第25話 ウォルスタイン兄弟
夕闇に包まれた頃、バスタベリオス地区の歓楽街の一画にある若者に人気のナイトクラブにサミュエル・ラドリッジはいた。
うるさいだけのダンスミュージックが店中に鳴り響く中、ステージから少し離れたところでウィスキーをロックで飲んでいる。
十数分が経過した頃、彼の前に二人の屈強で巨漢の男たちが現れた。
歳は二十代前半で、顔も背丈も体格も全く瓜二つだった。
「お前が《黄昏の粛清者》から送られてきた野郎か?」
左側にいた男が荒っぽい口調で訊いてきた。サミュエルは即座に立ち上がると、「はい」と恭しく頭を下げた。
「あなた方が噂に名高いウォルスタイン兄弟のお二方ですか?」
「おう、そのとおりよ! 兄弟ではなく、双子だけどな!」
その男――ウォルスタイン兄弟の兄であるオズモンドは豪快に笑い声を上げた。
「まぁ、立ち話もなんだ。座ろうぜ!」
向かって右側に立つ弟のロズウェルの言葉に従い、三人は思い思いの席に腰かけた。それを見計らったようにウェイターがやって来る。
「何をお持ちしましょう?」
「これよりもっと強いウィスキーをボトルごと持って来い! 氷はいらねぇからな!」
オズモンドは既に酔っているような口調で命令した。
「畏まりました」
ウェイターはメニューを見せることなく、去っていった。
「我々からの依頼は先ほど電話でお伝えしたとおりです。こちらまで足を運んで頂けたということは依頼を受け入れてくれたのですね」
「そう急くなよ! まずは酒が来てからだ! お前らのことはニュースで耳にしてる。それにしても、あの
オズモンドの口振りだと、まだ決心は固まっていないようだ。もっと言えば、相手を恐れているようにも見て取れた。
サミュエルは酒が運ばれて来るまで少し待つことにした。
すぐにウェイターがアルコール度数の高いウィスキーを持って来た。
オズモンドはそれを掴み取ると、グラスの半分ぐらいまで注いだ。ロズウェルのグラスにも同じぐらいの量を入れる。それを一気に飲み干した。
「何か誤解されているようですね。我々は絶滅特殊部隊の奴らを抹殺してくれ、と頼んでいるわけではないんです。隊員のパルマン・エバーキースという男からこれと同じ物を奪い取ってくれさえすれば、電話でお話しした額の報酬をお払いします」
サミュエルは二枚の写真を二人に見せた。一枚は標的の顔写真、もう一枚は銀製のケースに入った特殊な組み込み式内臓ストレージ――PUDだ。
「なぁ、一つ聞きてぇことがある。何故自分たちでやるのを止めたんだ?」
ロズウェルが
「お恥ずかしながら、これまでの戦いで思い知ったのです。我々は殺し合いに置いてはずぶのど素人であることを。そこで、凄腕の
そこまで言うと、サミュエルは自分のグラスを手に取って一口飲んだ。
「まぁ、お前らじゃ、何十人束になってかかろうと勝てねぇよな。奴らも
オズモンドは酒が入った上に、
「そのとおりなんです。我々は銃火器を使えても、砕珠は使えません。抹殺者の中でも抜きに出たお二方なら、絶対にやり遂げられると期待しているのです。どうでしょう? この依頼を受けてもらえませんか? 何でしたら、我々の手下を二十人ほどお渡し致します。他の奴らの足止め程度にはなるはず。どうぞ好きなようにお使いください」
「使い物にならないお前らの手下なんていらねぇよ!」
酔いが回ってきたロズウェルが提案を突っ返した。
「それなんですが、我々も全く武器がないわけではありません。手下どもの肉体能力を著しく強化する人体増強剤を個々に持たせてあります。我々は
「人体増強剤? そんなので俺たちと対等に戦えるって言うのか?」
オズモンドは不審そうに訊いてきた。
「膂力と俊敏さだけならほぼ互角に近いと断言できます。もう一度お願いします。この依頼を引き受けてくれませんか?」
抹殺者の二人は同時に顔を見合わせた。
「分かった。やってやろうじゃねぇか!」
オズモンドは力強く承諾した。
「ありがとうございます! これで私も肩の荷が下りました!」
サミュエルはスーツの内ポケットからマネーカードを取り出した。
「前金の百万リブラです。どうぞお受け取りください。依頼の成功報酬として、さらに同額をお渡します」
オズモンドはテーブルに置かれたマネーカードを掴み取ると、カードリーダーに差し込んで金額を確かめた。それから、満足そうに笑みを浮かべる。
「それと、奴らが次に現れる場所とだいたいの時間を伝えておきますので、それより少し前にそちらで待機しておいてください。場所は――」
サミュエルは小声で場所を伝えた。
「その話、本当に信じていいんだろうな?」
「もちろんです。以前にこの男の恋人を誘拐したことがありまして。残念ながら、計画自体は失敗したのですが、恋人のスマートフォンに盗聴器を埋め込んでおいたのです。その通話から奴らが次に向かう場所が特定できました。なんでしたら、もう一度その恋人を連れ去ることもできますが、どうしますか?」
「それは俺らのポリシーに反する! それに、そんな卑怯な手を使うまでもない!」
酔いが回ったオズモンドは苛立ちを剥き出しにした。
「これは私としたことが差し出がましいことを言いました。それでは、私はここで失礼させてもらいます。それと、ここでのお金も全て我々が持ちますので――」
深々と頭を下げ、サミュエルは席を立つと店を後にした。
「しっかりと頼みましたよ」
その冷笑を浮かべる顔は先ほどまでのサミュエルとは別人のようだった。
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