第17話 瞑想状態

 フレデリクスの誤算があるとしたら、改造人間レプリカントの動きがどれだけ鋭敏なのか、知らなかったことだ。

 パルマンは瞬時に大口径のプラズマ銃を手に取ると、フレデリクスの左の太腿を狙って引き金を引いた。ゴルティモアのときとは違って、この男を捕まえる算段だった。


「後ろを頼んだ!」

 既にミハエルとアリシアはそれぞれの銃を手に取っていた。そのまま背後にいる手下たちに銃弾を喰らわせる。

 三人の常人離れした素早い動きについて来れず、フレデリクスは負傷し、手下たちは唖然としたまま怯んだ。その隙に手前の手下を一人、背後の手下を二人始末した。


「よくもやってくれたな! お前ら、早く瞑想トランス状態になれ!」

 負傷したフレデリクスは目の色が変えて、傷ついてうずくまる手下たちに命令した。


 その命令を聞いた手下たちはすかさず上着のポケットから注射器を取り出し、次々と自分の首元に刺した。そのまま中に入った液体を体内に流し込む。まさに鬼気迫る行為に思えた。


「あいつら、何をしてるんだ?」

 異様な光景を目にしたミハエルが気味悪そうに呟いた。すると、生き残った手下たち全員が次々と地面に倒れ込んだ。三人とも空恐ろしさを感じるとともに危険な臭いを嗅ぎ取った。


(あの男は情報源になる。今殺すわけにはいかない!)

 パルマンは大口径のプラズマ銃の照準をフレデリクスに合わせるのを躊躇(ためら)った。

「二人とも、伏せて!」

 突然アリシアが危機感に満ちた叫び声を上げた。反射的に地面に伏せる。紙一重の差でその頭上を途轍と てつもない速度で数発の電力弾が過ぎ去り、周囲の建物の壁や地面に激突する。


 周囲に激しい轟音が響き渡った。凄まじい威力に建物の壁は粉々に砕け散り、地面は大きくえぐり取られた。もし全ての機体が撃ってたら、この周囲は跡形もなく崩壊していたはずだ。

「何だ、今の兵器は!?」

 雷迅砲という名の破壊兵器を見たことがなかった。


「お前、この街を破壊する気か!」

 立ち上がったミハエルは憤激を露わにした。

「お前たちが抵抗する限り、街の一つや二つ消し飛んでも仕方あるまい。それに、まだこれで終わりではないぞ。さぁ、そろそろ起きる頃合いだ」

 フレデリクスの話が終わった直後、少しの間地面に寝そべっていた手下たちがムクッと起き上がり出した。その姿は異様だった。


 服がはち切れそうなほど全身の筋肉が膨れ上がっていた。瞳は闘争本能に駆られ、よだれを垂らしながら歯を剥き出しにしている。銃によるケガなど何とも感じてないようだ。


「殺戮機兵は私がどうにかするわ!」

 アリシアはレーザー光線式の拳銃をホルスターに戻して、砕珠サイマナと呼ばれる天威(てん い)武器を召喚した。すると、光天の力を宿らせた強弓が現れる。

 即座に二本の光の矢をつがえ、二機の殺戮機兵の胴体部を射抜いた。続けざまに放った次の二本の光の矢が追い討ちとなり、殺戮機兵は二機とも爆発した。

「後六機ね!」

 挑発するかのようにアリシアは言ってのけた。


「チッ! お前ら、行け!」

 フレデリクスの言葉に呼応して、瞑想状態の手下たちが猛烈な勢いで迫り寄ってきた。そのあまりに素早い動きは常人のそれとは比べ物にならなかった。

「俺は前を、ミハエルは後ろを頼んだ!」

 言葉を発している間に、パルマンは大口径のプラズマ銃の引き金を二回引いた。

 放たれたプラズマ粒子の弾丸は二人の手下に命中して、腹部から大量の鮮血が飛び散った。


 確実に致命傷を負わせた。ところが、後方に弾け飛んだ手下たちはケガなど全く顧みることなく、再度攻撃の構えを取った。それより先に、無傷の手下たちが鋭く伸びた爪でパルマンを引き裂きにかかった。

 一人目の攻撃は紙一重で躱(かわ)した。ところが、もう一人の爪が制服を切り裂き、脇腹をかすめる。


 パルマンは激痛とともに片手で血に滲む傷口を押さえた。そこに、深手を負った手下たちが強襲してきた。さすがに、これは飛び退いて避けた。その間に、知覚制御者パシーヴァーのパルマンは負傷した脇腹の末梢神経の伝達を遮断した。これで傷の痛みは全く感じない。


 またもや遥か上空で爆発音が轟いた。アリシアの放った光の矢で新たな殺戮機兵が破壊した音だった。ただ、数機の殺戮機兵が雷迅砲で応酬する。

 複数の電力弾の激しい轟音が鳴り響く中、周囲が粉微塵に壊滅する。

 アリシアは機械(アーマード)化した両足でかろうじて回避した。そのときだ。


 少し離れた地点から撃った無数のレーザー光線の弾丸が、殺戮機兵の一番脆(もろ)い四枚の羽根を撃ち抜き、地面に落として再起不能スクラップにする。それだけではなかった。別の機体が強烈な旋風で八つ裂きにされながら爆発する。その旋風には見覚えがあった。


「お前ら、無事か?」

 瓦礫と化した建物を飛び越えて、風天の力を宿した三日月斧バルディッシュを両手に持ったロマーディオとレーザー光線式アサルトライフルを構えたヴァネッサが助けに現れたのだ。ただ、この状況下では誰一人として、その問いかけに答えられる者はいなかった。


 瀕死の重傷を負ってるのに攻撃の手を止めない者も含めて、四人の手下がパルマン目がけて一斉に飛びかかって来た。ただ、微塵も動じなかった。狙う場所が分かったからだ。


 これ以上ないほどの素早さで四回引き金を引く。すると、脳漿のうしょう混じりの赤々とした鮮血を噴き上げて、二人の手下の頭部が吹き飛んだ。ただ、他の二人には命中しなかった。その隙に迫り寄られ、左腕と右足を鋭い爪で引っ掻かれる。またもや二か所から血が滲んだ。


 パルマンは先ほどと同様に痛覚を遮断すると、さらに二発撃った。

 今度は見事に命中し、血しぶきを飛び散らせて二人とも絶命する。これで前方の手下たちは全員始末できた。だが、代償も大きかった。


 ミハエルも瞬間転移を繰り返しながら、パルマンと同じ結果を導き出していた。残った敵は武破雷光型の殺戮機兵だけだ。


 雷迅砲による攻撃は周辺に甚大な被害を及ぼしたが、一発撃つためにエネルギーを充電チャージする必要があった。その隙を衝いて、アリシアたちは残りの機体を壊滅したのだ。


「フレデリクス、お前は殺さないでおいてやる! いろいろ訊きたいからな!」

 パルマンは銃口を向けて、負けを認めるように促した。

「俺が、俺が負けるなんて――!?」

 フレデリクスは現実を受け止められないようだ。


 一度は降参したように思えたが、不意に両手に持ち替えたレーザー光線式の拳銃の銃口を口の中に入れると、自分の脳天を撃ち抜いた。


 これでまた秘密結社に繋がる糸口は消え去った。ロマーディオたちが何かしらの情報を得ていることを祈るしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る