第28話 最後の切札

 意思疎通の取れたオズモンドとロズウェルの絶妙なコンビネーションは油断ならないものがあった。厄介なのがロズウェルの物凄い高水圧で襲い来る攻撃だ。水だけに千変万化して避けにくい。


 それについては相手も今までの戦いで十分熟知しているのだろう。今度はオズモンドが少し離れた場所から大槌を地面に叩きつけた。


 再び凄まじい激震が周囲に揺れ動かし、大きな亀裂が幾重にも走る。パルマンはそれに耐え切れず、地面に膝をついた。そのときだ。


「おっと、捕まえちゃったぜ! 兄貴」

 オズモンドの攻撃の威力の知り尽くしているロズウェルは上手く震動から逃れる術を学んでいたようだ。すぐにパルマンの背後に回ると、手斧を持った両手で羽交い絞めにする。

「よくやった! ロズウェル」

 必死に振り解こうともがくが、筋力で負けていた。強引に捻じ伏せられて憎悪を剥き出しにするパルマンにオズモンドは歩み寄ると、依頼されていた物を探し始める。


「これだな!」

 銀製のケースを見つけ出すまで大して時間はかからなかった。ケースの蓋をスライドさせると、お目当ての組み込み式内臓ストレージが入っていた。写真で見たもので間違いなかった。


「よし、ずらかるぞ!」

「兄貴、こいつは殺さなくていいのか?」

「気絶でもさせておけ!」

 自分について来いとばかりにオズモンドは叫ぶ。

「いや! 俺はこいつに肩を撃たれたんだ! 始末しないと俺の気が済まねぇ!」

「好きにしろ! 俺は先に行ってるからな!」

 パルマンを力任せにひざまずかせたロズウェルは両方の手斧を高々と掲げた。

「死にやがれ!」

 雄叫びを上げた直後、背後からボルファルトの広刃鎗が左胸を貫通した。ゴホッと血反吐を吐きながらロズウェルは業火に包まれて焼失した。


「ロズウェル!」

 オズモンドはこの世から消え失せた弟の死を悼むよりも、早くここから立ち去ろうと全力で駆け出した。

「逃がしてたまるか!」

 既に距離は大きく離れていたが、パルマンは立ち上がって追いかけた。

(あれを奪われるわけには――)

 どうやら残りの隊員たちで二十人の手下たちは全て始末したようだ。すると、近くの車道に三台の黒いエアヴィークルが現れた。


 前後の二台からはレーザー光線式マシンガンを構えた数人の秘密結社の手下たちが、真ん中からはサミュエルが現れた。

「オズモンドさん、早くこちらに!」


 手下たちが一斉射撃をしている間に、サミュエルは大きく手招きしながら抹殺者の片割れを呼んだ。既にこの時点でオズモンドを取り押さえられる隊員は一人もいなかった。

 二台目のエアヴィークルにオズモンドが乗り込むと、三台とも勢いよく発進した。

「クソッ、あれを奪われた!」

 パルマンは喪失感から崩れ落ち、拳を力強く地面に打ちつけた。


「こうなったら、もうあそこに先回りするしかないな」

 ボルファルトが、パルマンの肩に手を置きながら励ました。

 あそことは渾沌の女神エリスが設置されたカベロアルヒム地区である。特別な権限がある者しか立ち入りできない地区だが、長官のランドロスが許可を得れば可能のはずだ。


 不意にボルファルトのスマートフォンの着信音が鳴った。呼出先を確認してから電話に出た。

「俺だ。どうだった?」

 絶滅特殊部隊の隊長は数回頷いてから電話を切った。

「みんな、よく聞いてくれ。同時多発襲撃事件で殺されたベルハラートの新たな情報だ。検死解剖の結果、死体には腎臓移植の手術痕があるのが判明した。だが、あの男にそんな手術歴はないようだ」

「だとしたら、黒幕はベルハラートで決まったのも同然ですね」

「ケッ、どっちみち渾沌の女神様とやらに会いに行けば、黒幕の正体なんか自ずと分かるってもんだ! それより、急ごうぜ!」

 ミハエルの推理が当たっているかどうかは分からない。それを人間に戻ったロマーディオは暗に指摘した。


「すぐにヴォルテックスがここにやって来る。いつでも特別禁忌区に乗り込めるように準備を怠るな!」

 ボルファルトの命令を聞きながら、パルマンも決意を新たにした。


 自分を信じて最後の切札を託してくれたガリエラとの約束を破ってしまったが、汚名を返上する機会はまだある。そう自分に言い聞かせた。


(渾沌の女神エリスの覚醒は必ず阻止して見せる!)

 そう自分の胸に固く誓いを立てた。

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