第20話 フレデリクスの正体
指令室に戻ると、
パルマンとともにボルファルトも現れたことに一同は背筋を伸ばして起立した。
「みんな、気にせずに座ってくれ。食事中の者は食べ終わるまでくつろいでいいぞ」
ボルファルトは場を和ませるように柔らかな口調で言った。
パルマンは足早に自分の席に着くと、ほとんど使うことのないデスクに置かれたファーストフード店の紙袋を開いた。中には頼んだとおりのサンドイッチとプライドポテトにコーヒーが入っていた。
全ての食べ物をデスクの上に取り出してから、包みを持ちながら具材のたっぷりと詰まったサンドイッチを頬張る。今朝はベーコンエッグトーストを一枚食べただけだったので、とてもお腹が空いていた。
食べることに夢中になっていたパルマンは十五分もかからずに全てを平らげた。後は残った――プラスチック素材の一切使われてない――ゴミを捨てて、席に戻った。もう準備は万端だ。
それから数分後、全員の目の前にボルファルトが立った。
「さて、そろそろいいかな?」
その言葉で指令室に瞬時にピンと張り詰めた。すると、待っていたかのように巨大画面には数人の分析官(アナリスト)の顔が映し出された。
最初に隊員たちから報告がされた。ロマーディオたちは《メーティス》という
最後にボルファルトが長官の護衛で貧困区とも無法地帯とも言われるメルロアドリオ地区に行ったことを告げた。だが、長官がそこで何をしていたかは全く分からなかったようだ。
「なぁ、パルマン。長官から返された例の内臓ストレージは本物だったのか? まさか偽物とすり替えられたわけじゃねぇだろうな?」
隊員全員を代表するかのようにロマーディオが口に出した。
誰もが長官の行動を不審がった。何故大事な物をそんな場所に持って行ったのか、謎でしかなかったからだ。
「それはまずないと思うな」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
まるで見通したかのように言うパルマンにロマーディオは食ってかかった。
「これと寸分
今の話はあくまでも仮定の話だ。
貧困区に戻ってからすぐにPUDの入ったケースを返した以上、長官の目論みは成功したのだと内心は思っていた。とは言え、自分の上司を疑うのは個人的に筋が違うと感じたまでだ。
少しの静寂が訪れた。
(この話題を変える必要があるな)
パルマンがそう思ったときだった。
「あの、ちょっといいですか?」
ほっそりしたまだ若い男の分析官が声を上げた。
「なんだ?」
ボルファルトが先を言うように促す。
「ヒュリエント社のCEOのオルディス一家の失踪についてですが、誰からも一切捜索願いは出されていませんね。それとこれを見てください。行方不明の二日前に玄関の監視カメラから撮られた映像です」
巨大画面に映し出された映像に――その場にいなかった――ボルファルト以外の全員が目を
そこにはナタニエルと固く握手を交わすある人物が映し出されていた。先ほどの死闘の末に自害したフレデリクスと名乗った《黄昏の粛清者(エピュラシオン)》の男だった。
事態は急展開した。分析官の調査でフレデリクスという男がヒュリエント社のかつての幹部だったことが判明したのだ。分析官たちには他の幹部たちについても入念に調べ尽くすように指示が出された。
ボルファルトを除いた絶滅特殊部隊の隊員はフレデリクスに焦点を当てて重点的に捜査することにした。
分析官からフレデリクスの最近の住所が中流階級層の住宅が建ち並ぶロンバルキータ地区と伝えられた。
本部の
ミハエルとアリシアとともに自動運転で目的地に向かう中、パルマンは思案顔だった。
「ねぇ、ボーっとしてどうしたのよ?」
気になったらしく、アリシアが訊いてきた。
「いや、また嵌められる可能性もあるなって考えてたところだ」
「私の考えを言わせてもらえば、今回それはないって思うけど」
「どうしてそう思う?」
意表を突かれたように聞き返した。
「まずはフレデリクスとヒュリエント社との関係性ね。《黄昏の粛清者》の黒幕は、私たちがそれに気付いてるとはまだ知らないと思うの。次はフレデリクスの居所よ。あれだけの事件を起こした人間が今でもこんな住宅街に堂々と住めるわけがないわ。偽名でも使ってホテルを転々としているか、隠れ家に身を潜めているはずよ。だから、これから行く自宅にはしばらく帰ってないと思うの」
アリシアの仮説は一応理に適っていた。それでも、相手はこちらの裏をかく狡猾さには相当長けていると見ていい。油断は禁物だ。
「だとしたら、今回は大した収穫は期待できないな」
ミハエルが横から口を挟んできた。
「何でよ?」
「仮に自宅を出ているのなら、重要な
有無を言わせない説得力があった。
「そうかもしれないけど、捜索してみないことには何も分からないでしょ? それに、ウチの分析官なら消された情報の復元ぐらいお手のものよ!」
「二人とも落ち着けよ。仮説について言い合いしても、何も始まらないだろ?」
いがみ合う二人にパルマンが割って入った。この三角関係はこうして成り立っている。
少しの間、自動運転のエアヴィークル内は静かになった。
「ねぇ、あれからずっとスマートフォンを見てないでしょ? もしかしたら、ニュースを見たジュリーからメールが来てるんじゃない?」
気まずくなったのか、不意にアリシアが話題を変えた。
「あいつに限ってそんなことは――」
制服のポケットからスマートフォンを取り出すと、新しいメールが受信していた。メールの宛先はジュリアナからだった。
(あいつ、任務中は見れないと言ったのに……)
「その様子だと、来てたみたいだな。まだ目的地までは時間がある。不必要な心配をさせないためにも、ちゃんと読んで返信してやれ」
今度はミハエルが思いやりのある言葉をかけてくれた。
こうも二人から言われては見ないわけにはいかない。仕方なくメールを開いた。
愛しのパルマンへ。
ウチの両親の
今、私は自分の部屋に閉じ込められてるけど、心配は要らないわ。こんな場所出ようと思えば、いつだって抜け出せるんだから。
それよりも、あなたのことがとても心配。ニュースであなたが傷を手当てしてる場面が
映ったときには思わず心臓が飛び出しそうだった。
そのとき、思ったの。私も何か力になれないかなって。
私だって
そこで、メールは終わっていた。
最後の一文がとても気になった。先ほどとは別の不安が
ジュリアナを自宅まで送った後、この事件には関わらないように念は押しておいた。素直に言うことを聞くほど従順な女性ではないことを承知の上で、だ。
秘密結社の連中はいつどんな手段を仕掛けてくるのか分からない狡猾で残忍な相手だと身を持って思い知らされたばかりだ。
自分は無事だから変な真似はしないでくれ、と短い文面を返信するしかなかった。
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