第六章

 ヴェルヘイムはボロボロだった。生成した水銀の剣で身体を支える。それでも、ビスマルコの剣は絶えない。貧弱な肉体に対して高度な水銀操作によってなんとか堪えているものの、この程度で特級魔法使いであり一流の軍人であるビスマルコがヴェルヘイム如きに魔法で防がれるはずがない。手加減しているのだ。

 「貴様を殺して戦争が避けられるはずがない。だが責めを負わねばならんのは魔法族の努めだ。魔法族の行動はすべて世界に直結する。此度の戦争もその因果である。ヴェルヘイムよ貴様は余興程度で我が国を戦争に向かわせたのだ。戦の責任を取らせるぞ」

 そう言ってビスマルコは剣を掲げる。

 ヴェルヘイムの首を取るためだ。諦めたのか静かなヴェルヘイムに対して王族として戦争責任を取らせることに、僅かに憂いたビスマルコは観念したかに思えたヴェルヘイムの行動に警戒を怠った。

 首を刎ねようとした時、王城の天井からけたたましいエンジン音と共に砲撃された。

 城が揺れて窓を突き破ってミサイルが王の間に二発撃たれる。

 ミサイルは柱に直撃し、天井が崩れた。先にシャンデリアが落ちてきたがビスマルコは咄嗟に避けた。ヴェルはと言うと水銀の球体を創り身を護っていた。

 しかし、この攻撃、何処の国かと思っていたらルフテンブルグの国旗である二頭の黒獅子が向かい合い、王家の紋章を護っている姿が描かれていた。紛れもない王家の国軍である。

 「陛下、この国は私のものです」

 そう言って球体から出たヴェルはロープ降下した兵士に周囲を囲まれた。銃はビスマルコに向けられている。王家に忠誠を誓った兵士が王に向けて銃を向ける。

 怒りを通り越して感心した。

 兵士の眼は操られている者の眼であった。虚ろであるが、その行動は木偶の坊ではない。軍人としてしっかりとした行動は理性が在ることを別として、適切であった。その証拠にヴェルにワイヤーを着けてヘリに収納しようとする。高速でワイヤーを引き上げるヘリにビスマルコは剣を投げてワイヤーを切ろうとするが、兵士はそれを銃撃で防ぐ。

 瞬時に鉄を硬化して形状を変化させる。剣はヴェルの水銀のように一度液体化し、瞬時に円盤の状態で兵士の銃撃を防ぐ。

 弾丸を防ぐ強度は本来であればこの形では不十分であるが、周囲の二酸化炭素から炭素原子を取り入れ、分子構造に組み入れることで強度を増している。

 これがビスマルコの錬金術だ。科学ではこのような芸当はその場でするというのは不可能である。故に錬金術は非魔法族にとっては科学ではない。

 兵士の行動はヴェルの奪還と離脱だ。ビスマルコの殺害ではない。足止めしつつ、兵士自身もワイヤーでヘリに戻るとすぐに上空から撤退した。


 ほんの十秒足らずの出来事である。


 「陛下! ご無事ですか!」

 「スクランブル(緊急時)だ! ベルリン郊外の空軍は出ているか!」

 「すでに未確認の敵を追跡中です!」


 「……無駄であろうな」


 兵士の軍として適切な行動であるが錬金術として優秀なヴェルヘイムと奴が操る兵士は特殊部隊の者である。ヘリとは言え、戦闘機の追跡は逃れられるであろう。それに、人の心を操れるのだ。あのヘリだけが戦力ではないだろう。あの程度であれば、国盗りなどと暴挙に出ん。奴は保身に長けておる。


 「全軍に伝えろ、ヴェルへイムが国家に反逆しおった。奴は現刻を以て王族の籍剥奪。反逆者として奴を捉えよ。場合によっては殺せ!」


 「はっ!」


 兵士は多少の動揺はしつつもビスマルコの命令を受けた。

 その数分後、二機の戦闘機が撃墜されたと報告が入った。

 頭の痛い出来事である。この国内の状況をローマに伝えようともローマは納得しないだろう。いずれにしても、かつての王族が戦争行為を働いた事実は変わらん。事を逃れようとヴェルへイムを王族の籍から抹消したと捉えられてもルフテンブルグは反論できなくなる。



 その頃、ベルリン郊外にてヘリは森に降りた。

 兵士たちが降下し、無人のヘリはそのまま飛行を続ける。ランダムな航路を予め組み込み、自動的に追跡を撹乱させる。ルフテンブルグにもレーダーがあり、このヘリの信号はすでに知られている。この場にヘリが止まることはリスクである。

 ヘリを見送るヴェルであるが逃走の方角が包囲網を敷く手がかりになる。

 「敵はベルリン郊外の森に捜索の手を伸ばすだろう、事実―――」

 ヘリが撃墜された。

 レーダー対策をしているヘリではないのだ。

 本来であれば王城襲撃事件が成功するはずがない。此度の反乱作戦は元から貴族共を籠絡し、軍にも手を回していたからだ。通常では薬が効かぬが、魔法を行使すればヴェルヘイムの忠実な人形になる。故に軍ですらこの奇襲攻撃に直前まで気づかず初動が遅れたのだ。それでも、わずか十秒足らずの出来事で衛兵レベルでは在るが王の間に駆け込み、追跡に出るまでに一分もかからぬのは優秀である。

 ベルリン空軍は交代制で戦闘機に常に乗っている。

 訓練中だろうとも、待機中だろうとも、常に戦闘機に搭乗し、攻撃態勢になっている。

 王は軍人である。近代になってから軍事に力を入れているものの、仮想敵はアメリカである。魔法国家と対立する国家はアメリカだけである。部分的に工業化するものの魔法国家は現実的に見れば工業国に半世紀ほど遅れを取っている。

 その差を埋めるべく魔法鉱石を燃料にしている。ほぼ無限に飛べるのである。戦車は補給トラックの支援なしに三十年は走れる。弾薬補給の必要はいるものの燃料にかさむ費用を削減できるのは軍にとってありがたい。

 鉄鋼に関しても石炭で鉄を溶かす燃料も要らん。一度魔法鉱石を採掘すれば魔法を流せば、それがエンジンのプラグのような役割になり、魔法鉱石は燃焼する。エネルギーは魔法回路で制御する。

 魔法回路がない時代であれば魔法使いが常に魔法で制御していた。効率の悪さから当初は普及しなかったが、次第に炭鉱の時代を経て、経済が発展し、人力経済(人が人力で作物を育てるように、人力で或いは馬車で物流を行うように、経済規模の小さな経済を指すこの世界の言葉だ)が工業に押されるようになると魔法回路がコンピューターの時代より七十年も早く到来した。

 単純に魔法をコントロールするだけなので普及が早かったことも在る。

 その後、コンピューターの時代になり軍は工業国と遜色ない発展をしたが、規模で言えばまだ心もとないのは、国民の大半が旧支配体制のままであるからだ。身分が移動しないから発展がうまくいかない。

 ヴェルヘイムも貴族制を重んじているが、此度の反乱は何も売国的なものではない。

 趣味の加虐嗜好で強制的に軍を支配しているものの、戦争による領土拡大の国力増強、そしてローマに在る大量の魔法鉱石が目当てであった。

 強行派であるが彼もまた愛国者であった。決して、加虐的思考が強すぎて支配しているわけではない。


 最もその思考がなければ地道にはなるものの貴族や軍に派閥を創り、国王に国政の舵取りを訴えるものである。急進派に加虐的思考が悪い意味で化学反応を起こしてしまった。

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