第八章

 カビの生えたコンクリートは黒く汚れていた。

 雪で覆われた所も多いが、崖に面した要塞は雪を落としている。万年冠雪の雪山においてアウシュヴィッツ要塞の内部はパイプ暖房によって温かい温度になっているものの、デッキ警備の兵士や雪山行軍訓練の兵士は防寒着を着ていても寒さに凍えるレベルであるが、泣き言を言う兵士はこの軍には居ない。皆屈強なユダヤ民族である。そんな兵士を鍛える女獅子と呼ばれる彼女はユダヤ民族でありながら、少将の階級を持つ女獅子だ。アンネ。ユダヤの民族であることから姓を持たぬが、迫害されるような身分ではない。王の信頼厚く、議会入りしてもおかしくないような功績の数々だ。現に周辺小国の軍事侵攻の際にも圧倒的武力で国家ごと消し去ったのだ。逆らえば死を、迎合すれば同等の権利をがルフテンブルグの国是である。ルフテンブルグはアンネの軍に護られていると言っても過言ではない。だが、これはルフテンブルグ軍が弱いのではない。軍事組織的にはルフテンブルグは戦車運用から戦闘機運用まで優秀である。ヴェルヘイムのように直前まで軍事行動が分からぬ例をイレギュラーな自体だとしても、王の間で駆けつけた兵たちは優秀だ。

 「ほう、空飛ぶ軍艦か。帝国も面白いものを造る。アインシュタイン、我らもあのような船を開発できぬか?」

 アインシュタインと呼ばれた白髪の男は困った表情をした。

 「可能ではありますが、その為には帝国で採れる大量の飛行鉱石が必要です。帝国と戦争している状態ですから、輸入は不可能です」

 「我が国の採集率は?」

 「僅か0.5パーセントです。一隻程度でしたら採れる数字ですが採算が合わず、軍艦一隻に対して鉱山をひとつ無くすには圧倒的経済損失のほうが高く付きます。いうなれば数百ベルグの肉を買うのに数十万ベルグを投資するようなもの。メイドであればこのような買い物はしないでしょう」

 「なるほど、であれば既存の軍事技術であれを落とせば良いのだな」

 アンネは部下に砲弾の用意を確認させた。

 「いつでも良いですよ王女様、我軍が負けるはずがありません。帝国軍は所詮旧時代の遺物です。ヒエルランドですら勝てる我軍に、毛の生えた程度の工業化魔法軍に我らが負けるはずがありません」

 そう彼女の部下は言う。

 「当然だな。ルフテンブルグ以上の戦力を持つ我軍がたかが魔法国家単位の序列ごときでいい気になっている国と同格な訳がない。国盗りをしようと思えばいつでも出来る。だがせぬ理由は何だと思う?」

 「陛下への忠誠心ですかな」

 部下が言う。

 「愚か者、違うよ」

 アンネは笑いながら言う。

 侮蔑でもない。単純に間違えてしまった部下への答え合わせのために言う。

 「ヴェルへイムと同じだ。私は私の国を創りたいのだ。ユダヤ人の国家をだ。そのためにはヴェルへイムのような国盗りでは意味がないのだ。正攻法で陛下から国家を賜らねばならん。そのためにベルリン市の土地の半分を得る交渉を昔からしてきたのだ。我らの独立国、東ドイツ公国建国のためにな」

 アンネは言う。

 「東というのはルフテンブルグを立てるためだ。あくまでルフテンブルグの恩恵であるとアピールするのだが、独立後も同盟という形でルフテンブルグと縁を続ける。表向きでは陛下を尊重しているように見えるが、裏では我が国がルフテンブルグを支配するのだ」


 アンネは悪い笑みを浮かべていた。


 「ほう、都市伝説を現実にするおつもりですか? 我が民族が世界を支配しようとしていると」

 「現にしておるよ。金融システムの殆どは我が民族の発明品である。それを無償で合衆国という無粋な工業国にまで提供しておるのだ。我が民族は既に世界を支配しておる」


 アンネはデッキの手摺に手を添えた。

 外には砲弾を向ける飛行軍艦。装甲飛行船が砲を向けている。


 「次にやるのは真の国家独立だ。そしてその先は―――」


 アンネは黙った。



 「ルフテンブルグ国の併合だ! そして両国はドイツ王国と名を変える! 我が民族が夢にまで見た王国を現実にするのだ! 誰にも侵されず、脅かされることのない平和な国家を!」


 その言葉に兵士たちは歓喜の声を上げた。

 此の国はかつてこの世界にあったゲルマン民族とユダヤ民族の共存する国家であった。度重なるローマとヒエルランドとの戦争で滅亡した国家だが、それを復国することが彼女の望みであった。

 結果としてルフテンブルグとの戦争になるだろうが、それでも実現する大義のほうがでかい!


 「祖国に栄光あれ!」


 「「「祖国に栄光あれ!」」」


 アンネの号令にアインシュタイン以外の兵士は号令に応えた。此の言葉はヒトラー野党の標榜する言葉だったが、アンネはこの言葉をドイツ王国建国の言葉にしたいと、号令を好んで使った。ヒトラー野党も王からの信頼厚い軍人からの指示を得て、与党入りを目指している」


 ここでルフテンブルグの議会説明だが。ルフテンブルグは議員と王の議会制を採用している。ヒエルランドも似たような議会制度だが、ルフテンブルグのほうが高額な政治資金などいらずに、力のある既存政党に入れれば誰でも選挙さえ勝てば議員になれるのだ。

 最もこのヨーロッパの公約は日本のように破ること自体が難しいのだ。税を下げると言えんば下げねばならんし、戦争すると言えばいかに国内でデフレになろうとも戦争しなければならん。


 約束が絶対の世界で読者日本のように、簡単に政治家の発言を簡単に覆して良い世界ではないのだ。


 最も此の世界の日本も言霊を採用した国である。魔法国家である以上、日本の政治家も等しく約束事を護らねば殺されるのである。たとえ元号が平成になろうとも。


 この世界は等しく残酷だ。

 のうのうと生きていられる世界ではない。軽薄な発言が命取りになる世界だ!

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