第24話 ベルハラート・パルデロミオ


 隊員たちが自分の家に帰宅する中、パルマンだけは長官の言い付けに従い、一時滞在施設にいた。


 まだ夕飯を食べるには早すぎる。かと言って、特に何もすることがなく、時間を持て余していた。仕方なく、疲れを取るために簡易ベッドに横になった。


 眠るに眠れないまま、無駄に一時間が過ぎ去った。突然スマートフォンから着信音が鳴ったのは、そのときだ。相手を確認すると、恋人のジュリアナだった。慌てて電話に出た。


『パルマン、今話せる? 私ね、とんでもない情報を入手したの!』

「ジュリー、あれほど家から出るなって言っただろ!」

 心配していただけに口調がきつくなった。

『……ゴメンね。でも、この話を聞けば、そんなのどうでも良くなるわよ。今日私を誘拐したゴルティモアって男を覚えてるでしょ? あいつ、数年前に《黄昏の粛清者》と全く同じ信仰理念を持つカルト教団の司教をやってたの。それでね、このカルト教団の教祖をしていた男の名前がベルハラート・バルロデミオなのよ』


「ベルハラート……何だって?」

「ベルハラート・バルロデミオ! 別名狂気の生物学者とも異端視されたモスリーニャ・バルロデミオの次男で、渾沌の女神エリスの義脳ぎ のうの設計に携わった天才脳科学者の末裔よ」


「それは本当か!?」これには思わずの驚嘆の声を上げた。

「そいつは今も生きてるのか?」

『それが……昨晩の同時多発テロ事件の記事を読み返してみたんだけど、どうやらそいつらに殺されたって書かれてたわ』

「そうか……待てよ。次男ってことは長男もいるわけだよな? そいつも殺されたのか?」

『いいえ。ネットで調べた範囲だけど、長男はもっと前に不慮の事故で亡くなってるの。その死因には不可解な点もあってね。父親の研究中だった人類の超人化計画の犠牲にされたという噂もあるわ』


「超人化計画ね……」

 ふとパルマンの脳裏にある光景が思い浮かんだ。異常なまでに強靭化した秘密結社の連中のことだ。

(もし、あいつらが首に打った謎の液体がモスリーニャの超人化計画よって生み出された負の産物だとしたら、どうだ?)

 あくまで憶測でしかないが、空恐ろしいほど筋が通った。ただ、肝心のベルハラートという男は秘密結社の手によって殺された。では、仲間割れか。それを調べる前に心配事があった。


「ジュリー、君は今どこにいるんだ?」

『私? タクシーで家に帰るところよ。もうすぐ着くわ。ウチの親には前もって連絡してあるから、心配しなくても大丈夫だからね。酷く叱られたけど――』

「なら、いい」


 ひとまず安心した。ジュリアナの知り得た情報が黒幕を暴き出す糸口になるとしたら、秘密結社は再び彼女を付け狙うだろう。しかも、状況次第では抹殺するかもしれない。


「なぁ、ジュリー。君は本当に頑張ってくれた。君からの貴重な情報は絶対に捜査に役立ててみせる。だから、これ以上危険な真似はしないでくれ。ここで約束してほしい!」

『パルマン……』

「ジュリー、お願いだ!」

『……うん、もう大人しくしてるわ。約束する!』

「ありがとう! 俺はさらに詳しく調べてみるよ。また連絡する!」


 少しの間沈黙があった。自分の行動がどれだけ無鉄砲だったか思い知ったようだ。


『パルマン、余計な心配させてゴメンね。愛してるわ!』

「俺もだよ!」

 通話を切ると、パルマンは急いで指令室に戻った。 パルマンは真っ暗闇の指令室の明かりを点けた。次いで、自分のデスクに着くとパソコンを起動させる。

 隊長の指示を仰ぐかどうか考えてみたが、そのためには確たる立証が必要だった。


 手始めにベルハラートについて調べてみた。


 ジュリアナの言葉どおり、《黄昏の粛清者エピュラシオン》の同時多発襲撃事件によって殺されていた。


 この男の邸宅は秘密結社の連中によって跡形もなく全焼したようだ。


 使用人を含めた複数の焼死体は性別すら判別がつかないほど焼け焦げていて、死人の特定に全力を尽くしているようだ。有力な情報としては事件が起きる前に帰宅した使用人からの聞き取り捜査で昨晩ベルハラートは自室にいたという証言が取れているようだ。


 状況証拠だけを見れば、ベルハラートが《黄昏の粛清者》の黒幕だという説はとても希薄なものになった。どう考えても使用人が自分のご主人を見間違えるとは思えないからだ。


 やはりナタニエルの捜査に重点を置くべきなのか、迷うところだ。


 まだバルロデミオ一家について知りたいことが幾つかあった。父親のモスリーニャの超人化計画とはいったいどういうものなのか。それから、長男に降りかかった不慮の死とはいったい何だったのか、だ。


 これらに関しては帰宅してしまった分析官たちに任せるしかなかった。


 残すは、殺害されたベルハラートが創設したカルト教団の存在に関しても調べる必要があるだろう。

(隊長は伝えておくべきだな)

 パルマンはボルファルトのスマートフォンに電話をした。もう自宅に戻っていてもおかしくない時間だった。数回の呼出音の後、ボルファルトが電話に出た。


『急にどうした? まさか何かあったんじゃないだろうな?』

 パルマンを一人で本部に残したことが気がかりだったようだ。

「俺は大丈夫です。実は新たな情報を入手したので、隊長にはお伝えしとこうと思いました」


 それから、先ほど知り得た情報を詳細に伝えた。


『なるほどな。ベルハラートという男については最重要人物として、身元の判明を急ぐようにあらゆる機関に要請しておく。他の案件は分析官なしでの解明は困難だろうな。内容は伏せたまま、全隊員と明日出勤予定の分析官たちにはなるべく早めに出勤するように俺からメールで伝達する。それでいいか?』

「はい、よろしくお願いします」

『それから、パルマン。しっかり飯を食って、ゆっくり体を休めておけよ。これ以上は明朝にならないと、たいして進展はしないだろうからな』

「分かりました。それでは失礼します」

 そこで通話を切った。


 椅子の背もたれに全体重を預けると、内ポケットに入れたままの最後の切札が入った銀製のケースを取り出す。それをボーっと眺めた。

 平穏な巨大都市メガシティーの根幹を揺るがす同時多発襲撃事件。その黒幕の正体は未だに特定できずにいる。それだけに、最後の切札と言うべきケースの中の特殊な組み込み式内臓ストレージ――PUDは絶対に守らなければならない。

 例え自分の身に何が起ころうとも――。

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