第2話 ピラニータ

2040年の日本社会において、ピラニータは重要な社会問題として位置づけられている。彼らは2025年の大災害後に出現した子どもたちのストリートギャングで、主に孤児や家族を失った子どもたちが生存のために形成した集団だ。2040年時点では約2万〜3万人程度が存在すると推測されている。


ピラニータは主に二つの世代に分かれている。第一世代は15歳以上で、災害直後に路上生活を始めた子どもたちだ。第二世代は0〜14歳で、ピラニータの間で生まれた子どもたちである。彼らは10〜15人程度の小規模なグループを形成し、都市部を中心に活動している。高度なテクノロジーを逆手に取り、AIガバナンスシステムを回避しながら生活している。


ピラニータの出現は、大災害直後の2025年から始まった。多くの子どもたちが親を失い、適切なケアを受けられずに街頭での生活を始めた。その後、数年間で急速に増加し、ピーク期を迎えた後、政府の対策により徐々に減少していった。


ピラニータたちは、廃墟となった建物や地下道、放棄された施設など、都市の死角に集中して生活している。彼らは無人店舗やドローン配送システムへの侵入、仮想通貨のハッキング、垂直農場からの食料窃盗など、様々な手段で生存している。組織構造は年長者をリーダーとする小規模なグループが基本で、各メンバーは特殊技能に基づいて役割を担っている。


彼らは独自の文化や価値観を持ち、社会復帰プログラムを拒否する傾向がある。その理由は複雑で、過去の不適切な保護施設での経験や虐待による不信感、自由への執着、グループ内で形成された絆、ピラニータとしてのアイデンティティへの執着、路上生活で培った生存スキルへの自信、AIガバナンスや監視社会への反発、過去のトラウマによるPTSDなどが挙げられる。


ピラニータの問題は、災害後の社会再建過程で生じた格差や社会システムの盲点を浮き彫りにしている。政府はAIを活用した包括的な支援プログラムを実施しているが、完全な解決には至っていない。特に第二世代の子どもたちへの対応が課題となっている。


この問題に対応するため、2030年から育母制度などの新たな取り組みが始まり、孤児や虐待のため保護された子ども、ピラニータから保護した子どもたちへの支援が行われるようになった。しかし、ピラニータたちの多くは依然として国の保護を拒んでおり、その解決は容易ではない。


コトネは街の地図を隅から隅まで頭に入れている。各々の道路や地域ごとに人通りが途切れる時間や他のピラニータグループの縄張り、監視カメラも全て把握している。小柄で目立たず、自分の気配を消してしまえるので、少し変わった格好をしていても大人たちの注意をひかない。彼女はアヤから情報(警察やAIシステムの偵察ドローンの動き、イベント)を得て、まずは目当ての無人店舗の周辺などを徘徊し、偵察する。グループで決めている低リスクの条件が揃った場合、リーダーのカイに報告する。カイが実行するかしないかを判断し、今回は実行を決定した。実行が決まると、ソラが目当ての店のセキュリティシステムをハッキングする準備を始める。最近グループが寝床にしている旧市街地の城の西側の大通りの廃墟ビルの5階の一室で、ソラは壁にもたれかかり、古い小型デバイスのモニターに集中する。

「もうこのデバイスも限界かな〜、おせえ。カイ、新しいのほしいよ。」

とソラは横にいるカイにモニターから目を離さず、指を動かしながら、話しかける。

「そうだな、これが終わったら、新しいパソコンの調達を考えようか。ただ、今のでどこまでできるか見てみよう。」

目当ての店の周りにはアヤが見張り、商品の運搬のためにユウキが待機している。全員がイヤホンで連絡を取り合っている。リョウとケンタは顔認証システムを回避するための特殊なメイクを施し、反射材を使用した服を着用して準備を整える。


「よし、顔認証システムと決済システムをバイパス。監視カメラにも偽のフィードを送信中。5分間は大丈夫。」

とソラが言う。彼は顔認証システムのデータベースに一時的なゴーストプロフィールを挿入し、決済システムには偽の取引記録を作成していた。監視カメラには事前に録画していた平常時の映像ループを送信中している。カイはそれに呼応して無線でリョウに伝える。

「リョウ、5分の間に何を取るか分かってるな。急げ。」


イヤホンから聞こえるカイのゴーサインに、リョウはケンタに目くばせして店の中に入る。この2人は手際が良く、あらかじめ決めておいた必要な商品を素早く集めていく。しかし、予期せぬ事態が発生する。店内に別の客が入ってくる。リョウとケンタは冷静に対応し、普通の買い物客を装って行動する。イヤホンからカイの焦った声が聞こえる。

「あと、2分だ。急げ!」

その声を聞いて、リョウはケンタに小声で指示を出す。

「ケン、もうおしまい。出よう。」

二人は慎重に、しかし素早く残りの商品を掴み、歩いて店を出る。待っていたユウキに袋を渡し、リョウとケンタとユウキはそれぞれ別々の方向に散らばる。アヤも別ルートで寝床に向かう。今回は予定よりも少ない収穫だったが、無事に終えることができた。途中でヒヤリとする場面もあったが、全員が冷静に対応できた。これも日頃の訓練の賜物だ。カイは次回の計画を立てる際、今回の経験を活かすことを心に決める。ソラは安堵のため息をつきながら、「次は決済システムのバイパスをもっと長く維持できるようにしないとな」とつぶやいた。​​​​​​​​​​​​​​​​



廃墟ビルの5階、かつてはオフィスだったであろう広い空間が、今は彼らの寝床となっている。壁には所々ヒビが入り、窓ガラスの一部は割れているが、彼らなりに工夫を凝らして居心地の良い空間に作り変えていた。女子と男子で寝るところは分かれている。

シホ、アヤ、ハナ、コトネの4人の女子は、広いオフィスの片隅に設けられた、元応接室だったと思われる約12畳ほどの部屋で寝ている。この広さにより、各自のスペースをある程度確保できている。室内には書類棚、ソファー、テーブルがあるが、これらは全て部屋の片隅に寄せてあり、中央部分は寝るスペースとして十分に確保されている。

各自の着替えや小物、化粧品などは書類棚に整理して収納されており、限られた空間を有効に活用している。窓にはカーテンがなく、外の景色が丸見えだが、少なくとも男子たちとは別の空間で休むことができる環境が整えられている。一方、男子とナオは応接室の反対側の広いオフィスの端に沿って、それぞれが好きな場所に不規則に寝袋を置いている。壁際には拾ってきた家具や段ボールで作った簡易的な棚が置かれ、各自の持ち物が収納されている。



部屋の中央には、大きな円を描くように座り、今日の「戦利品」を広げていく。蛍光灯はもう機能していないため、LEDランタンの柔らかな光が彼らの顔を照らしている。


ムードメーカーのリョウはそばかすだらけの顔に満面の笑顔を浮かべて、冗談を言いまくってユウキがそれにツッコミ、ソラは機嫌が良い時いつもそうするように鼻歌を歌う。

ケンタはいつも抱えている擦り切れたくまのぬいぐるみの腕を握りしめながら、ハナに寄り添ってひたすら今日の武勇伝をハナに語る。

ハナは笑顔を浮かべながらケンタの話に耳を傾けていた。自由で楽しく騒がしい雰囲気が満ち満ちて、小うるさく命令したりする大人がいない彼らだけの空間だ。


カイが鯖の味噌煮の缶詰を開け、その香りが部屋中に広がる。

「よし、みんな自分の分を取ってくれ。」

と声をかけると、一斉に手を伸ばす。年長組はコーラを、年少組はファンタオレンジをそれぞれプラスチックカップに注ぎ入れて乾杯した。

ソラはチョコレートコーティングされた菓子パンを口いっぱいに頬張りながら、

「うまっ!これ大好き!」

と歓声を上げる。アヤとコトネはポテトチップスの袋を開け、

「交換する?」

と言いながら、コンソメ味とうすしお味を分け合う。ユウキは唐揚げをほおばりながら、「今日の作戦は上手くいったな。お前らよくやった。」

と満足げに言ったユウキにアヤは

「おまえはえらそうなんだよ。」

と言いながらユウキに笑顔を向けた。

「うるせえな、重い食料を運んだのは俺なんだぞ。今日はアヤは何もしてないだろ、感謝して食えよ。」

とアヤの頭をぽんと優しくはたいた。

心なしか顔を赤めるアヤにコトネはなんとなく心づく。ケンタはブドウ味のグミを口に放り込みながら、

「僕、次はチョコレートも欲しいな。」

とつぶやき、ハナにグミを

「あげる」

と一粒手渡す。ハナも自分のメロンパンをちぎってケンタに渡し2人とも笑顔でお互い分け合ったものを食べている。ナオは黙々とラーメンを食べながら、時折周りの会話に耳を傾けている。

話題は今日の作戦の成功や失敗、次の目標、そして些細な日常のことまで多岐にわたる。時折笑い声が響き、こうしてみんなで食事をするときだけは彼らの過酷な現実を忘れさせてくれる。カイは黙って皆の様子を見守りながら、おかかおにぎりを頬張る。

窓の外では夜の街の喧騒が聞こえるが、この廃墟の一室は、温かな家族の団欒の場となっていた。​​​​​​​​​​​​​​​​

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