第29話 野望を叶えるために

 巨大都市メガシティーテンブルムを統括・管理する渾沌の女神エリスが設置されたカベロアルヒム地区に入り、待ち合わせの場所で三台の黒いエアヴィークルは停止した。


 特殊な組み込み式内臓ストレージ――PUDの入ったケースを手に持ったサミュエルは外に出ると、《黄昏の粛清者エピュラシオン》の創始者の男が現れるのを待った。


 エアヴィークルに乗り込ませたオズモンドは、目的の物を受け取った後で手下たちに不意を突かせて射殺したところだ。抹殺者イレイザーの片割れも、まさかここで殺されるとは思いもしなかっただろう。


 数分後、別の道路から五台のエアヴィークルが近づいてきた。三台目はとても高級感のあるものだった。最後のエアヴィークルはトレーラー型で、荷台には従来の殺戮機兵カルネージよりも一回り以上大きな機体が二機固定されていた。


 まず手下たちが降り、後部座席のドアを開ける。すぐに創始者の男は姿を現した。


 サミュエルを含めて手下たちが深々と頭を下げる中、その人物は汎用人工知能AGIのある場所に通じる閉ざされた巨大なゲートの前まで歩み寄った。


「サミュエル、ご苦労だったな」

 創始者の男は無事に全ての任務を成功させた労をねぎらった。

「ボス、これが最後の内臓ストレージです。どうぞお受け取りください」

 サミュエルから銀製のケースを受け取ると、それを手下の一人に渡した。


「おい、警報システムは突破できそうか?」

 ノートパソコンを巧みに操作しながら、目の前に立ちはだかるゲートの警備システムに侵入しているクラッカーがいた。もちろん、多額の金で雇った男だ。


「あと数分だけ時間をください」

 クラッカーとしては群を抜いて優秀で、まさにその能力を買ったのだ。どうしても成功してもらわなければ困る。

 数分が経過したとき、クラッカーのノートパソコンから音が鳴った。

「警報システムの無力化に成功しました! もうゲートを開けても大丈夫です!」

「うむ。彼を安全な場所まで送ってやれ!」


 創始者の男の命令で、一台のエアヴィークルに乗ったクラッカーは自動運転で帰された。


「さぁ、二機の殺戮機兵を降ろせ!」

 今度は二機の堕天裂空アビスバキュームタイプの殺戮機兵が降ろされた。


「サミュエル、本当にこの二機でいいのか?」

「はい、これさえあれば〝神〟が目覚めるまで奴らを足止めしておきます。どうぞ中にお進みください」

「うむ、任せたぞ!」

 創始者の男の野望はあと少しで実現する。興奮の絶頂をグッと噛み締めると、目指す場所に向かって歩みを進めた。


 正午より少し前に絶滅特殊部隊アナイレート・フォース隊員メンバー全員を乗せた専用ヘリコプター――ヴォルテックスは特別禁忌区まで来ていた。

 後部の座席で待機している間に、分析官アナリストから新たな情報が伝えられた。


 ヒュリエント社の元幹部だったフレデリクスは、社内で殺戮機兵の設計図の管理を担当していたようだ。それと、付近の監視カメラを調べたところ、この男の自宅に爆弾が仕掛けられたのは、自殺した後だということも判明した。


 一部が破損したパソコン本体の内部メモリからは情報データを取り出すことに成功した。その中の復元したファイルには、是が非でも最高責任者CEOの座を奪い取ろうと画策していた内容の文面が見つかった。


 ここに来て、フレデリクスがオルディス一家失踪事件に深く関与している可能性が強まった。


 ナタニエルとその家族はとっくにこの世にいないのかもしれない。


 フレデリクスが秘密結社にどうやって入ったのかは依然として謎だが、《黄昏の粛清者》の黒幕の正体はおのずと導き出されたようなものだ。


 問題は全てのPUDがAGIを〝神〟と心酔する男の手の中にあることだった。渾沌の女神エリスがいつ活動期プロシードに入ってもおかしくない最悪の展開だった。


「ボルファルト、長官からあの地区に入る許可は得たんだろ? だったら、ヴォルテックスでこのまま最上階まで飛んでいけばいいじゃねぇのか?」

「それは無理だ。俺たちは陸路での通行が許可されたに過ぎない。上空から入れば、瞬く間に撃墜されるだろう」

 AGIの防備は非の打ち所がないほど完璧だった。巨大都市メガシティーの管理補佐を任されたお偉い方々はそれだけ危機感を持ってこの女神を防護しているのだ。


 この地区は人が無闇に近寄る場所ではない。それだけにヴォルテックスが着陸するための広々とした空間もあった。


 全員が降りると、目指すべきAGIの存在する場所に足早に向かった。


 自分たちの響かせる足音しか聞こえない。そんな中、あともう少しで目的地にたどり着けるところまで来たとき、つい先ほど見た男が待ち構えていた。


 濃灰色ダークグレーのスーツを来て、肩まである長い黒髪に枠のない眼鏡をかけたサミュエル。その両脇には地面から少し浮遊した二機の堕天裂空アビスバキュームタイプの殺戮機兵の姿があった。両腕の先は円盤形になっていて、先端には薄い隙間があった。


「やはりここまで来ましたか。でも、ここから先は誰であっても通過させるわけには行かないのですよ」


 サミュエルの手にはリモコンが握られていた。

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