第十一章

 ジリリリリ!


 要塞にけたたましいサイレンが鳴った。

 巨大な砲を撃つ時、その風圧で近くの者が気絶や圧死するため屋内に避難させるサイレンであるが、この場合のサイレンは撃ち込む核のミサイルの熱風と放射線から兵を護るサイレンである。内部では放送での核のことが伝えられるが、敵の居る野外ではサイレンのみの発報のみになる。

 『総員、核の体勢に入れ! 付近の防核シェルターに避難せよ! 従わぬ者は銃殺だ! 命が欲しくば命令に従え!』

 女性の声でアナウンスする。アウシュヴィッツ兵士である以上、命令はルフテンブルグ兵以上の厳守が義務付けられる。通信兵に事務官に女性が多く起用されることがある。それはアウシュヴィッツ収容所では女性や老人、子供に至るまで労働が義務化されていたこともあるが、同時に下級労働者のような環境から雇用創出を目標に女性の起用を優先したからだ。優秀であれば軍に入る。そこに戦闘職種、非戦闘職種の差はあれど、優秀さこそ正義だと掲げるアウシュヴィッツに置いて試験を経て彼女たちは採用されている。試験には当然、軍事ヒエルランド語も必須となる。覇権国家たるヒエルランドはその言語圏がヨーロッパ全域に拡がっていることから、第一言語は必ずヒエルランド語になる。第二言語は英語であるが、工業言葉として認識されている。どちらも重要な言葉である。だが、元はイングランド王国の言葉であることから工業言葉とはあくまで、アメリカに渡った非魔法族を侮蔑する言葉として採用されている。この工業言葉も公式には用いられている侮蔑ではなく、俗称である。

 『目標、敵旗艦飛行軍艦!』

 中央管制室で女性指揮官が地図に定規を当てて計測する。

 『標準オーケー!』

 無線で砲手から入る。

 「……撃て」

 ヴェルへイムが冷酷に言う。

 『撃て!』


 同時に要塞内部の砲手は信管につながるスイッチを押すと大砲から核の弾頭が発射される。見た目は通常の弾頭のようであるが内部にはウランが火薬の力で強制臨界させられている。一気に核分裂を起こし、弾着する頃にはこの周囲は火の海になる。




 「なにかおかしいな」

 飛行軍艦に乗るカエサルは直感でそう悟った。と同時に魔法防壁を味方全艦に展開した。巨大な魔法防壁はカエサル程度であれば展開することには造作もないが、果たして核の威力を相殺できるかは未知数である。

 飛行軍艦は自動で弾頭を攻撃した。

 「いかん! 対ショック体勢!」

 言葉が間に合わず空中で爆発した核の弾頭は巨大な火球を拡げた。一瞬にして数千度の熱風が襲った。

 「全員外に出るな! 何があろうとも艦の中に居ろ!」

 「陛下、魔法回路が停止しました!」

 「狼狽えるな! 飛行鉱石は回路など無くとも飛ぶのだ!」

 「し、しかし。このままでは」

 いかんな、兵どもが恐慌状態だ。

 無理もないか、太陽が落ちたような熱風と暴風の嵐の中だ。墜落する可能性が生物である以上付き纏っている。実際、魔法防壁は王族が展開せねば今頃破られている。それほどの兵器を連中は撃ったのだ。だが、撃つならば戦略魔法弾にするべきであった。第一次魔法大戦で使用された悪魔の兵器。理屈は核と同じだが、ウラン鉱石と賢者の石の違いだ。魔法を内包した鉱石の中で賢者の石は数百万の魔法族の血によって創られた物である。精製の過程ですら罪となる兵器でありながら、魔法族の体内にある魔法回路すら破壊するのだ。故に一次大戦で撃たれてから魔法国家の中に魔法が使える者と使えぬ者が生まれたのだ。それと同時に、膨大な魔法を帯びた者が生まれー――。そこで、カエサルは思考を止めた。

 そうだ、何故敵は核などを撃ったのだ? 戦略魔法弾を作る余裕がなかった? いや、戦争をしているのだから綺麗事を、いや違う、魔法族にとって核以上の脅威である戦略魔法弾ではなく核を―――囮か!




 アウシュヴィッツ要塞から水銀の根が要塞の堅牢な壁を突き破り出て来た。

 要塞内部でヴェルへイムは魔法を行使した。瓶に入った一滴の水銀からは考えられない量の水銀がまるで意思を持ったかのように要塞の壁を突き破り、雪山の外に出た。

 「何をしているヴェルへイム!」

 アンネが怒鳴る。が、アインシュタインはこの光景を驚きながらも美しいと思った。これほどの残虐性、核兵器すらをも幼稚な兵器として扱う、そして囮として扱う王など見たことがない。

 「あの旗艦を落とせばローマは私のものになるのですね」

 「……馬鹿な、ローマは未だ強大な帝国だ! あの国に勝ったとてローマが属国になることはない。知っているのか、魔法族の統治する国家の価値は国家としての位の高さだ。位が高ければ例え戦争に勝ったとて属国になることはないのだ。その国としての背景と王族としてのヨーロッパ社会での立場の高さが由来する。ローマは国内に慈愛の女神の教皇領を有している。教皇領とは旧教の独立国に相当する権力を持っている。分かっているのか、世界の頂点を有している国と敵対する意味を」

 「アンネと言えども神に対立するのは怖いのですね」

 そう言ってヴェルへイムは水銀で創られた剣をアンネに刺した。

 腹を貫かれたアンネ。

 ヴェルへイムは静かに剣を抜く。

 「あ、アンネさん!」

 「姉御!」

 アウシュヴィッツ兵はそれぞれにアンネに掛け寄る。

 「ユダヤの民もゲルマンの民も愚かなものだ。魔法族の種は私が居れば存続するのだ。私が生きて、私が種を導くことで魔法族は完結する」

 ヴェルへイムの価値観は既に人間を超越していた。

 「荒野の中で私が生きていれば魔法族の勝利だ」

 そう、あの戦略魔法砲弾で生まれたこの悪魔の申し子は存在そのものが魔法族の頂点である。そこに理解を示した者はアインシュタインだけであったが、その理解は崇拝に近かった。


 「カエサル、君の死を以て旧教の支配する魔法社会の終焉を迎えよう」


 そう、ヴェルへイムの理想は自分を頂点とした世界の構築だ。

 例え世界に自分しか居なくとも彼にとって世界はそれで完結する。人が居なくとも彼にとってそれが勝利なのだ。自分以外の存在は価値に値しない。普通の人間にはない価値観と勝利の基準。神にしか理解できない価値観は、たとえその世界で餓死しようとも彼は後悔すらしないのだ。

 サドィストにしてサイコパスの彼はたったひとつの価値に全力を費やす。


 「さぁ、カエサル。核すらも余興とする僕の魔法を受けてくれ」


 そう言って要塞から姿を出した。

 対してカエサルは剣を抜く。


 「ふん、たかが十九歳の若造がこの俺に直接剣を向けるか。身の程を知らぬ者を躾けるのも王の役目だ。来い、叩き潰してやる!」


 こうして異次元のサディスト同士の戦争が幕を開けた。

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