出会い

「じゃあ早速だけど。」

咄嗟に「はい」と言ってからことの進みは早かった。


「お風呂に入ろっか」

そう言われて私はお風呂に浸かっていた。

「これ、私のだけど入るかな、入らなかった教えてー」

「はい、ありがとうございます。」

私に服まで貸してくれるなんて優しい人だなと思いながらまた、湯船に顔をつけあの夜のことを思い出していた。


「ありがとうございます。入りました。」

「きゃ、可愛い。」


「もうすぐかな。」

「もうすぐですか。」

「 うん、息子がもうすぐ帰ってくると思うの。」


「息子さんですか。」

と私は少し不安に襲われる。やっぱり人は怖いという印象が抜け落ちない。


「心配しないで、頭がちょっとだけ弱いから。」

「え!」

あんな優しい人からそのような言葉を聞くとは思いもしなかったので驚く。

「どうしよっかなー。とうはなー。あっ、そうだ。ドッキリでもするか」


言われた通り、庭で隠れながら男の人の帰りを待ちながら内心、動揺していた。

バカな息子さんという二文字が頭から離れない。どんな人なのだろう。

白い外装、コンクリート造りの2階建ての建物を見上げ立派だなと思っていたり、雲の動きを眺めているこんなしていたら、男の人が入ってくる。

短髪で肌感的に若そうということは一目で分かったので息子さんなのだろうと推測はできた。

気づかれないようにこっそりと背後につき、

数十センチも高い男の人の腰のあたりに目をあてながらドアが開くのを待った。


そして、開いた瞬間一瞬の隙をついて入り込んだ。ちょっと、悪いことをしている気分でいたたまれなかったが、前を見ると玄関先で蓮見さんが私を見てしてやったりとニッコリ笑っているので、微笑で返す。


「びっくりした。どうして立ってるの。お母さん出かけるの」

「違うよ。おかえりー。斗架。ちょっと、待ってたのよ。」

「おん、ただいま」

そう、言いながら靴を脱ぐ時もまだ、気づいてはいない。


そして、靴を丁寧に揃えようと振り返った際にその時はやってくる。

「うわ」

靴から手を離し仰け反るようにお尻を床につけた。


「あ、ごめんなさい。今日からお世話になりまつ。淡井…」

咄嗟に挨拶をするが、。

「ぬっすとー。ぬっとーだよ。」

と両手をくっつけて礼儀正しくお辞儀をする女の子を見ながらあらぬ疑いをかける。状況からすればもっともだけれど。


大声で言うもんだから花麗も動揺して尻込みするが、

「よろしくね。花麗ちゃん。」

蓮見は膝を曲げ、女の子に顔を近づける。

少女はペコリともう一度お辞儀をする。

「淡井花麗と言います」

「ほら、あんたも挨拶しなさいな。」

「お世話になるー。誰、誰やねーん。」


花麗は上目遣いで少し怯えた表情を見せる。

「とう、怖がってるでしょ。ごめんね。花麗ちゃん。さぁ、名前」

前のめり気味に女の子よりも10歳程年上だろう男の子が挨拶をする。歳は17歳くらい。

「ううーん、司瑠星斗架」

再び少女はお辞儀をした。しかし、服が乱れて首元の下にある紋様が顕になる。

斗架は指を少女に指しながら驚いた表情で母を見る。


慌てて隠すがもう遅く、とっさに言葉を出した。

「あたし、ごめんなさい。魔女だから。悪い子だから。ごめなさい。」

「ん、魔女って」

ずっとつらい思いをしていたからなのだろうか。始めての言葉は謝罪の言葉。


ずっと、襲われ逃げてきた彼女からすれば恐怖の方が打ち勝つ。

花麗は目を閉じていた。自然と涙がでた。

「何で泣く」

なんの遠慮もなく聞くので、

「そんなこと聞いちゃ」

とすかさず母は止めに入るが

「泣いてるとね。慈悲をかけてくれるかもってお母様が」


「あぁ」

可哀想な眼差しを送る母。

「お母さんは?」

「とう。」 


「分かんないです。けど、多分」

その言葉に2人して言葉が出なかった。

表情をみれば大体察しは作く。

「ごめんなさい。お邪魔して」

再びの謝罪を返す少女。

「まぁ、きにすんなってほら入ってそういうこともある年頃だよ。」


「本当にです。」

「うん。って。」

女の子は目をうるわせて笑ってみせた。

「えへ」

けれど、どこか辛そうにもみえる。

「きゃ、可愛らしい。ママって呼んでいいよ。」

「ママ」

「おいい、何呼ばせてんの。」

「さぁ、入ろっか。食事も用意するからね。」

言葉を遮るように蓮見は花麗の手を引く。


「花麗ちゃんはここに座っててね。」

白いフカフカのソファに腰を下ろすやいなや斗架さんはズケズケと近づいてきた。

「にしてもすごいな。」

「首のですか。」

「うん、よくできた入れ墨やなーって。」

「ん、入れ墨。」

「それよか、魔女ってなんだ。さっき言うとったろ」

少女は台所にいる蓮見さんをまさかという表情でみる。

蓮見さんは笑っていた。


「ほらね、斗架は物知らずなんよ」


「お母さんは知ってんの。」

「知ってるよ。」

とジャガモを乱切りにしながら呟く。

「 ふぅ~ん」

「そんなもんか」

と受け入れた。


これは何ですか。

と不思議そうに尋ねる。

「先程から私の顔と交互に見ているそれを気にせずにはいられなかった。」


「知らないの」

「はい」


「そっか…貧乏やったんやな」

そういうと彼は私の顔をみながら拝みだした。

ちょっとだけ、ムッとしてしまい。顔をしかめそうになった。

「そうなんですぅ。貧乏なんですぅ。」

口を尖らせて語尾を強めた。酸っぱいものでも食べたような顔になっていたので、彼は笑い出した。

「ハッハ、なにその顔。」

「笑わないでください。」

「いいじゃん。面白くて」

そう言われると少し恥ずかしくなって目を離した。

「これはテレビ。色んなのを観ることができるものだよ。」

「テレビ」

「ほら、こうやってリモコンを押すと、チャンネルが変わるからさ。」

「チャンネルですか。」

「そう、色んなところから映像を流しているんよ。」

「すごいです。」

リモコンを渡されて、色々回してみた。

人が映っているチャンネルはちょっと怖かったので、動物が映っているチャンネルにかえた。

「あっ、これ知ってる。あっ、知ってます。」 


「いいよ。敬語じゃなくても。」

「知ってるの」

「馬か。」


「皆、お馬さんにのって出かけてたの。」

急に子供みたいに話すのをみて、

「ふぅ~ん、そんなとこにいたのか。」

とソファに肘をかけしたり顔をする。まるで、ホストみたいに。本人は心を開かせた優越感に浸っていた。

だが、花麗はというと理由の分からない場面での表情が不気味でどこをみたらいいのかと戸惑う。


「出来たよ。」

救いの手にそっと心のなかで無駄を撫で下ろす。

そんなことはお構いなしに陽気にダイニングへと向かう。

「今日は何かな何かな。おっ、カレーか。いいね。いいね。」

「ほら、花麗ちゃんも」

「はい」

これまた物珍しそうに木製の机に並ぶとやらを見つめる。

「いただきます。」

見様見真似で同じ仕草をする。

「いただきます。」

「食べてみて」

「おっしい」

「フフ、でしょう」

「はい、こんな美味しいの初めてです。」

「もう、やだ。褒め上手。」

「おばさんくさいぞー」 

その言葉に

「ちょ、おばさんってナニートウチャン」

と頭をグリグリされる。

「ごめんって」

「いいもん。どうせおばさんですよ。」

ちょっと、不貞腐れたように見えて笑みを浮かべている。

「 それより、魔女ってなんだよ。教えてくれよ。」

少女は語りだした。魔女とは何かを。そして、少年は驚いた。魔女とは何かを知って。


「よーし、バイバイだ。」

まさかのさよなら発言、そして、無理矢理手を両手を持たれて立たせる。

それに対し、グスグスと涙を浮かべる少女。

まるで、奴隷商人がものみたいに子供を扱う絵面になってしまう。

「ちょー、可愛そすぎ」

ペチャン。

「 ああーん。」

ほっぺを叩かれ乙女の如く床にひれ伏す少年とペタンずわりで今にも声を上げて泣き出しそうな少女。そして、鬼が立つ地獄絵図が完成した。

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