第十二章

 「ほう、核ですら落とせぬとは頑丈な舟だ」

 「ヴェルへイム! 壁を閉じよ! 放射能がまだ濃いぞ!」

 アンネが怒鳴る。

 「ふん、私に命令するか愚か者」

 不愉快さを露わにするヴェルへイムは振り返るがアンネはサーベルを抜く。

 「言ったはずだ、貴様は王族ではない。そしてこの要塞では私が法だ」

 「……そうか」

 その瞬間、ヴェルヘイムの水銀の剣がアンネを突き刺した。


 「姉御!」

 「アンネさん!」


 周囲の兵が駆け寄る。

 腹に血が溢れたアンネが倒れる前に周囲の兵に抱き抱えられた。

 「動かすな! 止血しろ! 衛生兵!」

 「ガーゼだ! ガーゼもってこい!」

 「医務室に運べ! タンカーだ! モタモタするな!」


 慌ただしくアウシュヴィッツ兵が走る。

 そのままヴェルは外に出ようとするが彼の頬を銃弾がかすめた。

 見ると女兵が銃を撃っていた。

 「アウシュヴィッツを敵に回して生きて帰れると思っているのか! アンネを刺した罪! 貴様の命一つでも足りんぞ!」

 「ふん、勇猛果敢なアウシュヴィッツ兵だ。良かろう貴様も殺してやろう」

 そう言って水銀を使おうとした時、穴の無いた要塞に向かって飛行軍艦が火を吹いた。弾丸が着弾し、ヴェルヘイムを吹き飛ばしたのだ。

 「く、馬鹿な。核の麻痺ですら回路が動くのか!」

 瞬時にアンネの防壁魔法で兵を護った。ヴェルヘイムは吹き飛ばされたのか姿がないが、死体を確認するまで奴の死亡は確定ではない。肉片でも見つけて解析せねばならん。

 「皆、無事か?」

 「ええ、姉御は?」

 「ふん」

 アンネは刺された腹を見せた。皮膚を焼き溶かして止血したようだ。アンネは炎の魔法使いだ。ライターの火種で火炎を増加させる。火種こそ要るものの燃えれば周囲の酸素を燃焼させて、火力を増幅できる。同時に燃える要素のものであれば火こそあればそれはアンネの支配下に入る。火炎治療などお手のものだ。

 「流石に気絶しかけたが、命拾いした」

 「流石だ姉御!」

 「ふっ、だが、直近の問題は解決しておらぬ。核ですら回路が無事ということは要塞の弾薬尽きても勝てるか分からんぞ」

 それに、この火炎。熱風で燃やされた森にはクレーターが出来た。雪山は一瞬に溶けて蒸発し、立つのもままならぬ熱がまだ地上に漂う。まるでマグマのような熱風が支配する死の空間が五キロのクレーターとして君臨した。放射能は三十キロに及んだ。半減期には数年掛かるだろう。


 その頃飛行軍艦っではカエサルが強制的に魔法回路に魔法を流していた。

 回路は放射能で一時的に麻痺したが、電子回路のようにヤワではない。鉱石も無事だ。ただ電子が回路に妨害を与えて魔法がうまく通らぬだけだが、強力な魔法を強制的に流せば回路は動く。

 魔法族にとって核の攻撃など放射線をどうにかできればあのような熱風如き、脅威ではない。

 「ふん、課題だな。このような兵器如きで俺が手動で回路を動かすなど」

 「陛下、ご無事ですか」

 「ああ、皆も無事か?」

 「陛下の魔法のおかげで無事です」

 「ふん、なら良い。俺はこのまま回路が復活するまで要塞を叩く。貴様らは見ておれ」

 「御意」

 とは言ったもののキツイものだ。カエサルの額には汗が流れていた。

 ここは飛行軍艦の機関室だ。通常のエンジンのような部屋ではなく魔法回路と飛行石が載せられている。

 天空の城のようなものではなく、飛行石はダイヤの指輪程度のものが上部甲板に魔法回路と共に埋められている。魔法回路が飛行石の出力を制御するのだ。回路が麻痺しても飛べるのはこの鉱石の内包する魔法が働くからだ。飛行石は鉱山より採掘されるが、岩より出せば常に飛行するのだ。魔法を流すから飛ぶのではない。故に制御せねば真空の宇宙出てしまう。常に夜の宇宙に出てしまうのだ。

 上部甲板は回路のせいで無人の長い空間だ。

 カエサルの眼には飛行軍艦の索敵する能力で三百六十度の球状風景が映されている。つまり全く死角のない完全なる索敵能力だ。海に浮かべれば同程度の能力で海底から三百キロの彼方まで確実に敵を見つけられる。海の中ですら浮かぶゴミから泳ぐ魚に至るまですべての情報が魔法回路に集積される。

 それを選択して羅針盤のよう海洋模型、あるいは空洋模型に映し出すのだ。それも立体模型のように、半透明に。

 つまり魔法回路とはイージスシステムの完全版だ。

 それを手動で動かすのだ。脳が焼き切れる。


 「ふん、いらぬ情報すらいちいち拾うシステムなど木偶の坊だ」


 カエサルは手動で敵の火器システムにのみ集中した。

 魔法回路と脳のプログラム化だ。これはより効率的だ。予め書かれたプログラムで要らぬ仕事をせぬように回路に命令を出す。これは例えばとある仮想電脳書庫にアクセスしたとして、議事録の1845年の10月20日の議事録を見たいとすると、それを入力すればプログラムが勝手に取り出すようなものである。いちいち探すこともないのだ。

 ん? それがそちらの世界なのであろう。


 「さぁ、ビスマルコの息子よ、あの程度では死なぬであろう」

 カエサルは荒野の銀色の球体を見た。


 ヴェルヘイムは球体から出た。まだ周囲が熱で地獄であるが密度の高い水銀の鎧で放射線も熱もヴェルヘイムまでは届かない。が、その放射線や熱は魔法族と言えども対策せねば脅威であるから、核はやはり道徳を問う兵器である。

 ヴェルヘイムは水銀を音速で飛ばした。

 瞬時に飛行軍艦は機銃を撃った。大砲では間に合わぬ。魔法回路は攻撃されたときでしか反応できぬ。

 水銀の球は弾けたが、瞬時に次も撃たれた。

 飛行軍艦は防ぐ、その間、蜘蛛の糸のように伸びた水銀の糸がヴェルヘイムを空中にいざない。極限まで伸びた水銀は元の質量を無視して、魔法行使者が死ぬまでその質量を変化させる。

 自然に介入する魔法族、元素ひとつすらも増やす魔法族。周期表すら書き換える魔法族は正に神に匹敵する存在だ。

 ヴェルヘイムは装甲飛行船の船首に向かって剣を振るう。

 直後、赤い稲妻のようにスパークした。


 絶対に近い守護を誇る魔法防壁だ。

 幾重もの防壁魔法が施された魔法だ。


 「小賢しい!」

 ヴェルヘイムはあろうことか反対の魔法防壁を展開した。

 青い稲妻が交差して紫になる!


 直後、栄えあるローマ皇帝の魔法防壁が破られた。同時にヴェルヘイムの魔法防壁も消失した。

 「なっ!」

 ローマ兵は驚愕した。

 「馬鹿な、陛下の魔法防壁は絶対に近い。何故破られる」


 「魔法防壁とは正の数式を用いてます。反対に負の数式を使えば魔法防壁はいとも容易く崩せるのです。が、負の数など数学にこそ存在しても自然界には余り馴染みのない。魔法族は優秀ですが、自然界にないことは理解が難しい。おかしな事です。だから貴方がたは錬金術師に負けるので」


 ヴェルヘイムはそう冷酷に言ってローマ兵の虐殺に掛かった。

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