第3話 もう一人の同郷者
食堂を出た俺は、ツカサに連れられて街の服屋さんに向かった。
店に入ると、強面のおっさんが店番をしている。
入ってきたのがツカサだとわかると、おっさんは途端にその相好を崩して、
「おう、ツカサちゃんじゃねえか。なにか探しものかい?」
「こんにちは、フレッドさん。えっと、こっちの人に、着るものを一通り用意してもらいたいんですけど」
おっさんがこちらを見る。
じろじろと品定めするような無遠慮な視線に、俺は愛想笑いをうかべておいた。
「なんだい。こいつ、ツカサちゃんの彼氏かなんかかい?」
「あはは。そんなんじゃありませんよ。同郷なんで、ちょっとお世話してるんです」
「ふぅん」
服屋のおっさんは胡散臭そうにこっちを見てから、がしり、と俺の肩を摑んできた。
「――おう、兄ちゃん。名前は?」
気のせいかもしれないけど、この世界の人ってヤクザみたいな人が多くない?
ていうか、顔が近い。怖いって。
「な、ナオヤですけど……?」
「おう、ナオヤか。よろしくな。俺はフレッドってんだ。ツカサちゃんに迷惑かけたりしたら、俺が黙ってねえからな。それだけは忘れないでくんな?」
「絶対に覚えておきます……」
フレッドさんはにかっと笑って、
「よっしゃ。それじゃあ、適当に見繕ってやるから、ちょっくら待っててくんな。ツカサちゃん、一通りってぇ言うと、外套に靴、それに肌着なんかもってことでいいかい?」
「はい、お願いします」
「あいよ。んじゃ、奥から探してくるから、そのあいだにそっちのほうから選んどいてくんな」
「はーい」
おっさんの姿が奥に消えた。
ツカサはふんふんふふーんと鼻歌なんかを歌いつつ、棚に置かれた服を手に取り、ためつすがめつしている。
「あ、これ可愛い。ナオヤくん、身長は何センチ?」
「一応、180だけど……」
本当はちょい足りないのだが、これくらいサバを読んでもいいだろう。
ツカサの視線が俺の頭上を見て、意味ありげにくすりと笑った。
俺はおもわず半眼になって、
「もしかして、身長とかまで見えちゃってるわけ?」
「ふふ。さあ、どうでしょ? いいじゃない、誤差みたいなものだし」
……やっぱり見えてんじゃん。
「勝手に【ステータス】が見えるのって、良くないと思うわ」
「私もそう思う。あ、でもね。身長とかそういう情報は、誰にでも見えるってわけじゃないんだよ?」
「ああ、そうなの?」
「うん。名前とかLV。それに職業なんかは、無条件で見えちゃうんだけど。身長とかは、相手と最低限仲良くならないとオープンにならないの」
「へえ」
「さっき、私とナオヤくんが知り合いになったから。それで情報が解禁されたって感じかな」
なるほど。
「どこまで情報が開いたかで、相手との関係性がわかるってことか……」
俺のつぶやきに、適当に棚から取り出した服を両手に、いろんな角度から見比べていたツカサの手が止まった。
「それもあるんだけど。……えっと、ナオヤくんには、【通知】って来なかった?」
「通知? 誰から?」
ツカサは困惑した様子で、
「それは私もよくわかんないんだけど。……強いていうなら、世界?」
ずいぶんとスケールのでかい話になってきた。
「別に、なんの通知もなかったと思うけど。それがどうかした?」
「うーん……」
ツカサが真剣な表情で考え込んだ。
ちらっとこちらを見て、
「あのね。さっき、私とナオヤくんが握手したでしょ?」
「うん」
「あの時、私のほうには【通知】が来たんだよね。ナオヤくんとの関係が、【他人】から【知り合い】になったっていう」
なんだそれ。初耳なんだけど。
「ナオヤくん、今までにそういう【通知】って受けたことある? 具体的には、この世界にやってきてから」
「まったくもって、身に覚えがない」
通知なんてものがあることだって、今知ったくらいだ。
返答を聞いて、ツカサはさらに真剣な表情になって、
「……やっぱり、ナオヤくんって変わってるかも」
「いやあ、それほどでも」
俺のボケにも彼女は反応してくれず、
「……多分、【ステータス】が見えないってだけじゃないんだ。システム通知が来ないってことは、どういうことなんだろ。もしかして。いや、でも――」
ぶつぶつと一人の思考に入ってしまう。
取り残されてしまったので、仕方なく、俺はそのあたりの棚を物色することにした。
身近にある一枚を適当に手に取ってみる。
外套っていうのはこれのことだろうか。
なんの生地かはわからないが、手触りから少なくとも化学繊維ではないだろうということはわかる。
触ってみてわかるのは、それだけではない。
……これって、古着だよな?
別に、贅沢を言えるような身分じゃないことはわかってるつもりだけど。
それとも、この世界じゃこういうのが普通なのか?
元いた世界でも、ヴィンテージとかそういうのがあることはもちろん知ってはいる。
こっちの世界の衛星事情とか、そのあたりの話がわからないから、ちょっと不安に思う気持ちはあった。
「あ、ナオヤくん。それが気に入ったの?」
いつの間にか、物思いから復活したらしいツカサがこちらを覗き込んできていた。
「こっちもいいと思うんだけど。どう?」
彼女は素直に買い物を楽しんでいるらしく、色々と手に持っては比較用に見せてきてくれる。
ふと、俺は自分の今の格好に目を落として、
「あのさ、ツカサさん。俺が今着てるこの服って、どこかで売れたりするのかな」
彼女はびっくりしたように、
「いきなり、どうしたの?」
「いやー。俺って、手持ちがないわけじゃん? ツカサさんに借りるにせよ、少しでも自分でどうにかした方がいいかなって」
異世界の服なら、ちょっとは高く買い取ってもらえたりしないだろうか。
「売れるとは思うけど……」
俺の思い付きを聞いて、ツカサは眉をひそめた。
すぐに頭を振って、
「でも、止めたほうがいいと思うな」
「どうして?」
「勿体ないもん」
「勿体ない?」
「だって、売っちゃったら、もう二度と戻ってこないんだよ? 元の世界の持ち物は、なるべく手元に残しておいた方がいいと思う」
そんなもんだろうか。
愛着があるってわけでもないし、別に気にならないんだけどな。
俺が首を捻っていると、ツカサはなにかを思い出すような笑顔を浮かべて、
「私は、それですっごく後悔したから。ナオヤくんには、同じ思いをして欲しくはないかなぁ」
そういう彼女は寂しげで、同年代とは思えないくらい、ひどく大人びた表情をしていた。
不意にみせられたそんな表情に、俺は言葉をうしなってしまう。
まずい。
なんとなく気まずい雰囲気になってしまった。
「――わかった。じゃあ、こうしよっか」
そんな雰囲気を吹き飛ばすように、ツカサが、ぱんっと手を叩いた。
「私がナオヤくんにお金を貸すから、その代わりにナオヤくんの持ち物を預かっとくの。それで、貸したお金を返してくれたら、その時に預かってたものを返してあげる」
ふむ。
ようするに、質草って感じかな?
借金の担保として、自分の服を質に入れておく。そういうことだろう。
「そうそう。それでどう?」
「そりゃ、ツカサさんがそれでいいなら、こっちとしては願ったりもないけど……」
「よかった」
ツカサはにっこりと満面の笑みを浮かべて、
「じゃあ、そうしよ。ほらほら、どれがいい? せっかくだから、一番気に入ったのを買っちゃおうよ」
自分のことのように嬉しそうに服選びを再開する。
そんな相手に急かされるように、俺も自分の服を選びながら、
――この子は、いったいどのくらい前にこの世界にやってきたんだろうか。
ふと、そんなことを思ったのだった。
服屋のおっさんが奥から戻ってきたころには、俺は外套やその他のものを選び終わっていた。
「おう、試着してこいや」
あごでしゃくられ、試着室へ。
肌着に、ちょっとした民族衣装みたいな上下。巻頭衣じみた外套に靴下、革靴まで。
渡された一式に身を包んでから戻ると、
「おー、似合ってるね!」
「馬子にも衣装ってやつだな」
……馬子にも衣装って、誉め言葉だっけ?
とはいえ、悪い気はしなかった。
ツカサは、俺が持っているシャツやスラックス、それにスニーカーなどの一式を見てから、
「フレッドさん。なにか袋みたいなの、もらえますか?」
「おうよ」
おっさんはすぐに戻ってきた。
手渡された大きな革袋に俺が自分の服装を入れると、「はい」とツカサが手を伸ばしてくる。
「え? いや、いいよ。自分で持つし」
「ううん。この場所で預かっちゃうから、渡して?」
さらりとそう言うと、俺から服装の入った革袋を受け取って、
「
そう言った瞬間、彼女の手に持っていた革袋が忽然と姿を消した。
……え。今のなに?
あまりの出来事に俺は言葉もない。
なんなら、この世界にきて一番の驚きだった。
そんな俺の様子をみて、ツカサはちょっと得意そうに胸を張り、
「ふふん。便利でしょ?」
「いや、便利すぎるでしょ……」
なんだ、今の。
魔法か? この世界ってそういうのもアリなのか?
「まあ、似たようなものかな。そのあたりも、追々に説明するとして……」
服屋のおっさんに支払いをしながら、彼女はにこりと微笑んできた。
「買い物がすんだら行こっか。私がお世話になってる人たちのこと、紹介するね。そこで説明しなきゃいけないこともあるし、ナオヤくんから聞きたいこともあるでしょ?」
それは本当にその通りだった。
聞きたいことが増えすぎて頭が破裂してしまいそうになる前に、質疑応答の時間をいただきたい。
服屋のおっさんに礼を言って、俺とツカサは店をでた。
向かう先は、彼女が今現在お世話になっていて、普段の宿にもしているお店ということだった。
◇
「この世界には不思議な力があってね、大きく分けて【
宿屋に向かう途中。
大きな川沿いの道を二人で歩きながら、俺はツカサからさっきの超常現象についての説明を受けていた。
「見た通り、服とか道具とかを入れて、どこでも取り出すことができるから、すっごく便利。買い物のたびに重い荷物を持たなくてもいいの! これだけで、どれだけ凄いかわかるでしょ?」
もちろん、わかる。
わかりすぎるくらいわかる。
なにを隠そう、この俺は某猫型ロボットの秘密道具のなかで、四次元ポケットが一番欲しいとまで思っていた人間なのだ。
昔は、近所の家の子どもと「秘密道具でなにが一番便利か」というお題目で、一日中、延々と白熱した議論をしていたもんだ。
その時の議論では、「なにも入ってなかったら意味ねーじゃん」と馬鹿にされまくり、そのままの勢いで時間切れ負けという結末に終わってしまったが。
今なら、そんな醜態は見せたりなんかしないのに――幼少の自分の不甲斐なさが悔しかった。
四次元ポケットの偉大さは、そのなかに詰め込まれた秘密道具にあるのではない。
凡百の連中はそのことをわかっていない。
その真の有用性は、無限の収納力と運搬性能そのものにあるのだ。
……ちなみに、高校の頃の知り合いと似たような議論をした時には、「どこでもドアと物置あたりを繋げれば、代用できるくね?」と言われてしまった。
こちらについては、今でもちょっと反論を思いつけずにいるので、いい切り返し方があれば誰か教えてほしい。
――それはともかく。
もちろん、四次元ポケットと『収納』では違う部分があるだろう。
収容量や使用条件。その他、様々な制約があるかもしれない。
それでも、もしも自分が「四次元ポケット(ぽい)」能力を使えるなら――そう考えるだけで、俺はワクワクが止まらなかった。
はやる気持ちを押さえながら、
「その魔法とか技能っていうのは、誰でも使えるの? それとも、特別な人にしか使えない?」
「魔法のほうは、そうだね。才能っていうか、生まれ持った条件みたいなのがあるわ。でも、技能のほうなら基本的に誰でも使えるはずだよ」
――っしゃあ!
心のなかで雄たけびをあげる俺。
「じゃ、じゃあさ。どうやって使えばいいのか、教えてよ。ちょっと試してみたいなあ。……いや、ちょっとね? ちょっとだけ、興味があってさぁ」
駄目だ。
興奮を抑えきれない。
鼻息を荒くする俺に、ツカサは困ったように眉をひそめてみせて、
「それは、かまわないんだけど……」
「なに? なにか問題?」
「……ナオヤくん、自分のステータスを開くことって出来る?」
ステータス? 開く?
「……それってどうやるの?」
「どうやるっていうか……。出ろー、って念じれば、目の前にでてくるんだけど。私の場合」
へえ、そうなんだー。
簡単じゃん。
その場に立ち止まり、俺は大きく息を吸った。
かっと目を見開いて、
――ステータス、でろー。
強く念じる。
ステータス、でろー。
でろー。
でろーでろー。でろー。
……でろーーーーーーーーーーーーっ、
「さっさとでてこいやああああああああああああああああああああああああああ!」
終いには力の限り声を張り上げてみたのだが、ステータスは出てこなかった。
はあはあと肩で息をする俺に、あちゃあ、という顔をしたツカサが、
「やっぱりかぁ。他人のステータスが見れないっていう時点で、もしかしたらとは思ってたけど……」
「ごめん。俺にもわかるように、説明お願いしてもいい……?」
「うん。……えっとね」
言いづらそうに視線をこちらから外しながら、
「技能を使うのって、ステータス画面から使いたいスキルを選んで、使うイメージなの。だけど、ナオヤくんは自分のステータスが呼び出せないでしょう? それって、つまり――」
つまり?
「もしかしたら。もしかしたらだからね? ……ナオヤくん、技能が使えないのかもなーって」
彼女の言葉をきいて。
俺は、ゆっくりと目を閉じた。
つう、と自分の頬を涙がつたっていくのを感じる。
「――死のう」
「ちょっとちょっと!」
川べりにむかってふらりと足を向ける俺を、あわててツカサが止めに入った。
「ナオヤくん、落ち着いて! あくまで、もしかしたら! もしかしたらだから!」
「マイ四次元ポケットが使えないくらいなら、死んだ方がマシだ……」
「そんなに『収納』したかったの!? わかった! わかったから、落ち着いてってば! なんとかなるかもしれないから、話を聞きなさーい!」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。
俺は動きを止めて、
「――本当に?」
その場しのぎの嘘だったら、恨んでやる。
言外にそんな思いを込めて視線を向けると、ツカサは笑顔を強張らせて、
「……絶対じゃないけどね。私にも、もしかしたらって思うことはあるし、これから行く場所にもそういうことに詳しい人がいるから。その人に話を聞いたら、――多分」
身体ごと抱きつくようにしながら、真剣な眼差しでそう言ってくれる。
彼女の表情には、嘘や誤魔化しのようなものは感じ取れなかった。
足を止め、息を吐く。
「……わかった。ごめん、取り乱して」
「ううん。わかってくれたんなら、いいの」
ツカサはほっとしたように微笑む。
やっぱり彼女は優しい。
とてもいい人だ。
俺はそんな彼女から目をそらすようにしながら、
「――ツカサさん。あのさ」
「ん? どうかした?」
「もう取り乱したりしないからさ。……そろそろ離れてもらっても、いいかな」
さっきから、腰のあたりに柔らかい感触があたっていた。
おまけに女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐって、大変に心地よい気分にさせてくれる。
正直なところ、これ以上抱きつかれたままでいると、おかしな気分になってしまいそうだった。
ツカサは、自分が思いっきり俺に抱き着いていることに気づくと、後ろに飛びすさらんばかりの勢いで身を離した。
顔が真っ赤になっている。
……あれ?
思ったよりも反応が初心だぞ、この人。
もうちょっと男慣れしている相手になら、からかってみようかなという気にもなるけれど、こんなふうに反応されてしまうとそうもいかない。
考えた結果、素直に謝ることにした。
「えーっと。なんか、ごめん」
「ううん。こっちこそ、ごめんなさい……」
顔を赤くしたまま、ツカサはちいさく首を横に振る。
それまでの頼れる雰囲気とはまるで違った、ひどく女の子な気配。
あ、駄目だ。
こういうギャップに弱いんだよなぁ、俺。
なんとなく気恥ずかしい空気が流れ、お互いに沈黙していると、
「――ああ? なんだか見覚えのある奴がいるなあ?」
不意に、横合いから知らない声がかけられてきた。
声をかけてきたのは、見るからにヤカラっぽい連中だった。
男が三人。
それぞれ両手に違う女を抱くようにしている。
先頭にいる若い男が、ツカサに向かって大きく口を歪めた。
「やっぱり、ツカサじゃねえかぁ。こんなところでなにしてんだ?」
「……別になにもしてないけど」
ツカサが答える。
その表情はさっきまでの余韻はどこへやら。
完全に、冷ややかに醒めきってしまっていた。
「そっちこそ、こんなところで道草? 組合には、うちからお願いした依頼が入っているはずじゃなかった?」
かは、と若い男が笑った。
痰でもつまってるのかな?と俺は思った。
「依頼? あー、あれかァ? もちろん、わかってるさ。だから、こうやって街のなかを歩いて、見回りに余念がねえってわけよぉ。重点警戒ってこった。なあ?」
取り巻きの男たちに話を向ける。
男たちは感じの悪いニヤケ顔で、そうだそうだ、と口々に同意の声をあげた。
「俺たちがこうして見回ってる限り、心配なんていらねえさ」
「おうとも。なんたって、俺らにはトールさんがついてるんだからなあ」
トール? 日本人っぽい名前だ。
それに、組合がどうこうってことは――こいつ、転移者か?
トールと呼ばれた男は、周りからのおだてに気をよくしたのか、かははっと大口をひらいて笑い声をあげた。
「そーいうこった。この街のことならよォ、安心して俺に任せてくれていいんだぜ、ツカサぁ」
「冗談でしょ」
ツカサが吐き捨てる。
その表情は、今まで見たことがないくらい険しく歪んでいた。
眼差しははっきりと敵意に満ちていて、憎々しげにトールと呼ばれた男へ向けられている。
男はそんな彼女の視線を気にも留めない様子で、無頓着にこちらへと距離を詰めてくると、
「いやいや。俺は心配してるんだぜ? 『なんでも屋』とか言って、色々と頑張ってるらしいけどよお。実際、戦力になるのなんてお前くらいなんだろ?」
ツカサの顔を覗き込むように、腰を落として視線の高さを合わせた。
「この世界の連中なんざ、クソの役にも立ちやしねえヤツらばっかだからな。結局はお前が尻拭いする羽目になるだけだぜ」
そこで言葉をきり、だったらよお、と大きく口を歪ませる。
下卑た表情でささやくように、
「――ツカサぁ。もっと、俺のことを頼ったほうがいいんじゃねえかぁ?」
「……ふざけないで」
ツカサの声は怒りで震えている。
すぐ近くまでやってきた男を睨みつけて、
「私がどうして、あんたなんかに頼らなきゃいけないのよ」
「かははっ。相変わらずだな。まあ、あれだぁ。困ったことがあったら頼ってこいよ。組合の連中には、俺のほうから口を利いてやるし……。お前だったら、いつでも可愛がってやるからよ。――こんな風になぁ」
言いながら、両脇に抱えた女たちの胸を両手で揉みしだく。くぐもった声があがった。
「あんた――」
ツカサの眉が逆立った。
そのまま男に掴みかかろうとする寸前、俺は二人のあいだに身体をすべらせた。
「っ、ナオヤくん――」
「あぁ? なんだぁ、テメェ」
男が胡乱な目を向けた。
こちらの頭上に視線をあげてから、はっ、と笑い声を漏らす。
「ドーエ、ナオヤ……? んだよ、ご同郷じゃねえか」
背後にいるツカサにむかって馬鹿にしたような視線を向けて、
「ツカサぁ、お前んとこの新入りかぁ? ちょっとでも戦力を囲おうと、身体を張った営業活動に必死ってわけだ。ったく、健気すぎて泣けるぜ。ほんとによぉ」
「ッ、そんなんじゃ――」
怒りのまま声を荒らげようとするのを後ろ手に抑えながら、目の前の相手を見据える。
男はニヤニヤと笑みを浮かべたまま、
「なんだァ? 言いてえことがあるなら言ってみろよ、新入りくん」
いやあ、特にはないんだけどね。
ただ、どうやったらそんなにわかりやすく絵に描いたような悪役ムーブをできるのかは、ちょっと聞いてみたかった。
もちろん、そんなことを言ったらなにをされるのかわからないので、俺は黙っていた。
トールと呼ばれた男は、こちらがなにも言ってこないことを見てとると、けっ、と地面に唾を吐いて、
「――つまんねえヤツ。……おい。行くぞ、お前らぁ」
取り巻きの男二人と大勢の女を連れて、どこかへと歩いていった。
その去り際、
「レダ……」
男に抱えられた右側の一人に向かって、ツカサがそっと小さな声で呼びかけた。
心配そうな声色と顔。
それを見て、レダと名前を呼ばれた女性は一瞬、表情を辛そうに歪ませたが、
「……――」
結局はなにも言葉を口にすることなく、男たちと去っていってしまう。
ツカサは黙ったまま、その後ろ姿をじっと見つめていた。
彼らを。あるいは彼女を。
その両拳が震えるくらいに強く握りこめられているのに気づいた。
……トールという男とも、レダと呼んだ女性とも。きっと、なにかの因縁や事情があるのだろう。
だからといって、それを容易く聞けるはずもなく、黙って彼女の様子を見守るしかない。
しばらくして、ふう、と深く息を吐いたツカサが、
「――変なところ見せちゃったね。ごめんなさい」
「あー。いや、別にそんなことは」
彼女は表情を切り替えていたが、顔色は暗い余韻まで拭い去ることができていなかった。
こちらとしては、気づかない振りをしてあいまいに受け流すしかない。
「ほんと、ごめん。……ちょっと色々ある相手でさ」
「まあ、そんな感じはしたね」
言いながら、去っていく連中の後ろ姿にあらためて視線を向けて――
俺は目を見開いた。
少し離れた場所で、トールがこちらを振り返っていた。
両手に抱いていた女たちをどちらも脇に追いやり、自由になった右手をまっすぐにこちらへと向けている。
「かはっ」
小馬鹿にするような笑い声が、たしかに俺の耳にまで聞こえたような気がした。
それからの展開は、まるでスローモーションのようだった。
人間が死ぬ間際、事態がゆっくりと見えるだとか、走馬灯がよぎるだとかっていう話を聞いたことがあるけれど、まさにそれ。
遠くに立つトールの右手に、なにかの輝きが生まれる。
徐々にその光は大きく、つよくなっていき……
はっとそれに気づいたツカサが、トールへと顔を向ける。
表情を強張らせた彼女がすぐにこちらのほうを見て、俺の前に身体を投げ出すようにして、
「――『
「ッ、……『
瞬間。赤と青の光が視界を灼いた。
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