第34話 事件の終焉

「あんたには言うまでもない話だが、AGIの覚醒は人類にとって脅威でしかない。あんたの父親もその危機感を抱いたからこそ、人類の更なる進化という無謀とも思える夢を叶えたいと思ったんじゃないのか? 俺にはそう思えてならない」

「そのとおり! 人類の進化など無能な者がすることよ! 既に人間の頭脳では機械の知能に遠く及ばないのだ! だが、その事実を人類に知らしめる絶好の機会を失った。もはや生きる意味などない!」

 突如危機的な展開となった。この流れは断ち切る必要がある。それでも、パルマンはここが落としどころだと思った。


「ベルハラート、あんたは本当に〝神〟という存在が必要だと思ってるのか? 人類は今まで自分たちの力だけで生きてきた。これからもそれは変わらないと俺は思う。本当に進化するかどうかは分からないが、人類は誰かに指図されなくても生きていける。この世界には実在する〝神〟なんて必要ないんだ。あんたも心の奥底では同じ思いなんじゃないのか?」

 核心を突いた問いかけだった。


 どんなに機械の知能が進化しても、人類は自分たちの力で生き続けることができる。何にも支配されることなく、ただ自分たちの思い描くままに――。

 これはパルマンの率直な願望でもあった。


 これまでAGIが休眠期の状態でも、何一つ問題もなかった。これから先も〝神〟の出る幕などないのだ。

「ガキの分際で偉そうにほざくな! お前などにこの思いが理解できるはずもないのだ!」

 否定はしているが、確実にベルハラートの心を揺さぶっていた。

(あともう一押しだ!)

 これから言う言葉が全てを握っている気がした。おのずと力がこもる。


「そのスイッチを押せば、この巨大都市は間違いなく機能停止に陥るだろう。さっきあんたは超人化計画を支持する者たちがたくさんいたと言っていたが、支持しない者も少なからずいたはずだ。その人たちの命までも奪うことになるんだぞ! それでも、あんたは悔いが残らずに死ねるのか? それでも、まだスイッチを押せるのか?」

「クッ!」

 パルマンにとっては止めの一撃に他ならない。


 言ってることは間違いなく正論だった。もしこれ以上反論するようなら、説得による解決は困難を極める。だが、ベルハラートは苦々しい顔でただ沈黙していた。

 両手を上げた状態でパルマンはゆっくりとベルハラートのところに歩き出した。

「く、来るな! こ、これを――」

「あんたにはもうそのスイッチは押せない!」

 ベルハラートの言葉を制し、パルマンは断言した。距離を徐々に詰めていく。


 それほど離れていないのに、とても長い距離を歩いているような錯覚すら覚えた。どうにかベルハラートの目の前まで歩み寄ると、パルマンは右手を差し出した。

「さぁ、それを渡してくれ」

 まだ躊躇ちゅうちょしているようだ。ただその目に先ほどまでの憎悪は帯びていない。


「さぁ!」

 ベルハラートは根負けしたようにスイッチをパルマンの掌に乗せた。それから、大声で号泣しながら力なく地面に崩れ落ちた。

 パルマンは汗のにじんだ手でスイッチを掴み取ると、屈んで「ありがとう」とベルハラートの肩に手を置いた。

 その瞬間、絶滅特殊部隊の他の隊員たちは一様に安堵の溜め息を漏らした。


「お前たちも両手を上げろ!」

 即座に地面に置いたレーザー光線用の回転弾倉式機関銃を掴み取ると、ボルファルトがまだ事件は終わってないことを指し示した。


 手下たちの中でこれ以上抵抗する者は一人もいなかった。すぐにそれぞれの銃を持った他の隊員たちが駆け寄っていき、ひざまずかせていく。

「よくやってくれた!」

 ボルファルトはこちらに戻って来るパルマンに激励の言葉をかけた。


「ありがとうございます、隊長。それから、このスイッチを渡します」

 全てをやり切った手応えを感じた。説得に成功した満ち足りた気持ちだった。ただ、それと同じくらい精神的な疲労感が全身にのしかかって来た。

 あとは都市警察シティーポリスに連絡して、爆弾処理班に爆弾の解体をしてもらう必要があった。

(なんとか解決したな)

 一時はどうなるかと思ったが、多大な犠牲者を出した今回の事件も終焉を迎えつつあった。


 思えば、これからの人類の未来について物凄く考えさせられる事件だった。

 ベルハラートは断罪すべき極悪人だが、事件が明るみになれば、この男のAGIに対しての考え方と似た思いの人間も現れるかもしれない。そうなったときに、また同じ事件が起きないとは断言できない。これは肝に銘じておく必要があった。


 それはさておき、パルマンは早く一息つきたかった。

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