第九章

 砲撃が始まった。 


 無数の砲門が火を吹くアウシュヴィッツに対して、飛行戦艦は距離を取りつつ迎撃している。砲弾に砲弾を当てるという芸当は艦の内部壁面に無数にある魔法回路が計算しているからだ。レーダーからの熱源を頼りに弾道予測と迎撃の角度を瞬時に計算している。計算は並列計算でひとつの魔法回路にひとつの弾頭を計算している。ひとつとは要塞の弾頭と空中戦艦の弾頭のセットという意味だ。もちろん数十発程度でもひとつの魔法鉱石で計算は充分であるものの、並列化により高速で正確な弾頭計算ができる。魔法回路も処理が重くなれば熱を持つ。その冷却にエネルギーを使うくらいなら、内部壁面を回路化しても冷却に依る熱損失をコストに入れるならば安いものだ。

 砲弾は空中で互いに爆発した。未だ両陣営に損失はない。

 「アインシュタインが設計に加わっただけあり、厄介な要塞を造ったものだ」

 カエサルが天才科学者アインシュタインを評価した。魔法国家に生まれながら科学の信奉者は魔法国家においてはカルト信者のような立ち位置であり、迫害の対象になるはずだが、工業化にも理解を示すビスマルクであることから、強制徴用されていた。強制とは言っても多額の給金が支払われている。年収二千万ベルグ。日本円にして一億以上の年収となる。彼の功績により国の経済は飛躍的に発展した。馬車から車へと時代は数百年も飛躍したのだ。意外とゲルマン人の文化は寛容であった。保守的な貴族政治ではあるものの経済面ではその寛容さは世界一だ。

 そこに魔法鉱石を燃料とするとは科学者の癖に彼もまた寛容である。最も魔法鉱石関連ではアインシュタインは理解できなかった。よって、この発明は魔法族との共同も大きい。

 石炭やガソリンという概念は魔法族には理解できない。銃に使う火薬生成も魔法族は調合法は知っていても概念は知らんが、科学者は知っている。

 魔法使いは火薬を調合できぬが、錬金術師は火薬の調合法を知っている。

 錬金術師と科学者の違いというのは魔法が袂にあるかないかの違いだ。

 「何故、あのような男が魔法国家に生まれたのですか陛下?」

 「ん? アインシュタインのような科学者がか? 奴とて家は魔法族だ。魔法国家である以上すべての国民は魔法族だよ。俺もお前も。魔法が使えぬ者が生まれただけに過ぎん。すべての人間は魔法族である。非魔法族が増え、迫害され、その迫害から逃れようと自身も魔法を使おうと科学が偶発的に生まれたのだ。その数が増え、イエズス会からも非魔法族が増えると迫害が加速し、アメリカやオーストラリアに逃れた。そして生まれたのが合衆国だ」

 「では、非魔法族と我らは同じ祖先ということですか」

 「ああ、そのとおりだ」

 部下の驚く顔にカエサルは面白くなった。

 「ふ、人類がアフリカを故郷に広まったという説があるではないか。だが世界は親戚通しで殺し合っている。系譜が広まるに連れて思想も概念も遺伝子も変わるのだ。親族同士の殺し合いに心を痛めるな。朝鮮半島もまた似たように同じ民族で殺し合ったではないか。日本も戦国時代が在る。中国はまあ、あの国は民族が多数居た。省ごとに国家単位に近い人口を有している。単一国家というには連合国に近い。故に今でも紛争が絶えぬ。似たように、イギリスも、アイルランド人と内戦を繰り返した歴史を今でも綴っている。世界は親族同士で殺し合って発展したのだ。堂々と戦争して居れば良い」

 「はっ、しかし、いささか気持ち悪く感じますな。世界の民が親族とは」

 「そうだな。だから間引くのだよ」




 飛行戦艦で部下とカエサルが不敵な会話をしている頃、アウシュヴィッツ要塞ではようやくヴェルへイムが到着した。要塞下部にある巨大な鉄の城門の前にはスノーモービルに乗ったヴェルが居た。運転するのはアンネの部下である。この要塞までの道は存在しない。ローマへの貿易路は開かれていない。長年ローマと外交対立しているビスマルクではローマ側への交易路開拓などしていない。代わりにヒエルランドとの交易やフランス王国への交易が盛んだ。

 「お待ちしておりました、ヴェルへイム様」

 アンネの兵士が硬い城門を機械で開けて言う。

 「ほう、殿下は着かないのか?」

 「おそれながら、王族の籍を剥奪したとの通告から、ヴェルへイム様の身分は信頼在る一般人になります。よって我らはあなたに協力する立場にありますが、あなたに命令される身分ではございません」

 兵士の言葉にヴェルヘイムは笑みを浮かべた。

 軍人で自分と対等に近いものは居なかった。故に魔法と麻薬で従えていたが、この兵士たちはアンネを中心に王家への尊敬はあっても、服従はしなかった。自らの信念によって軍に従い、国家への命令すら時には反抗するのだ。

 このような軍隊は見たことがない。

 だからヴェルヘイムはアンネの軍を味方にしたのだ。いや、協調したのだ。自分が王政を乗っ取った暁には貴様らの国家を支持しようと約束したのだ。故にアンネはヴェルヘイムを匿ったのだが、アンネの本音からしたら弱き者を助けるのは軍人の勤めであるという信念だった。

 アンネから見たらこのような銀髪の銀色の瞳の王族なだけの子供の我儘など取るに足らん雑事である。

 よって捨てるも殺すもアンネの自由である。


 ヴェルヘイムは要塞最上階まで工場のようなエレベーターで上がった。

 要塞である以上、必要以外の機能排除というのだ彼女の信念だ。よって食堂と寝室は質素なものだった。デザイン性など皆無だった。ヴェルヘイムの寝床も一般兵並の物だったが一応個室だ。そこに通されて荷物を置くヴェルヘイムは唖然とした。「客人である以上、我軍で贅沢は許さん」というのが彼女の言い分だ。ビスマルコだろうがこのような扱いだと彼女の部下は言う。


 「不満があれば貴様の国盗りなど参加しなかったことにして王に貴様を突き出すぞ。私にとってはカエサルさえ退けば王命は完遂するのだ。国賊を捕らえ、ローマを退けたとあっては王は私に褒美こそ与えても、罰しはしないのだ。ルフテンブルグにとって結果とは何においても重要だ。犯罪者でも国家に利益あれば司法取引でその身は制限付きで保証される。貴様はその魔法と麻薬知識から発生する誘惑の技術が我軍の価値だが、裏切れば銃殺だ。勘違いするなよ、王族だろうとも私は私の敷いた法で動くのだ。対等と思うな」


 アンネの言葉にヴェルヘイムは心が踊った。

 今まで自分に服従する者しか居なかった世界に、初めて服従しない者が居たのだ。

 ヴェルヘイムはアンネの前に跪いた。

 「あなたに従いましょう、アンネ。その証拠にあの軍艦一隻を空から地上に落としてみせます」

 「ほう、出来るのか」

 「ええ、そこの非魔法族を貸していただけませんか?」


 アインシュタインをヴェルヘイムは指差す。アインシュタインは戸惑うが、このふたりにはどうでもいい反応だった。


 「ああ、好きにしろ」

 「陛下!」


 アインシュタインは怒鳴る。陛下とは彼女が自分のことをそう言えと言われたのだが、アインシュタインはこの日まで従わなかったのは服従してない証拠だが、この瞬間は思わず言ってしまったのは、心の何処かでアインシュタインはアンネを君主と認めていたからだ。

 名君であるアンネは、サディストとして。

 

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