第十四章
”寒い……何処だ此処は”
カエサルは真っ暗な中でひとり彷徨っていた。いや、カエサルはその場に留まっているだけだ。時間が経つにつれてヴェルへイムに殺されたのだと理解した。だが自身の死はどうでもいいが残したローマが気がかりだ。戦争中に国を残すということは、その後継者が国家を引き継ぎ、戦争継続か和平かを選ぶことになる。息子、ブルータスは戦争経験がない。ただの若造だ。戦争継続に一度は舵を切るだろうが、王族である以上、戦場に立たぬなど在ってはならんことだ。王である以上、戦場に立つべきだ。安全な国内で戦争指揮など出来ん。当然流れ弾の当たらぬ場所に身を置くことはあるが、安全な場所での戦争指揮など愚者のやることだ。現実を見えておらん為政者が統治する国など存在してはならんのだ。
「それには同意だな。私もそう思うぞ」
その声はヴェルヘイムだった。
彼は現れると周囲を見渡した。
「死とはこの程度の世界なのか。興ざめだな。これならば消滅が妥当だ」
「次期に消滅する。死後の世界など魔法意識の残影が見せるものだ。空間認識も曖昧になり、闇しか認識せぬのだ。貴様とこうして話すのも、いつまで続くことか」
「話すことなど充分だろう。今では意味のないことだ。意味のないことではあるが……」
そう言ってヴェルヘイムは剣を抜いた。
水銀はこの世界にはもうない、あの剣は魔法意識の表した姿だ。
カエサルもまた剣を抜く。
意識は肉体に引っ張られる。というが、この世界での身体能力もまた生前の肉体に引っ張られる。だがそれはあくまで意識上である。つまりヴェルヘイムが自身が強いと思えば強くなれる。イメージトレーニングのようなものだ。イメージ上で肉体操作をイメージする。それは鏡でフォームを確認するように、肉体の動きを脳で認識すると実際の試合でホームランが打てるように、肉体のイメージと実際の肉体は密接に関係する。それは全て脳幹を通して脊髄に送られ、身体を動かすように身体の動きには神経が密接に関係する。肉体の動きには意識が必要だ。無意識に身体が動くというのは痛みや熱を感じた時、脊髄が瞬時に反応し筋肉が動くときであり、それ以外は全て意識が存在する。
「死ね!」
ヴェルヘイムは剣を振った。だが如何に強いと自身をイメージしようとも現実の強さとは水銀操作の強さだった。つまり純粋な肉体の強さであったカエサルとは雲泥の差がある。そして、常に肉体のイメージを持っていた軍人カエサルと錬金術に長けていたヴェルヘイムとでは世界の認識が違っていた。知識から世界を見ていたヴェルへイムと肉体と剣で世界を見ていたカエサルとでは現実が違う。
イメージのヴェルヘイムの動きは軽い、が、素人ではない。剣術をある程度学んだものの動きである。上級騎士程度の強さがあるが、それでも充分強いのだが、王族相手にこの程度の強さは力不足である。
「ふん、身体強化に頼りすぎるのも問題だな。いずれにしてもこの世界では無意味だ」
そう言ってカエサルは剣を振るった。
ヴェルヘイムの剣が砕けた。驚くヴェルヘイムにカエサルの剣が彼の顔を斬る。
「馬鹿な、何故この世界でも私が負ける」
「イメージの違いだ。俺は常日頃から肉体イメージを培っておった。元より強化など要らぬのだ」
「……なるほどな。よい経験だ」
「魔法意識とは世界に流れるという。意識とはエネルギー体でしかないという考えもあるそうだ。確かに脳細胞間でのやり取りの副産物で意識ができたという説があるが、そう考えればエネルギー体というのは理にかなっている。そうなればいずれまた魔法族として生まれることもあろう」
「そうなれば」
「ああ、ヴェルへイムよ。その時は存分に殺し合おうぞ!」
そう言って崩れ行くヴェルヘイムの意識体はカエサルと握手をした。
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