第7話 脱出敢行

「あれはまさか殺戮機兵カルネージか? こうなっては仕方ない。ここは僕とアリシアに任せて、二人は早くこの場から離れるんだ!」

 銃身の長い二丁のプラズマ銃を持ったミハエルが言った。


「アリシアも来てるのか?」

 アリシア・アシュレイ。絶滅特殊部隊アナイレート・フォース隊員メンバーであり、凄腕の狙撃手スナイパーだ。もちろん、二人とも改造人間レプリカントでもある。

「ああ、そうだ! だから、心配は無用だ!」


 一般市民の恋人がいる以上、この場での戦闘は極力避けたかった。だが、仲間が二人も来てくれたことで心に少し余裕ができた。

「恩に着る! それと、お前の能力を活かすなら二丁拳銃ツーハンドよりも砕珠サイマナで戦ったほうがいいぞ!」


 風の噂だが、殺戮機兵は特殊合金で製造しているという話だ。ミハエルの銃身の長い二丁のプラズマ銃ではもろい部位の破壊ぐらいが精一杯だろう。


「それくらい指図されるまでもない! お前らこそ、ボサッと突っ立ってる暇などないぞ!」

 ミハエルは慣れた手つきで二丁拳銃をホルスターに戻すと、砕珠と呼ばれる天威てん い武器を召喚した。雷天の力を宿らせた大曲刀シャムシールだ。それを確認すると、パルマンは恋人とともに倉庫跡地の外に向かった。


 この場にいる全員が殺戮機兵を見るのは初めてだった。遠い昔に全て廃棄にされたと聞いていたからだ。ところが、何者かの手によって新たに製造されたか、破壊されずに残存していた機体があったようだ。しかも、どういうわけか、それが秘密結社の手元にある。


 八機の轟炎羅刹フレイムイービルタイプの殺戮機兵はロボットらしからぬ素早い動作で追いかけてきた。四本の腕を手前に向けながら。


「ここから先は何も通しはしない!」

 放電する砕珠を両手で振り上げると、突然ミハエルは姿を消した。次の瞬間、目の前の殺戮機兵の真上に出現すると、大曲刀で一刀両断する。瞬間転移者テレポーターだからこそ成せる技だ。


 電流がほとばしる中、殺戮機兵は黒々と焼け焦げて再起不能(スクラップ)になった。

 あっさりと一機が大破したことで、残存する虐殺ロボットは行動を切り替えた。ミハエルに向かう機体とパルマンたち二人を追う機体とに枝分かれしたのだ。まるで人間と同等の知能を持っているように思えた。


 前後左右に複数の視界カメラが搭載された数機の殺戮機兵がミハエルを取り囲むと、四本の腕から一斉に灼熱の爆炎を放射する。それを瞬間転移して回避すると、そのうちの一機を背後から大曲刀で斬り伏せた。


 雷天の力によって、またもや黒焦げに燼滅じんめつする虐殺ロボット。ただ、そのほんの僅かの間に逃げる二人を追走する数機の殺戮機兵がそのすぐ脇を駆け抜けていく。しかも、それだけではない。壊されたテント倉庫のへしゃげたシャッターの合間からゴルティモアの手下だった連中がレーザー光線式マシンガンで撃ってきたのだ。


「チッ、さすがにこれ以上戦うのは無知なる者のすることか――」

 レーザー光線の弾丸が激しく飛ぶ中で、残りの殺戮機兵と戦うのは至難の業と言えた。


「パルマンたちさえ無事に逃がせれば、僕たちが勝利したのも同然だ。ここは潔く退散させてもらう」

 引き際をわきまえたミハエルは瞬間転移で姿を消すと、逃げた二人の後を追った。


 パルマンとジュリアナは必死になって逃げたが、改造人間レプリカントと普通の人間では足の速さに差が生じた。恋人を抱きかかえても良かったが、それでは万一の場合に手が使えなくなる危険性があった。事実、その危惧の念は的中した。


 どう考えても、ミハエル一人で全ての虐殺ロボットを相手にするには無理があった。三機の殺戮機兵が自分たちに向かって疾駆してきていた。ここでの選択肢は二つあった。


 ジュリアナだけを逃がして自分が盾となるか、どうにかして二人で逃げ切るかだ。


 一番の標的はPUDを隠したコインロッカーのキーを持っているパルマンのはずだ。自分が残れば、恋人までは手を出さないだろう。一緒に逃げるよりかは恋人の生存率は格段に上がる。


 パルマンは両手でジュリアナを出入口のほうに押しやった。ところが、突然繋いでいた手を離された恋人は不安そうに立ち止まる。

「パルマン、どうしたの?」

「ここは俺が防ぎ切るから、君は外に向かって全力で走れ!」

「そんなの絶対に嫌! ほら、早く一緒に逃げるわよ!」


 愛しているだけにジュリアナはその場で駄々をこねた。自分がお荷物になっているのは十分承知の上での発言だった。

「傷つく君を見たくないんだ! 頼むから行ってくれ!」

 パルマンは大口径のプラズマ銃を腰のホルスターに戻すと、両手に氷天の力を宿した二本の小剣グラディウスを召喚した。


「早く!」

 大声で叫ぶパルマンの覚悟を決めた姿にジュリアナは瞳を潤ませながら走り出した。

(これでいい……)

 殺戮機兵はもうすぐそこまで来ていた。


 人間の頭脳に匹敵する知能を持つ機械だ。標的を火炎放射器で焼き尽くすわけにはいかないのは理解しているようだ。それぞれの機体の両肩からレーザーキャノン砲が出現した。


 パルマンにミハエルのような芸当はできない。どうにか破壊できたとしても、一機が精一杯だった。その間に四発のレーザーキャノンに全身を撃ち抜かれ、即死は免れない。そんな死の予感に襲われたときだった。


 スナイパーライフルから放ったプラズマ粒子の弾丸が目の前の轟炎羅刹型の殺戮機兵の頭部を撃ち抜いた。

 その機体は大きな音を立てて仰向けに倒れた。

 スナイパーライフルにはプラズマ粒子を増幅する装置が取り付けられていた。間を置かずに二発目が別の殺戮機兵の頭部を貫通する。


「アリシア――!?」

 この隙を逃すパルマンではなかった。最後の一機の殺戮機兵の背後に回ると、二本の小剣を力強く刺した。すると、瞬時に虐殺ロボットの全身が氷で固まり、粉々に砕け散った。これで周囲を囲んでいた三機の殺戮機兵は全滅した。


 パルマンは心の中で同い年の仲間たちに感謝した。

「ここまでは追って来ないみたいだな」

 不意に姿を現したミハエルが周囲を窺いながら言った。リーダー不在の状況でのこれ以上の追撃は思い止まったようだ。

「今すぐにでも事件の詳細について知りたいところだが、お前はまずジュリーを家まで送ってやれ。ご両親からの厳しい叱責は覚悟しとくんだぞ」


「ああ」

 その言葉を聞いた瞬間、気持ちが憂鬱になった。ジュリアナの両親は改造人間のパルマンと愛娘との関係を諸手で歓迎はしてなかった。

「本部にも必ず来いよ! 待ってるからな!」

 倉庫跡地の出入口までたどり着くと、ミハエルはそれだけ言い残してアリシアのいる場所に向かった。


「パルマン!」

 ヒュリエント社の倉庫跡地の出入口にいたジュリアナは、歓喜の声を上げながら力強く抱きついてきた。

「怖い目に遭わせて悪かったな」

「このくらい平気よ! あなたが絶対に助け出してくれるって信じてたもの!」

「ああ、君のことは俺が絶対に守るよ! 約束だ」

 ようやく安堵の息を吐き出しながら、パルマンは決意を口に出した。

(君のご両親が今回の件を許してくれるなら――)

「パルマン、愛してるわ!」

「俺もだ。ジュリー」

 少しの間、二つの影は重なり合っていた。

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