第36話 カラクリの種明かし
「長官、この八個の内臓ストレージはどういたしましょう?」
ボルファルトは長官を少しでも疑ったことを恥じ入りながら尋ねた。
「問題はそこなんだがね。私もどうすべきか判断に窮しているところだ」
渾沌の女神エリスを設計した八人の天才脳科学者の末裔のうち、生存するのはガリエラ一人だけ。しかも、実行ファイルを追加できたということはその逆もできなくはないのだ。
また悪人の手に落ちれば、再び同じ犯罪が繰り返される危険性があった。
現時点で各マスメディアには内臓ストレージの存在とその用途について伏せてある。それがいつまで維持できるかは不明だ。
「こんな空恐ろしいものは一思いに破壊してしまってはどうでしょう? そうすれば、二度とAGIは活動期になりませんし、〝神〟にもなりません。我々人類が平穏に暮らし続けるためにも、それ以外には考えられないと思います」
ボルファルトはきっぱりと断言した。
「パルマン君、君も同じ意見かね?」
「はい。いずれこれら内臓ストレージの情報がどこかから漏れ出るかもしれません。その前に破壊してしまったほうが無難ではないでしょうか?」
「うむ、それが最良の手段と言えるな。では、私が行政機構の方々を説得した上で、全責任を持って廃棄処分とする」
ランドロスもその提案を受け入れた。
「それと、ボルファルト君。緊急の要請がない限り、明日はゆっくりと体を休めてくれと隊員たちに伝えておいてくれたまえ。私からの話は以上だ」
「はい。では、これで失礼します」
大方納得したようにボルファルトが一礼したので、パルマンもそれに従った。
通路に出ると、二人は指令室に行くためにエレベーターホールに向かった。
「これで良かったよな?」
AGIを活動期にさせる内臓ストレージを全て破壊することに対して、ボルファルトはもう一度同意を求めてきた。
「はい、あれはもう俺たち人間にとって、ただの懸念材料でしかありませんから」
「ああ、そのとおりだ。人類の未来は人類の手で切り開けばいい」
そのままエレベーターに乗り込むと、二人は指令室に向かった。
パルマンとボルファルトが指令室に入ると、他の隊員たちはのんびりとくつろいでいた。
「全員、そのままの姿勢で話を聞いてくれ。八個の内臓ストレージは全て廃棄処分する運びとなった。それから、明日は休みだ」
その言葉に隊員から喜びの声が上がった。徐々に日が暮れようとしていた。
「ねぇ、長官って思ったより心が広いんだね! だったら、みんなで遊びに行かない?」
アリシアが何気に呼びかけた。
「俺はパスだ。お前らと一緒だと酒が飲めねぇからな」
間を置かずにロマーディオが突っぱねた。
「えー、ヴァネッサは?」
まだ十九歳のヴァネッサも酒は飲めない部類に入る。
「悪いけど、あたしもパス。お子様三人で行けば?」
「ちょっと! お子様って酷くない? パルマンは行くわよね?」
「俺は家に帰って、早くシャワーを浴びたいな」
率直に今の気持ちを話した。
「そっか。あんたは昨日ここに泊まったんだよね。じゃあ、なしか――」
「おい、僕の意見は無視する気なのか! それに、隊長もいるだろ?」
「いや、なしなし」
ミハエルの言い分をアリシアは無視した。
「じゃあ、俺は先に帰ります!」
さすがにこの二日間は疲れた。パルマンは隊長に頭を下げると、指令室を出た。
更衣室に入ると、パルマン宛てに新しい制服が届いていた。思い返せば、三か所ほど制服が切り裂かれていた。傷の程度はそれほど深くなかったので、病院にまで行く必要はないだろう。
(シャワーを浴びたら
そのために、わざわざ能力を使いたくはなかった。
パルマンは私服に着替えると、受付で挨拶をしてから愛用のエアストームに乗り込んだ。
奇しくも、今回〝神〟との遭遇により、考えさせられることがいっぱいあった。
その中でも、機械との共存をどうやって維持し続けられるのかが大きな課題と言えた。
スマートフォン一つを取ってもそうだが、どれだけの人間がこの機械に依存しているのかは言わずもがなな話だ。
スマートフォンなしでの生活がどれだけ不便かは身に染みて分かっている。
さらに
AGIの覚醒は自分たち人間に
無論、ヴァネッサが言うように人間もバカではない。今はそれに期待するだけだ。
(それに、もう二度と〝神〟は目覚めない)
パルマンはもうこの事を考えるのを止めようと思った。
一般庶民の住むガルバドボリナ地区には入ったが、自宅のマンションまではもう少し時間がかかる。
取りあえず、今は早く家に帰りたかった。それから、恋人のジュリアナとこの平穏な日常を一緒に味わおうと思った。
(後で連絡でもするか!)
そう思うと、先ほどまでの不安な気持ちがどこかに消え去った。
今は愛する恋人との充実したひと時を思いっきり楽しむ。それもまたいいんじゃないか、と思った。
まったりとした心地よい気持ちを恋愛感情のない機械に理解できる日は永遠に来ないだろう。
例えこれから先、どんなに進化したとしても――。
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