第十三章

 「ヴェルへイム!!」

 カエサルは怒鳴った。

 剣を振るうとヴェルヘイムは四本もの水銀の剣でカエサルの剣を防ぐが高度が足りない。密度の高い水銀が砕けるという物理学ではなかなか見れない光景だ。砕かれた破片の先に怒りに満ちたカエサルの顔が見えた。スローモーションのような死がヴェルヘイムに襲いかかる。瞬時に身体をよろけるのはほぼ本能的恐怖だった。それでも、額を斬られた。赤い血が流れるのを見てヴェルヘイムは不思議な感情に満ちた。自身にはまるで水銀の血が流れているような感覚がした。冷酷な血が流れ、愛というものを理解できぬが故に令嬢共を籠絡するのに躊躇わなかった。その自身に赤い血が流れるのを見て安堵した。

 「カエサル私にも赤い血が流れるのですね」

 そう言って彼は血を舐めた。

 「何を言っている。貴様は人間だろう。そして何処までも貧弱な肉体を持っておる。魔法族も非魔法族も変わらん」

 その言葉にカエサルのくせにつまらんことを言うのだと思った。カエサルであればもう少し冷酷に非魔法族との違いを演説するかと思ったが、見込み違いの男だったか。

 ヴェルヘイムは魔法族とは神に等しい存在だと思っている。その等級が上がればその分神に等しいと思っている。だが非魔法族も違いがないか、なるほどつまらん男と戦いになったな。さっさと殺すに限る。

 ヴェルヘイムは自身の血管に水銀を流す。猛毒すらも肉体になじませるすべを知った。長年の研究から水銀と血液の融和を遂げることが出来た。筋肉の伸縮を助け、肺の活動を増大させ、酸素の燃焼を上げさせる。結果寿命が短くなろうが知ったことではない。命の炎の時間は有限だ。その間に充分に活躍できる時間は二十年が良いところだ。今の歳がピークとしてこの先二十年としたら四十五歳までがヴェルヘイムの全盛期である。その間に後継者などという打算は考える必要がない。自身こそが魔法族の頂点に相応しい魔法族だ。唯一の種であるから後継者など存在しなくていい、自身の死こそ全滅を現す。この先、水銀の魔法使いは絶対に現れない。魔法使いの種族特徴上、百年をひとつの時代として、その時代に同じ魔法使いは現れない。これは絶対だ。ここまで肉体と親和性を果たせた魔法使いは存在しない。研究を後世に残しても私以上に魔法使いに相応しいものは存在しない。私こそが魔法使いの頂点だとヴェルヘイム自身が認めている。欠点は身体能力が低いことだが、それすらも水銀の魔法で克服可能だ。


 「貴様、死ぬぞ」

 「ふん、死を恐れるなど種族の欠点だ。死とは弱者の欠点に過ぎん。強者とは死を恐れん。死すらも克服することこそ強者に相応しい。私は今に不死すら現実にする魔法族だ。控えろカエサル、貴様が目の前にしているのは魔法使い最強にして神に相応しい人間だ」

 「カルトもここまで来ると狂信を通り越して愚かだ」

 「なに?」

 「不死を実現か、くだらん。死なぬ身体に人間性はない。無限の命に価値はない。有限だからこそ尊いのだ。有限だからこそ発展するのだ。有限だからこそ工夫するのだ。無限はそれで完成品だ。そこに工夫も発展もない。故に貴様の進化はそこで留まる。だが安心しろ



 ”カエサルは剣を構える”



貴様の進化は俺が止める」


 ヴェルヘイムは不快感を露わにした。

 眉をひそめ怒りを露わにした。


 「身体強化は貴様の特権ではない」


 そう言ってカエサルは自身の血流を大きく流した。魔法を大量に心臓に送ると活発に細胞は活動を始めた。血が流れ、筋肉の中で激しく燃焼した。

 金属の魔法使いであるが細胞強化はお手の物だ。カエサルは黄金の魔法使いだと思われているのは王冠を加工する魔法を使えるが、それは黄金が王の象徴であるからだ。経済を支配し、永劫に腐食せぬ黄金は永遠を意味する。永遠とはエジプトでは永遠の命とされているが、カエサルの永遠とはローマの永劫の繁栄だ。無論そのような国家は存在せぬ。日本ですら永遠ではない。事実一度占領されている。その時点で永遠の言葉は消失する。朝廷が二千年続こうが、日本民族が続こうが戦争に負ければその時点でその国家の歴史は途絶えるのだ。二千年の国家。それは日本から見た視点だ。俺はあの国家を二千年王朝とは認めんし、イングランド王国も千年王国とは認めてはおらん。

 永遠の国家は存在せぬ、が、望む、望まんとは大きく違う。

 故に負けることはローマの永遠の消失だ。

 ローマ市民がその後も続こうが敗ければ終わりである。


 カエサルは周囲の炭素から剣の強度を上げた。


 「神に近い魔法使いが貴様だけと思うな。俺もまた神に近い魔法使いだ」

 「ほう……では競い合おうではないか。貴様の魔法と私の魔法、どちらが上であるか」

 「望むところだな」


 ふたりは剣を構えた。

 その直後、同時に動いた。人間を超える身体強化を施した身体はそう長く活動できない。この一瞬で勝負が決まる。

 空気が振動した。同時に一瞬真空化した二人の空間には壁に大きく凹みが生まれた。これは押し出された空気が圧縮され、壁を押し潰したのだ。

 その瞬間、カエサルの身体は胴体を境にふたつに別れた。


 「ふん、私の勝ちだ」


 そうヴェルヘイムは告げたが、次の瞬間ヴェルヘイムの上半身は袈裟斬りにふたつに別れた。


 「馬鹿な! 斬られたことに気づかなかった!? この私が? この下衆に敗けた? いや、絶命したのは奴が先……。ふっ、意味のないことか」


 そう、自身の死が絶滅であると語ったのは自身である。

 魔法族の頂点であるという自負から自分以上の魔法は存在しない。それを実感しただけでこの戦争は価値である。


 後にジルドが戦争に勝つという歴史があるが、それでもジルドが身体強化出来た歴史は後にも先にもない。戦争を変える魔法使いに後になる彼だが、猛毒の水銀を体内に馴染ませた彼の功績はこの後も超えるものはでなかった。少なくとも二千年の歴史の中ではまだであるが、この後ヴェルヘイムの魔法を超えるものが出るかもしれんし、魔法族の衰退の未来があるかもしれんが、そこはまだ分からぬ。

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