第19話 ジュリアナの単独行動

 ジュリアナは二つのカーテンを固く結ぶと、それをつたって自宅の庭先に降り立った。

 この周辺を巡回する都市警察の車両に見つからないように隣の家との垣根を飛び越えてから歩道に出る。それから、スマートフォンのアプリを使って、付近にいるタクシーを呼んだ。


「パパ、ママ、ゴメンね」

 数分で目の前に停止した自動運転のタクシーに乗り込むと、世界民間保護団体WCPOのテンブルム支部に向かって発進した。


 ジュリアナは一心に恋人であるパルマンの手助けがしたいと思った。もちろん、お荷物にはなりたくなかった。だから、唯一自分が頼れる場所に行くのだ。


 絶滅特殊部隊が極めて優秀な組織なのは百も承知している。だが、ニュースでは失敗談しか報道されていなかった。そのことにも苛立ちを覚えた。


 闇に暗躍する凶悪な犯罪集団とも戦った経験があるWCPOなら、何らかの手がかりになる情報が得られるかもしれない。その期待を裏切らないことを祈るしかなかった。


 パルマンに家まで送ってもらったとき、自分に何が起きてもこの事件に関わるようなことはしないでくれ、と忠告された。だが、それを守らずに全く反対のことをしている。もし、このことを知れば、一生許してくれないのではないか。そんな不安と必死に戦っていた。

「パルマン、あなたを心から愛してるわ!」

 もう後戻りはできない。そう自分に言い聞かせるしかなかった。取りあえず、ジュリアナは支部長のブリオナ・エルドリッチにこれから行くことを先に伝えておこうと思った。


 派手なデコレーションをあしらったスマートフォンから電話をかけると、まず受付の女性が出た。すぐに自分の名前を告げ、支部長と直接話がしたい旨を伝えた。確認のために少しの間待たされたが、どうにか繋がった。

『もしもし、ジュリーなの? 久しぶりね。確か、貧困区の弱者救済のとき以来じゃない?』

 三十代後半ながら、声には若々しさが感じられる。


「お久しぶりです、ブリオナさん。実は今、タクシーでそちらに向かってるんです」

『こっちに? 何かあったの?』

 心配そうに訊くブリオナに対して、ジュリアナは支部に行く理由わ け を説明した。


『――なるほどね。要件は理解したわ。けど、ウチは警察機構と違って、必要以上に凶悪犯と敵対しないのは知ってるでしょ? あなたの期待にえるかどうか――』


「別に空振りでもいいんです。一応資料を調べる許可をくれませんか?」

『それは構わないわよ。資料室長にはあなたが行くことを伝えておくわね』

「ありがとうございます! では、失礼します!」

 そこで電話を切った。支部に着くまでの間ゆっくりしていようと思った。残る問題があるとすれば、この資料室長だった。


 もう六十代ぐらいの初老の男なのだが、堅物の頑固者で有名だった。しかも、自分のことをあまりよく思ってない節がある。だからと言って、おずおずとしてばかりはいられない。


「よし、頑張るぞ!」

 ジュリアナは声を振り絞って気合いを入れた。何が何でもパルマンの役に立つ掘り出し物を見つけ出してやると心に誓いながら――。


 パルマンたちが絶滅特殊部隊アナイレート・フォースの本部に戻ると、受付のエリノアに呼び止められた。

「ボルファルト隊長があなただけ長官室に来てほしいそうよ」

 時刻は正午をとっくに過ぎている。半日という約束の時間にはまだ早いが、どうやら長官の目的は終わったようだ。


 昼食に買いに向かう二人に自分の分も頼みながら、パルマンは五階に向かった。

 再び長官室まで来ると、ノックしてから「パルマンです」と告げた。

「入りたまえ」

 すぐに長官だけが開けられる自動ドアを開いた。


 室内は朝とほとんど変わらない光景が視界に入ってきた。違うところがあるとすれば、机の上にAGIを活動期プロシードにさせるための最後の切札である特殊な組み込み式内臓ストレージの入った銀製のケースが置かれている点だ。


「パルマン君、よく来てくれた。君からの預かり物を早々に返したくてね。さぁ、受け取ってくれたまえ」

「もういいんですか?」

 ランドロスが何のためにこれを使ったのか、一向に説明がなかったのが気にかかった。

「ああ、それは君の持ち物だからね」

「あの、中身を確認してもいいですか?」

「もちろんだとも」

 パルマンは銀製のケースを手に取り、スライドさせて中をあらためた。見た感じではPUDは本物のように思える。


 ランドロスが何を企んでいるのかは見当もつかなかった。取りあえず、制服の内ポケットにしまった。

「パルマン君、君にまた一つ提案がある」

「なんでしょうか?」

「この事件が一段落するまでの間、本部の一時滞在施設に泊まるのはどうだろうか?」

「長官!」

 ボルファルトが苛立ちを露わにした。


「いいかね。秘密結社は君の自宅を見張っている可能性が高い。しかも、今回の事件で相手は目的のためなら手段を選ばないことも身を持って知ったはずだ。もし、君が一人のときに襲撃されたら、その切札を守り切れるとは思えないのだよ。ここなら相手も簡単には手を出せないはずだ。どうかね?」

 ランドロスは机に両肘をつくと、両指を絡ませながら重苦しそうに言った。一理ある話ではあった。


「……分かりました。他に何かありますか?」

「いや、これ以上は特にないよ」

「そうですか。では、失礼します」

 パルマンは一礼して、長官室を出た。それに続いて、ボルファルトも退出した。

「さっきのことは気にするな。お前の好きなようにすればいい。長官にはここで寝泊まりしていたことにしておく」

 ドアを閉めると、ボルファルトは長官に思うところがあるのか、気遣ってくれた。


「ありがとうございます、隊長。でも、俺は別に大丈夫です」

 今自分が持っている物の重大さを鑑(かんが)みれば、当然の処置とも言えた。

「ならいいが――」

 ボルファルトもそれ以上この件については口を挟まなかった。その足で二人はエレベーターホールに向かった。

「昼飯はもう食べたのか?」

「まだです。でも、ミハエルたちに買って来てくれるように頼んでいます」

「じゃあ、一緒に指令室に行こう」

 二人はエレベーターのドアが開くと、中に入った。


 長官がいったい何を企んでいるのかは不明だが、何はともあれPUDが手元に戻ったことに安堵した。これがあれば、敵との駆け引きが有利になる。

(次ぎこそ俺たちが先手を取るんだ!)

 いつまでも秘密結社の手のひらの上で良いように操られるのはご免だ。これ以上後手に回りたくない。そんな強固な決意を胸に刻みつけた。

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