進めた。

建物内は、外の寒さとは対照的に心地よい温かさに包まれていた。案内AIの柔らかな声が廊下に響き、彼らを博士の研究室へと導く。

エレベーターに乗り込むと、ソラは初めて興味深そうに周りを見回した。壁一面がディスプレイになっており、研究所の様々な情報が流れている。カイは相変わらず緊張した面持ちだったが、博士の穏やかな態度に少しずつ警戒を解いていくのが分かった。

研究室のドアが開くと、広々とした空間が二人の少年の目の前に広がった。最新のホログラフィック・ディスプレイ、部屋の隅では、3匹の猫がくつろいでいる。

大きな窓からは夜の街並みが一望できた。

「さあ、中へ」博士が二人を招き入れる。「ここなら安全だ。ゆっくり休んで、それから話をしよう」

カイとソラは、初めて目にする不思議な空間に圧倒されながらも、ようやく安堵の表情を浮かべた。二人は博士の後に続いて研究室に足を踏み入れた。​​​​​​​​​​​​​​​​

博士が二人を招き入れる。博士は大きなVRセットの横を通り過ぎ、来客用のソファーにふたりを座らせる。

「ゆっくり休んで、それから話をしよう。あ、そうだ」

博士は突然思い出したように付け加えた。

「もしよければ、後でうちの量子コンピュータを使った最新のVRゲームを試してみないか?」

カイとソラは、この不思議な空間と優しくも少し変わった博士に戸惑いながらも、ようやく安堵の表情を浮かべた。


博士は自分で入れた香り高いコーヒーを飲みながら、少し複雑な表情で2人のドーナツの食べっぷりを見ていた。

案内AIロボットが作って運んでくれた滑らかで濃厚なホットチョコレートを飲みながら、カイとソラは博士が常にストックしてあるゆるふわ亭のドーナツと、コトリちゃんとふたりで取り寄せた北海道のnicoというお店のチーズクリームドーナツを片っ端から食べていった。博士は彼らが来る前にお取り寄せドーナツを解凍させて温めてあったのだ。

博士はゆるふわ亭のチョコレートドーナツがいちばん好きだが、このドーナツは割と甘さ控えめでコーティングしているチョコレートがカカオ度の高いほろ苦いチョコレートなので子ども箱飲んで食べないだろうと思い、砂糖がまぶされたプレーンドーナツを用意した。シンプルで良い材料が使われているのだろう、ふんわりしていて素朴で博士はここのチョコレートドナーツの次にこのプレーンドーナツが好きだった。

一方、nicoのチーズクリームドーナツは、サクサクした生地の中に、北海道産の濃厚なクリームチーズが詰まっており、口に入れた瞬間に爽やかな酸味と甘みが広がる。

「ああ〜ん、絶品のドーナツをそんな3口で食べるなんて、もう少し味わって食べたらいいのに。」と博士は心の中で思いながら、腹を空かせた2人が落ち着くのを待った。

満腹になるとソラは眠くなったようで、カイにもたれかかて眠ってしまった。

博士はカイに

「君も疲れただろう?今日はここに泊まって行きなさい。僕は帰るから。ここはセキュリティもしっかりしているし、まさか偵察ドローンも君たちはここにいるなんて思ってもいないだろう?」

といたずらっ子のような表情をしながら言う。

「なんで助けてくれる?なんで通報しない?」

カイは疲れたせいでかすれてしまった声で博士に問う。

「君たちに興味があるからだよ。ただこれを説明すると長くなるから話は明日の朝にしよう。明日9時頃に朝食をここに用意させるから一緒に食べながら話そう。いいね。それからここにいる猫たちをいじめないようにね。」

ウインクして、部屋の設備の説明と2人の着替えの用意は案内AIロボットに任せ博士は自宅に帰った。深夜1時を過ぎていた。ふたりにとって長い1日だった。

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