二章 日常と不穏

第6話 遠方より来たる師

 俺が住み込みで働くことになった「眠れる子豚亭」は、食堂と酒場を兼ねた宿だ。


 美味しい食事と酒は街でも評判らしく、繁盛店といっていいだろう。

 特に、店名にもなっている豚料理は秘伝のタレが絶品で、人気の名物料理になっている。


 昼のランチタイムも十分に盛況だが、一時の休憩を経てからの夜時間の忙しさは想像をはるかに超えていた。


 これでも元の世界では飲食店バイトの経験者だ。

 働いていたお店もけっこうな有名店で、色々と鍛えられてきてるから余裕だろう。


 とか思っていたのだが――


「ナオヤ、豚焼きあがったよ!」

「フレッドさんとこにエールおかわり! 五つね!」

「ナオヤ~。あっちのテーブル片しといてもらえる~?」

「こら、ナオヤ! 洗いもん溜まってるよ!」

「おうこら! ナオヤ、こっちゼンゼン酒が足りねえぞ!」


 先輩店員たちから怒涛のように浴びせかけられる。

 最後のほうには、ただの酔っぱらいからの催促まで含まれていた。


「はいはい、ただいま!」


 横並びになった五つのエール樽の下に、同じ数の木製ジョッキをセットして、樽栓を抜く。

 中身が注がれるうちに料理担当から豚焼きを受け取り、テーブルへ。

 空いている皿を手早くまとめて、帰りがけに空いたテーブルをバッシング。


「セットお願いします!」


 近くの給仕係に大声で呼びかけてから、両手に汚れ物を抱えて裏手へ。

 生ごみだけ捨てて、汚れた皿は水洗い用のでっかい桶に浸けてから大急ぎで戻る頃にはでっかいジョッキからエールが溢れそうになっていて、慌てて栓をして回る。


「っと。ぎりぎりセぇーフ……」

「ナオヤァ! 酒はまだか!」

「はいはいはいはい、今持っていきますよ!」


 右手に二杯のジョッキを抱え、左手も同じように二杯。最後に、左右から残りの一杯を挟み込むようにして、五杯のジョッキを持ち上げた。


 零れないよう気をつけながら一番奥のテーブルに向かうと、ギロリとした酔眼が一斉にこちらを向いた。


「ナオヤ、遅えぞ!」

「すいませんねえ!」


 叱責してくるがなり声に、こちらも負けじと怒鳴り返す。

 この店で働き始めて数日。新人らしく、しばらくは殊勝にしていよう……なんていう心構えは、初日のうちにどこかへいってしまった。


 ここは戦場だ。

 大人しくしてたらヤラれる。


 今、俺の目の前に陣取るような連中を相手にする場合は、なおさらだった。


 全員がおなじくらいの年頃の、四人のおっさんたち。

 この店の客のなかでも一番の古株らしく、毎日酒を浴びるようにしては帰っていくお得意さまだ。


 それはいいのだが、その全員がなぜか執拗に俺に絡んできて、相手をするのが面倒くさいったらなかった。


 だいたい、俺は洗い場担当のはずなのだ。

 大量に持ち込まれる皿を洗い、拭いて、指定の位置に戻す。


 それだけでも下手したら手が回らないくらいの繁盛っぷりだというのに、このおっさんどもは、わざわざ裏手から俺を呼び出してまで酒の注文をしやがるのだ。


 ついでとばかりに雑務を押しつけてくる先輩たちまでいるから、とても自分の持ち場どころじゃない。


「はいどうぞ! あと一杯は誰の前に置いときます?」

「そいつぁお前の分だ。飲んでけ!」

「あー。ありがとうございます。でも今、ちょっと忙しくて、あとでいただいてもいいっすか?」

「……あぁ? ナオヤ、手前、オレの酒が飲めねえのか?」


 酒精で真っ赤になった顔で、典型的なウザ絡みをしてくる赤毛のおっさんの名前はレクスといって、近くで鍛冶屋をしているらしい。


「いや、飲みますって。ただ、ちょっと洗い物がたまってるんで、そっちやってから――」

「……俺は悲しい!」


 だん!とテーブルに拳を打ちつけたのは、先日お店でこっちの服装を見繕ってくれた服屋のおっさんだった。名前はフレッド。


「せっかくの酒を、ナオヤが飲んでくれない! なんて悲しいんだぁー!」


 おーいおーいと盛大に嘘泣きをはじめるおっさんに、残りの二人が乗っかかってくる。


『泣ーかした、泣ーかした。ナーオヤが、泣ーかしたー』


 小学生か、あんたら。


「わかった、わかりましたよ……。飲めばいいんでしょ、飲めば」

「飲み干すのが一番遅かったら、もう一杯な」

「えーっと、アルハラって知ってます?」

「知らん! なんだそりゃ、新手の魔物か?」


 実際、魔物みたいなもんだった。

 とんでもないアルコール・モンスターだ。


「……じゃあ。俺が一番早かったら、今日は大人しく飲んでくださいね」


 どうせ明日になったらなにも覚えてないから、明日以降の約束しても無意味だ。

 なら、せめて今日だけでもこの連中の暴走を抑えられたら――こちらからの提案に、酔っぱらい四人は不敵な笑みを浮かべて、


「俺たちに勝負を挑むとは、いい度胸じゃねえか。いいだろう、乗ってやる」


 いや、勝負持ち掛けてきたのあんたらだけどな。

 心のなかでツッコミをいれたが、言ったところで無駄だから俺はなにも言わなかった。無駄どころか、話が長引く気しかしない。

 よっぱらいに正論を説いても無駄なのだ。


「それじゃ、いきますよ。――せーの」


 どんッ、と全員でジョッキをテーブルに叩きつけ、その反動で口につける。


 あっちの世界のビールと違って、こっちのエールは常温だ。

 味自体も違うから、もしかしたら俺の知っているエールとは違うのかもしれない。


 正直いって、あまり美味いもんじゃない。冷えてないからなおさらだ。

 だが、こういう勝負で味は関係ない。


 大切なのは勢い。そして勢いだ。


 息を止め、ジョッキを傾けて、無心になってエールを喉の奥に流し込む。

 別に酒は嫌いじゃない。向こうの飲み会で、こういう飲み方をすることもあった。

 なにより、全員四十超えっていうロートル連中になんか、負ける気がしない。


 ジョッキを三分の二ほど飲み干しながら、ちらと横目で周りの様子を確認すると、せいぜい半分くらいしか飲めていなさそうな角度だった。


 これなら、勝てる!


 ラストスパートをかけるべく、俺はさらにジョッキを傾けて――おっさん四人の変顔が視界にはいって、おもいっきり吹き出した。


「ぶはっ……!」


 ヤバい。気管にはいった……!


 口からジョッキを離し、ごほごほと涙目で咳き込んでいると、


「はい、俺らの勝ちぃ」


 空のジョッキを揺らしながら、得意げに勝利宣言してくるおっさんたち。


「……きったねえ!」

「わははは! オレらに勝とうなんざ二十年早いわ!」

「二十年でそんな汚い手管しか覚えられなかったのかよ、あんたら!」

「わかったわかった。わかったから、あと五杯、追加な? はやくしろよ」

「いや、今のは無効でしょ! 妨害アリなんて聞いてねえし!」

「はあー? 言い訳かー? 異世界人ってのは勝負に負けたら言い訳するのかぁ?」

「そんなんじゃ、女にモテねえぞー」

「そーだそーだ。ツカサちゃんもきっと言い訳するような野郎は嫌いだぞー」


 なんでそこでツカサの名前が?


 ……ははあ。

 さてはこいつら、俺が異世界からやってきたからってイビってやがるな?


 よーし、わかった。

 そっちがその気なら、こっちにも考えがある。


 腕をまくりあげ、目の前のおっさんどもに一戦しかけてやろうと身構えたその後ろから、とん、と肩を叩かれた。

 給仕姿のツカサだった。


「変わるね、ナオヤくん」

「あー……。でも、忙しいでしょ」

「うん、大丈夫だよ。あっちのほう、落ち着いてきたから」


 にこりと微笑み、おっさんずに顔を向けるツカサ。

 表情に浮かんでいるのはたしかに笑顔だが、やけに迫力があって怖い。


 怒ってる。絶対に怒ってる。


「私が担当で、いいですよね?」

『……はい』


 おお、あの傍若無人なおっさんカルテットがビビってるわ。


 けけ、いいざまだ。

 そのままツカサに説教されてしまえばいい。

 自分の子とおなじくらいの女の子に怒られるのはさぞキツイだろうさ。


 その場を任せることにして持ち場に戻ることにした俺の背中に、ツカサたちのやりとりが聞こえてくる。


「エール四つで大丈夫? あ、急いだほうがいいですか?」

『……ゆっくりでいいです。あの、調子のってすいませんでした』


 さすがに態度が違いすぎない!?


  ◇


 宿屋勤め(見習い)の朝はそこそこ早い。


 昨日、店が閉まったのが深夜の一時。

 それから片付けをはじめて、部屋に戻ったのは二時を過ぎようかという頃合いだった。


 そのままベッドに飛び込むように就寝して、起きたのは六時過ぎ。

 眠れたのは約四時間。あんまりいい睡眠時間とは言えない。


 昨日、上りが二時だったのは最遅番だったからだし、そういう日はもうちょっと遅くまで寝ているのだけど、今日は午前中の早い時間に用事があるから、早起きしたのだった。


 ちなみに、俺は起きようと思ったらだいたいその時間には起きられるという特殊能力持ちである。

 酒がはいっていようと、今まで起きたい時間に起きられなかったことはない。


 部屋をでて、顔を洗いに外へ出る。裏の水場で顔を洗い、部屋に戻ろうとしたところで隣の部屋からふらりとツカサが姿をあらわした。


「おはよぅ……」

「おはよ」


 まだ脳の半分以上は眠っていそうな様子で、ふらふらと階段をおりていく姿を見送ってから、自分の部屋へ。着替えて、適当に髪を整えてから一階へ向かった。


 食堂は昨夜の喧騒が嘘のような静けさで、真っ暗闇の中に落ちていた。

 とりあえず全部の窓を開けてまわると、徐々にその惨状が明らかになる。


 テーブルがあちこちに移動して、いくつかの椅子は倒されてしまっている。

 洗い物をつけておくための大きな桶が足りず、テーブルに放置されたままの皿もあった。床には食べ物やなにやらが散乱してしまっている。


 ため息をひとつ、俺はとりあえず箒を手に取って床の掃除から始めることにした。


 ゴミを一か所に集めて、汚れを雑巾で拭き取って、テーブルと椅子を元の位置に戻す。

 さっき集めたゴミを捨て、洗い物をしようと裏にまわったところで、顔を洗ったツカサが戻ってきた。


「あれ、ナオヤくん、どこ行くの?」

「ん。ちょっと洗い物してくる」


 掃除が夜のうちに終わらず、朝まで残されていることはあるが、その場合、残りの掃除は早番組の仕事になる。

 とはいえ、昨日は明らかに俺が持ち場の仕事をできていなかったので、全部を早番の人に押しつけるのはさすがに気が引けた。


 ……まあ、悪いのは完全にあのおっさんたちなんだけど。


「えー。偉いなあ。じゃあ、私も手伝うよ。……あ、その前に、お湯沸かしてきてもいい?」

「もちろん、おっけー。助かる」


 裏口から外に出ると、水を張った大きな木桶四つ分にあふれんばかりの食器たちが俺を出迎えてくれた。

 うん、さすがにこれを早番の人には押しつけられん。殺されるわ。


 近くに転がっていた桶を拾い、井戸へ向かう。

 桶を投げ込んで水を汲み、水場へ戻って空の大きな桶に移していると、ツカサがやってきた。


「お待たせー。あ、井戸使っちゃった? さきにこっちやってから行けばよかったね、ごめん」

「ああ、いや、もうちょいかかるかと思った。んじゃ、残りは頼んでいい?」

「もちろん、おっけーだよ。――『水球ウォータ・ボール』」


 ツカサがかざした手の先に、直径一メートルくらいの水の球が生まれる。

 そのまま、ぱしゃんっと落ちて、木桶に水が張った。


「……魔法って凄いわ」


 俺なら、何度も何度も井戸とのあいだを往復しないといけないことを、一瞬で出来てしまうんだから。


「あんまり連発しちゃうとすぐMP枯れちゃうんだけどね」

「俺なんか、MPあっても使い道がないからなー」


 この世界の人たちは生まれたときに、それぞれ一つの属性を与えられる。

 それは異世界からやってきた人間でもそうらしい。『基礎ステータス』の【ELEMENT】に該当するのがそれで、ツカサは『水』なのだそうだ。それで、水や氷の魔法が得意なのだとか。


 属性違いの魔法が使えないわけではないらしいが、属性一致している場合の恩恵が馬鹿でかいため、基本的には生まれ持った属性の魔法を習得していくのが王道らしかった。


 ちなみに俺の【ELEMENT】は『―』である。『無』ではなくて、『―』だ。

 要するに、未表記というわけらしい。


 ツカサ曰く、俺のステータスにはあちこちに未表記な部分があって、なぜそんなことになっているかは彼女にもわからないらしい。

 恐らくは、俺がステータスを見れないのと同じで、これもなにかの不具合なんだろう。それとも、ただのバグか。


 ……どっちにしろ、さっさと修正してほしい。


 一人だけスキルも魔法も使えないなんて、この世界でやっていくうえでのハンデがでかすぎるだろう。


 もっとも、俺がスキルを使えないのは、ステータス画面をひらけないのがネックになってるっぽいので、そっちを解決してくれたら一緒に解決できそうだが。

 未表記のほうは知らん。


 異世界人のようにステータス画面を介さないスキルの使用方法については、この数日、訓練を続けているが、今のところ収穫らしきものはなかった。


 まあ、焦ったところでしかたがない。

 せいぜい、気長にやっていこう。


 ツカサが水を張ってくれた綺麗な桶に、汚れた皿を移して洗っていく。

 浸けおきしていたから、汚れは簡単に落ちてくれた。


 途中、ツカサが建物にもどり、布巾を持ってきてくれたので、あとは作業を分担して、洗い係と拭き係。黙々と目の前の食器を洗っていく。


 一時間ほどして、ようやく全部の食器を洗うことができた。

 その間、魔法で水を張りかえること実に三度。

 ツカサがいなかったら倍以上の時間がかかっていたことだろう。


「終わったねー」

「だなー」

「腰、痛いね……」

「だな……」


 二人で達成感にひたっていると、裏口の扉が開いてユノさんが顔をだした。


「二人とも、お疲れさまでした。朝食ができていますよ」


 いつの間にか、香ばしい匂いが扉の向こうからただよってきている。



『いただきます』

「はい、どうぞ召し上がれ」


 ユノさんが用意してくれていた朝食をとりながら、午前中の用事について話す。


「戦闘訓練って話だったよな」

「うん。今度、自警団の人たちで近くの魔物退治に行くことになってるから。その前に、ナオヤくんも慣れておいたほうがいいかなって」

「そりゃまあ。戦闘系のスキルとかって知っておきたいしな」


 知ったところで使えるわけではないが、知識としてあるだけで対応が変わってくるはずだ。


「うん。それに、今日は先生も来てくれることになってるから」

「先生?」


 俺はユノさんを見た。

 宿屋を継ぐ前は教師をやっていたらしいと聞いていたからだが、ユノさんは静かに首を振って、


「わたしではありませんよ。わたしの教え子です。キリエといいます」

「へえ。どういう人なんだろ」

「とっても強い冒険者で、すっごくいい子だよ。彼女、エルフなの」

「エルフ!? ……へえ、ふーん。そっか」


 平静な態度を取り繕ったつもりだったが、どうやら無駄だったらしい。

 途端にジト目になったツカサがこちらを見て、


「ナオヤくんって、エルフが好きなの?」

「別に、好きってわけじゃ……。ただ、会えるもんなら会ってみたいかなって」

「へー」

「ファンタジーといえばエルフみたいなとこ、あるじゃん?」

「ふーん」


 ……なんで俺はこんな言い逃れみたいなことをしなきゃならないんだ?

 いいだろ、エルフ。男の夢だろ。


 俺たちのやりとりを尻目に、ユノさんは黙って穏やかな表情でお茶を飲んでいた。


 ◇


 先生との待ち合わせは街中ではなく、街の外らしかった。

 というわけで、門番さんに挨拶して壁の外へ。


 なにげに、俺が街の外にでるのはこれが始めてだ。

 いったいどんな光景があるのかと、わくわくしながら一歩を踏み出して、


「おー」


 一面の平原が視界に広がっていた。


 左手側の奥に森。右手には街にも流れる大きな川が流れている。

 そして、その間を縫うように街道が伸びていた。

 街のなかとおなじく、地形はどこまでも行ってもなだらかだった。

 風が吹いて、緑の絨毯を駆け抜けていく。


「……見晴らしがヤバい」

「ね。日本じゃちょっと見かけないよね。山どころか丘もないの」

「そもそも、この世界に山が存在しないとか?」

「うーん、どうだろ。私もこの街以外に行ったことないから、わかんない」


 そんなことを話していると、視界の奥でなにかが動いたのが見えた。

 人影のように見えないこともないが、微妙だ。


「もしかして、あれか?」

「どれ? ……あれは、小鬼ゴブリンだね。魔物だよ」


 俺はびっくりした。

 街とは距離があるとはいえ、こんなすぐ見つかる範囲に魔物がいるのか。


「はぐれ小鬼ゴブリンだから、大丈夫。群れになってたりすると厄介だけど。小鬼ゴブリンって、基本的に森のなかにいる魔物だから」

「なるほど」


 小鬼はしばらく視界をうろついていたが、やがて森のほうに歩いていって、姿を消した。


「どっちから来るんだ?」

「街道を通ってくると思うから、こっちだとは思うんだけど……」


 ツカサの指差した先を見るが、人影の類はなかった。

 街と街のあいだには行商人が行き来しているらしいが、馬車の姿も見えない。

 いわく、行商人が着くのは午後からが多いらしい。


 しばらく待って、


「……待ち合わせの時間、間違えてたりしないよな?」

「多分、あってると思うんだけど……」


 さらに待つ。


 そのうち立っているのが辛くなって、適当な場所に二人で腰を下ろし、暇つぶしにそのへんに生えている植物で草笛をつくったりしていると、


「――あ! あれかも」


 ツカサが遠くを指さした。


 視界の果てになにかがもぞもぞと動いている。


 さっきの小鬼がいたあたりより、さらに遠い。

 俺からは、ほとんど豆粒みたいにしか見えなかった。


「……駄目だ。全然わからん。ほんとにあれ?」

「んー。わかんないけど。でも、まだここまではだいぶかかるね。一時間くらいかな」


 一時間。けっこう長いな。


「昼寝しちゃっていいかな、俺」

「あ、そうしよっか。私、システムで【アラーム】使えるから、起こせるよ?」


 普通の異世界人にはそんな機能までついてるのか。

 まあ、俺の場合は自分で起きられるから、必要ないけど。


 俺とツカサは街の門の近くに寝っ転がって、目を閉じた。


 うん、全然寝れる。

 昨日は睡眠時間が少なかったし、ありがたいかもな――などと考えているうちに、意識は落ちていて。


 誰かの気配に気づいて、俺は目をあけた。

 ぎょっとする。


 すぐ近くに、知らない誰かが立っていた。

 ちんまりとした、ほとんど小学生にしか見えない相手が、やたら鋭い眼差しでこちらを見下ろしている。


「……あなた、誰?」

「……そっちこそ。一人なのか? 親御さんは?」


 こんな子どもが一人で、街の外にでてきて大丈夫なのか?

 近くに親の姿があるのかと思って周囲を見回していると、目の前の相手は俺の隣で寝息を立てているツカサに屈み込んで、


「起きて」

「わっ」


 あわてて飛び上がったツカサが、目の前の相手に頬をゆるめた。


「びっくりしたぁ」

「……ひさしぶり、ツカサ」

「あ、うん。久しぶり。今着いたとこ?」

「知らない相手と仲良くお昼寝してるから、どうしようかと思った」

「あはは、ごめん。転がってみたら、気持ちよくって」


 そのやり取りにすべての事情を察して、俺はあらためて目の前の相手を見る。


 つまりは、このちんまいのが――


「あ、ナオヤくん。こちら、エルフのキリエ。今日の先生をやってくれる子だよ。キリエ、こちら、ヒュームのナオヤくん。このあいだから、ユノさんのところでお世話になってるの」


 こっちの心境を知ってか知らずか、にこにこと紹介してくれるツカサ。

 俺とちびっこは視線をかわし、


「……よろしく」

「あ、はい。こっちこそ」


 互いにかわした挨拶は、なんとも寒々しいものだった。


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