第二章
ビル群が建てられているローマの首都はニューヨークかと見間違うほどの町並みであったが、街の至る所に歴史建造物もあり、郊外に行くほどにその近代的ビル群は増して行く、しかし軍事力で言えばまだまだアフリカの方が大きく、ローマは案外軍事力だけは魔法国家的であった。これは何も変なことではない、諸君の国のように半民主主義の国、日本も経済大国として四位だか五位に居るのであろうが(三位という認識は感染流行を考慮して三位という順位は妥当ではないとこちらの世界では考えている)軍事力では法的制限から韓国と同程度か、その少し下を行く程度だと分析している。それでも経済力は大きく、その価値は世界経済の一翼を担うレベルである。それでも政治が未熟なせいで軍事力も未熟なのである。優秀なのは一重に保守的でありながら勤勉な労働者と内部留保主義の企業が多い点で日本は優秀なのだ。これはローマにも言えることで、結果的に経済力はあるものの軍事力は保守的なローマを体現している。ただ日本と違う点は軍事行動に国家元首が臆しないことだが、今回はローマは実はヒエルランドに軍事計画をしていなかった。
カエサルは言われもない疑いに不快に思っていた。
彼が居るのは王城である。皇城という認識はないのはひとつの民族が王国を成した時、最大の権力が王に集中する事を帝国というが、この世界にひとつの民族や複数の民族を束ねることを王の義務とする考えから王国という認識が広く、ローマ帝国という国名も実は王国の上位国という認識が歴史学者にあるだけで、王族も帝国という認識はなく、実際この世界で帝国と名乗っているのは実はローマだけであり、日本も王国という認識であり、帝国と名乗っているのは軍人だけであった。
華族出身者から見たら日本は王国である。急進派も保守派もあとにも先にも王国制を認識している。教育を受けた国民は(ヨーロッパから見た日本は教育を受けていないと見られている。もちろんこの世界のことであるが……)日本は王国と見ている。
そちらの日本は名ばかりの民主主義を標榜しているそうだな。
為政者は恥とは思わぬのか。国家を家臣が牛耳るとは王家への侮辱である。この世界でそれを理解するのは工業国であり、全ての王国は魔法を使えぬ卑しきものが、悲しきものが、自身を正当化する苦し紛れの概念であると考えている。
わかるだろうか、この世界で自民党だろうが民主党だろうが、卑しき身分のものが国家を名乗ること自体異常なのだ。王族、貴族は生まれながらにして民の幸福を願い、私利私欲に走らぬというのは当たり前であり、卑しき身分のものが議員報酬目的や、自身の名誉のために生きるというのを絶対にこの世界は理解しない。
王や貴族の統治は当然の勤めであり、名誉と受け止めている。王家は貴族を統治し、民を統治し、その安定と発展を義務としている。つまりそちらの民主主義とは名ばかりの統治はこちらではまだまだ幼き赤子である。
真に民主主義とは一部の有力者が財を成すべきではなく、無償でその情報を提供し、そして意見を無償で共有するべきという思想の元が民主主義と考えている。
これを均等に配布することを社会主義と言い、さらに国家不要を是として民が共有意識で統治するのが共産という。
これを理解する者は一切そちらの世界には存在しないのは、約束を守らぬ為政者が多いからだ。実際に約束を護った為政者を思い浮かべ、ひとりも浮かばぬであろう。そうなのだ。そちらのアメリカも日本も、誰一人として約束を護ったものはおらぬ。
逆にこちらの世界では裏切りは確実に処刑であり、滅亡させるために戦争に出向く辺り、約束の重さはそちらとは桁違いだ。
命の重さが違うのだ。
尊厳の重さが違うのだ。伝統が違う、盟約の重さが違う。何もかもそちらとは価値が違う。故にこの世界は精霊契約がそのまま命となる。それを敗れるのは信仰を失った人間のみだ。
精霊契約とは神への信仰と精霊信仰がそのまま約束事になったものだ。
これは魔法国家では憲法並みに重要な契約である。だからローマはヒエルランドに無闇に工作兵を送らぬ。此度のヒエルランドの疑惑は不当だとローマは思っている。
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