第五章
ルフテンブルグ王国首都ベルリン市郊外にある王城にてカエサルは集められた証拠を提出し、国家として正式にルフテンブルグに対して抗議したが、これは開戦前の外交のようなものだ。王が直接使者を遣わさずに相手国に乗り込み抗議するということは、戦争も辞さないという事だ。もしルフテンブルグがこれを否定したとしたら、王家同士の誇りもあり、確実に戦争になる。もちろん戦火の火種に巻き込まれるようにヒエルランドも参戦するだろう。二国間の戦争に利用されるというのは恥である。ローマ諸共根絶やしにしてやるという勢いで挙兵している。血の気の多い世界である。
「では認めぬということか?」
「ああ、このような書類見せられようとも儂がローマ風情に偽装するはずもない。やるのねあれば直接叩き潰すまでだ。偽装したのはそちらの自作自演ではないのか?」
「口を慎め、俺が偽装したところで何になる。栄えあるローマがこのような小細工せぬとも小国風情叩きのめすまでだ」
「潔い良いな。儂もちょうど同じ意見である。では、明後日、夜明けとともに次会う時は戦場になろう」
「ふん、貴様の国を俺の領土にする良い機会だ。ハロウィン前の余興だな」
カエサルはそう言って踵を返す。
対してルフテンブルグ王、フォン・ヴィレッチェ・ビスマルコは表情には出さぬがこの度の犯人の目星がついていた。カエサルもまた部下共が集めた証拠よりも真犯人に確証があったが、互いにその心象的証拠を見せぬのは単に物的証拠がない、状況証拠からではない。
本音は……気に入らぬ相手と戦争できる口実が奇せずして舞い込んだ喜びから、互いに喜んでいたのだ。忌まわしい広大な領土を持つローマ帝国に比べてルフテンブルグは王国というよりはまだ小国のような国土しかない。それでも大きいが、帝国を名乗るローマにとっては目障りな国であった。ローマにしてもゲルマンの王族風情が粋がるのを黙って見ているような男ではない。
ゲルマンの王国を叩き潰し、同士にこの二国相手に誇りを前に戦争を仕掛けるヒエルランドも叩き潰せる。良き、機会である。だがその前に。
カエサルの後に謁見に呼んだのは彼の息子であるヴェルヘイムである。
銀の髪と銀の瞳を持つ特級魔法使いである王家始まって以来の魔術師、水銀使いである。金属を精製し、操れる魔法使いをこの世界では錬金術師という。科学という理に照らされるといささか不条理な点もあるものの、科学に近いものもある。だが、非魔法族からしたら魔法と何ら変らん。錬金術という言葉も非魔法族からしたらまったく科学ではないのだ。
「父上、何用ですか」
跪いてかしこまるが、ヴェルヘイムからは一切の敬愛も感じない。
氷のような冷酷さと残忍さを持つ我が息子をビスマルコは警戒していた。社交界では婦女子を誘惑し、貴族たちの権力を集めていると訊く。そして麻薬の扱いにも長けている。数多くの門外不出の薬品に精通する姿はまさに錬金術である。中には水銀を使う媚薬もあるそうだ。もっともそんな物使わずとも此奴はその美貌から婦女子を誘惑してしまう。まったく、我が王国の女は腑抜けなものだとビスマルコは嘆く。
「貴様であろう、ローマ兵に偽装させてヒエルランド領内でスパイのようなことをしたのは」
「でしたらどうです」
「やはりか」
ビスマルコは剣を抜いてヴェルヘイムに斬り掛かる。
ヴェルヘイムは水銀の剣で受け止めた。常に水銀を身体に纏うヴェルは普段は小瓶や服の中に球体やペンダントに偽装して持っている。故に帯剣していない。金属を液体として持つことはビスマルク王族には通常のことである。カエサルも金を一時的であるが液体に変え、そして形を再形成するが、ヴェルヘイムは水銀そのものが液体であるために、固体化させるほうが異常な形態なのだ。
「いかがなさいました陛下。他国との戦争に不満が?」
「いや、不満だとしたら儂の命令で動かぬ不出来な息子が生きていることだな」
「では殺しますか」
「うむ、そうだな」
ビスマルコは人払いの魔法を使う。昼間だと言うのに周囲には灰色の帳が降りた。この空間だけ時の流れが緩やかになったのだ。光も空気も緩やかな時の中でふたりだけが動く。空気に粘土があるのは空気すらも動きが緩やかだからだ。だが戦うのに支障はない。
ビスマルコは突く。ヴェルは後ろに飛んだ。小柄な十三歳の少年だが、それ故に身軽だ。そして闘志があり、性格がまともなら良い戦士である。
ビスマルコは間合いを詰めた瞬間ヴェルの首を狙った。だが、瞬時に首に水銀を当て硬化し、防ぐ。
「ふん、厄介な金属だな」
そう言って周囲にある鎧の兵が動く。
総勢十体の無人のオートマトン。魔法回路によってプログラムされた兵士だが、簡単な命令でしか動けぬが、その命令が敵を倒せなのだから充分だ。
魔法回路とはそちらの電子回路の魔法鉱石で動く物だと思ってもらえれば良い。魔法鉱石で回路を書くのだが、チョークでは消えてしまうので特殊なインクに魔法鉱石の粉末が練られている。これはダイヤモンドの研磨剤にダイヤモンドを使うようなものだと思ってもらえれば良い。あのような細かな魔法鉱石がインクに練られて、それにより魔法回路を書くのだが、書き手は魔法行使者にのみ許されている。それが術者になり、外部介入は不可能である。そして動力は魔法行使者の魔法に依存するので、基本この世界での情報系の戦術はこのような偽装工作以外では、オートマトン(無人人形)系の分野では介入の余地は存在しない。はずである。
無人の人形が剣を振るうが、ヴェルは天井に水銀を伸ばし、まるで蜘蛛男のように天井へと飛んだ。
「陛下多勢に無勢ですよ」
「ふん、大道芸人だな」
そう言ってビスマルコは剣を投げた。弾丸のような剣がそのまま天井のヴェルめがけて飛ぶ。
「なに!?」
さすがのヴェルも驚きの表情を見せた。
「ふん、死んだか。あっけないものだ」
少し残念そうなビスマルコ。
「いいえ、死んではおりませんよ陛下」
そう言って天井から落ちたのであろうヴェルは右肩を少し切った状態で地上に帰還していた。あのまま蜘蛛のように張り付いていたら良かったものを。
「おお、生きておったか! 心配したぞ、では殺そう」
息子相手に一切の容赦をしない。冷酷な王だ。
「父上、手加減しようとは思わないのですか」
これは弱音ではない、本音だ。息子を殺すことに躊躇わぬ父親に少し引いているのだ。お前が引くなというものである。
「思わんよ」
そう言ってビスマルコは剣を息子に振るう。
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