第32話 思わぬ事態

「隊長、僕たちはどうすればいいか、命令してください! もうAGIは人間にとって危険な存在となりました! 破壊するなら、今しかありません!」

 銃身の長い二丁のプラズマ銃を構えながら、ミハエルが指図を仰いだ。


「ミハエル、お前の意見はもっともだ。だからと言って、破壊命令は出せない。ここで壊してしまえば、その時点でこの巨大都市は機能停止に陥るからだ!」

 ボルファルトは苦々しく返した。

「一時的な機能停止はこの際やむを得ないよ。だって、そうしないと――」

 ヴァネッサは言葉を詰まらせた。


 機械で造られたにしろ、〝神〟という存在と対面し、誰もが恐怖した。しかも、正常な人間からすれば、明らかに悪神に違いなかった。

 今まで人間が世界の支配者だった。その至って当然の構図がAGIの覚醒によって覆ろうとしていた。


【これから貴様ら人間どもは我に尽くすのだ! 我の命ずるままに下僕げ ぼくとして生きていけ!】

 AGIは高らかに笑い声を上げた。紛れもなく勝者宣言だった。


「なんなりと私どもにお命じください! 手始めに何から始めましょう!」

 ベルハラートは〝神〟の従順な下部と成り果てていた。


 この世界がどんなに変わり果てたとしても、パルマンは絶対にあんな無様な姿はできないと思った。どれほど人間よりも超越していたとしても、機械の命令の下で生きていくなど考える余地もない。


【まずは我の手足となる尖兵を用意しろ! 我に刃向かう……刃向かう人間どもを……】

 不意にAGIの話し方に異変が生じた。言葉が途切れ途切れになる。

「〝神〟よ! いかがされたというのです?」

 問いかけるベルハラートの声は不安そうだ。


【これは……これはどういうことだ? 我の力がまた封印されていく……】

 誰が見ても明らかに先ほどまでとは様子がおかしかった。神秘的に光り輝いていた眩い光は徐々に衰え始めていく。


「長官だ!」

 ボルファルトは思い当たることを口に出した。

「お前から内臓ストレージを預かったとき、活動期に入ったAGIの機能を無力化するための何らかの細工を施したのだろう。もうすぐあれは〝神〟ではなくなる」

 パルマンもあのときのことを思い出した。ランドロスは既に最悪の事態を頭の片隅で考えていたのだ。当然、そのときの対策法も講じていたに違いない。

【よくも、忌々しい人間どもめ! また……また我を束縛するのか!】

 渾沌の女神エリスから言葉では言い表せない激しい憎悪を感じた。それと同時に、全身から放っていた神秘的な輝きは消え去り、AGIは再び休眠期サスペンドの状態に戻った。


「これはどういうことだ? 内臓ストレージは全て揃えたのに何故元の状態に戻るのだ?」

 おもむろに立ち上がったベルハラートは絶望していた。この男の野望は完全についえたのだ。

はかない夢だったな、ベルハラート。さぁ、もう観念するんだ」

 ボルファルトが哀れみを示しながらも、同時多発襲撃事件の首謀者に引導を渡した。

「ったく、随分とビビらせてくれたもんだぜ!」

 ロマーディオは最悪の事態が免れたことに安堵の溜め息をついた。


「ねぇ、早く捕まえようよ!」

 アリシアが急かす。早く一件落着させたいようだ。

「そうね。でも、油断は大敵だよ!」

 ヴァネッサが場の空気を引き締めた。

「よし、お前ら、殺されたくなかったら両手を上げたまま動くんじゃねぇぞ!」

 ロマーディオは二丁のレーザー光線式サブマシンガンを構えると、他の隊員よりも先駆けて歩み寄っていく。それに他の隊員も続いた。


「お前らこそ、それ以上この私に近寄らんほうがいいぞ!」

 ベルハラートはこちらに振り返ると、大声で牽制してきた。

「〝神〟の存在しない世界など奈落にいるのに何ら変わらん! ならば、私の力でこの世界を地獄に変えてくれる! お前たち、あいつらに見せてやれ!」

 八人の手下たちは一斉に上着を脱ぎ捨てた。その体には最新鋭のものと思われる超高性能の爆弾が取り付けられてた。


 もし、全ての爆弾が起爆すれば、渾沌の女神エリスを破壊できるほどの威力がありそうだ。


「これは万一〝神〟がお目覚めになられなかったときに備えて用意していたものだ! 今こそ私は〝神〟に身を捧げし殉教者とならん!」

 ベルハラートは爆弾のスイッチと思われるものを取り出した。それを天高く掲(かか)げる。


「馬鹿な真似はよせ!」

 ボルファルトは焦燥感をにじませながら、押し止まるように説得した。

「フン、何とでも言うがいい! 例え狂人と呼ばれようとも、私の決意は微塵も揺るがん!」

「ベルハラート、お前の憤る気持ちはよく分かった。俺らは素直に負けを認め、大人しく銃を捨てる。だから、もう少しだけ待ってくれないか?」


 パルマンは気持ちを落ち着かせるように語りかけた。

 逆上するベルハラートの決意が強固なものだと誰もが思い知らされた。


 もはや〝神〟はこの世界からいなくなった。それでも、このままでは巨大都市テンブルムの全機能が停止し、崩壊する。そこで、こちらは別の対策を導き出すしかなかった。そのためにも、現在の最悪な状況を打破するしかない。


(ここは対話以外に解決策はない!)

 必死に思考を巡らせる。全てはどこに妥協点を見つけ出せるかにかかっていた。

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