第35話 ふと思うこと
AGIの爆破を防いでから三十分が経過した頃、
爆弾が解体されるまでの間、手下たちも無駄な抵抗はしなかった。そのままベルハラートと手下たちは警察車両に乗せられ、連行されていった。当然の話だが、全員に死刑の判決が下るだろう。
その一部始終を見守った後、
最悪の展開を見事に回避し、一件落着に導いたパルマンを隊長のボルファルトを除いた隊員全員が冷やかし半分に褒めた。だが、当の本人は浮かない顔をしていた。
「どうした? 事件解決の立役者がそんな顔では部隊の士気に関わるぞ」
ボルファルトが心配そうに声をかけてきた。
「すみません。ちょっと今回の事件について考え事をしていて――」
「何よ、考え事って? 教えなさいよ!」
アリシアが面白半分に茶々を入れる。
「いや、人類がこの世界の頂点にいられるのは果たして後どれくらいなのかなって思ったんだ」
「おい、ミイラ取りがミイラにでもなったんじゃないだろうな」
ミハエルは
「そうじゃないが、機械の知能が人間の頭脳を優に超えているのは事実だ。今回の事件が起きなくても、いつの日か機械が人類を隷属する日が来るんじゃないかって思っただけさ。自分で自分の首を絞めていたことに気付いたときには、既に取り返しのつかない事態に陥らなければいいなって――」
ただでさえ、人間は機械の知能に依存し過ぎの部分がある。知らない間に機械に支配の座を取って代わられても気付かないのではないか。そんな危惧の念を抱かずにはいられなかった。
「悪いけど、あたしらもそこまでバカじゃないよ。しっかりと線引きすれば、未然に防げる話じゃない。違う?」
「ああ、それはそうなんだけど――」
ヴァネッサの意見はもっともだ。それでも、パルマンは釈然としなかった。
「じゃあ、あんただけ原始時代に戻れば? 私たちはちゃんと機械と共存して生きていくから」
アリシアの言葉に何かを感じた。
(人類が優位な立場ならば、共存と言えるだろう。それが自己過信による錯覚ではないことをただ祈るだけだ)
機械の知能なくしてはまともな生活すらままならないのは受け入れるべきだ。無論、それは今に始まったわけではない。
(では、これから先はどうなるのだろうか?)
現代を生きる人間には誰にも分かるはずもない未知の領域と言えた。
パルマンは外の風景に目を向けた。日は徐々に傾きつつあった。
自分の考えはどこか間違っているのか、と自問自答してみた。結局のところ、正しい回答は見出せなかった。ただ、他人任せにはできない話なのだけは心に刻みつけておく必要があった。
エンデルバルト地区まで来ると、絶滅特殊部隊の本部の屋上にあるペリポートに突風を巻き上げながらヴォルテックスは着陸した。
地面に降りると、建物内に通じるドアの近くにランドロスが待っていた。長官が直々に自分たちを迎えることなど異例の事態だった。ランドロスとはそういう人物なのだ。
「ボルファルト君にパルマン君、ちょっと話がある。長官室まで来てくれ」
それだけ言うと、ランドロスは建物内に消えた。
事件解決の報告ならとっくにボルファルトがしていた。それとは別に何か話したいことでもあるのだろうか。しかも、呼ばれたのは二人だけだ。
「AGIを無力化したカラクリについて聞きたいと前もって伝えておいた。パルマン、お前も一緒に来い。どっちにしても、これの処分方法についても聞かなければならないしな」
ボルファルトは八個の特殊な組み込み式内臓ストレージ――PUDを見せた。
数分後、他の隊員たちと別れた二人は長官室のドアをノックした。
「入りたまえ」
ランドロスの声はとても穏やかだった。長官だけが開けられるドアが開く。
中に入ると、ランドロスは背もたれに全体重を預けて椅子に腰かけていた。
「ボルファルト君から大体の話は聞いた。パルマン君、良く説得してくれたね。君のおかげでこの
「ありがとうございます!」
労いの言葉をパルマンは謙遜(けんそん)することもなく受け入れ、深々と頭を下げた。
「君たちがここに来なくても、この謝意は伝えようと思っていた。それと、ボルファルト君が言うには、
「どうして俺ら二人だけなんですか? 隊員全員にお話しされてはどうでしょう?」
パルマンは素朴な疑問を投げかけた。
「それはだね。あまり公にする話題でもないからだよ」
その口振りから、ランドロスは本来なら誰にも話す気がなかったのだと理解した。
「ボルファルト君、昨日君と貧困区に行ったのは覚えているかね?」
「もちろんです」
「あの建物に都市警察の手から逃げ延びている凄腕のシステムエンジニアがいてね。その男が内臓ストレージの中身を暴き出してくれたんだよ。その上で、最悪の場合に備えて少し細工を施してもらったというわけだ」
「どんな細工ですか?」
ボルファルトが訊き返した。
「そう急かさなくても全て話すから安心したまえ。解析の結果、内臓ストレージにはAGIの
長々と話した長官の問いかけに、パルマンとボルファルトは「はい」と素直に頷いた。
ここまで話を聞くと、今回の事件解決の手柄の半分はランドロスの機転によるものだと思い知らされる。〝神〟のままだったら、自分たちは何も打つ手がなかったのだから。
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