第26話 消去法による黒幕探し

 翌朝、パルマンはいつもより早い時間帯に簡易ベッドから起き上がると、昨晩と同じく電子レンジで温めるパスタを食べてから指令室に向かった。


 他の隊員メンバーが来るにはまだ早い時刻だ。ただ、思考を巡らせるにはここがいいと思った。


 昨日隊長に電話した後、スマートフォンからネットに繋いでベルハラートの創設したカルト教団について調べてみた。当然ながら、《鋼鉄の聖華ヴァンジャンス》という名の新興宗教団体は既に活動をしていなかった。ベルハラートに対しての記事もほとんどが削除されていた。


 推測だが、権力のあった父親のモスリーニャが一家の恥とでも言うべき次男に関する記事を握り潰したのだろう。さらにこの男は汎用人工知能AGIの生みの親の子孫でありながら、その力を全く信用していなかったようだ。逆に、人類こそが進化が遂げられると信じ込み、後に狂気の所業と批評される超人化計画を推し進めたようだ。言うまでもなく、この男が生きている間に成功することはなかった。


 皮肉な話だが、その研究で作り出した産物が自分の顔に泥を塗ったベルハラートの手で悪用されている可能性があった。

(だが、秘密結社の連中にベルハラートは殺されてしまった……)


 問題はもう一つ。仮にベルハラートが生きてたとしても、殺戮機兵カルネージとの線が繋がらなかった。

「もうここに来てたのか」

 不意に呼びかける声が聞こえてきた。視線を向けると、ボルファルトの姿があった。


「ちゃんと体は休めたのか?」

「はい、いつでも出撃できる準備はできています!」

 すぐに立ち上がったパルマンは質問に元気よく即答した。

「まぁ、座っていろ。全員が集まるまでは楽にしてていい」


 ボルファルトは苦笑しながら歩み寄って来た。

「俺もあれからパルロデミオ家のことをネットで調べてみた。特に、超人化計画と都市警察シティーポリスに射殺された長男の不審死についてだ」


「何か分かりましたか?」

「父親の証言だと、長男は長年精神疾患を患っていたようだ。それで突然ナイフを持って暴れ回ったという話だった。だが、よくよく調べてみたところ、長男は温厚な人間で、あのような暴挙に走ったのを初めて見たという使用人の証言を見つけた。しかも、父親は長男を溺愛していたようだ。飽くまで推測だが、父親は長男を愛し過ぎたために超人化させようとしたのかもしれないな」


 モスリーニャの狂気の所業の最初の犠牲者が精神に障害のある長男だった。災難とも、悪夢とも言うべき真実だ。

(隊長も死んだベルハラートが黒幕だと睨んでいるのか)

「ですが、隊長。奴は既に死んでいます」

「ああ、問題はそこだな」

 二人は少しの間沈黙した。


 それから十分が過ぎる頃にはミハエル、アリシア、ヴァネッサの三人が姿を見せた。最後にロマーディオが眠たそうにやって来た。


「よし、全員を席に着け!」

 ボルファルトの言葉に全員が速やかに自分の席に座った。巨大画面には数人の分析官アナリストの顔が映し出されている。

「昨晩メールでも知らせたが、もう一度伝えておく。《黄昏の粛清者エピュラシオン》の一人が以前AGIを〝神〟と信奉するカルト教団の幹部だったことが判明した。しかも、教団の教祖が渾沌の女神エリスの義脳ぎ のうを設計した天才脳科学者の末裔の一人――ベルハラート・パルロデミオだという事実も分かった。だが、この男は同時多発襲撃事件のときに連中に殺害されている。この件で分析官のほうから何か情報はあるか?」


 ボルファルトが分析官に向かって問いかける。

「このカルト教団についてですが、複数の信者たちが徒党を組んで破壊行為に及び、既に解散命令が出されています」

「そのときに教祖や幹部たちは逮捕されなかったのか?」

「はい、破壊行為を裏で指示したかどうかが焦点になったのですが、全員が全面的に否認して立件まではいかなかったようです。解散後の動向についてはまだ探れていません」


「そうか。次はフレデリクスの自宅の爆破事件について、何か新たに分かったことはあるか?」

「実は破損したパソコンの本体とその周辺機器はまだこちらに届いてません。もちろん、何か分かり次第すぐに報告します」

「頼んだぞ!」


 その言葉の後、突然巨大画面に都市警察の刑事の顔が表示された。

「いきなり顔を出してすまない。今少し前に検死解剖で重大な報告が届いたので、そちらにも知らせておこうと思った」

「別に謝ることはない。ぜひとも聞かせてくれ」

 年配の刑事に対しても、ボルファルトの口調は変わらない。立場的にはこちらが上なのだ。


「年齢、体形、性別の点でベルハラート・パルデロミオと思われる死体が見つかった。ウチとしてはこの死体をベルハラート本人と断定することにした」

「なるほど。それで、もう検死解剖は終わってしまったのか?」

「まだだが、これ以上は――」

「だったら、もっと詳細に調べてくれるように頼んでくれないだろうか? その死体が本当にベルハラート本人だと断定する証拠が出るまで」

 ボルファルトの言葉は懇願しているようにも聞こえた。まるで死んでもらっては困るとでも言いたげな話し方だ。


「……分かった。そう伝えておく」

 それだけ言い残すと、その捜査官の顔が巨大画面から消えた。

(隊長――)

 パルマンも気持ちは同じだった。自分の推測が正しいならば、だ。


「俺たちは全員でベルハラートの自宅に向かう。都市警察では調べきれてない情報があるかもしれないからな。装備が整ったら、屋上に向かってくれ!」

 今回はボルファルト自ら捜査に出向くようだ。

 屋上にはヴォルテックスという名前の最新鋭の専用ヘリコプターが停止していた。

(何でもいい! ベルハラートが黒幕かどうかの手がかりを見つけなくては!)


 もし、ベルハラートが白なら、今度はナタニエルを重点的に調べ尽くす。本当の黒幕を暴き出すにはそれしかなかった。


 この暗雲立ち込める漆黒の暗闇に一筋の光明が差すのを切実に願った。

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