第5話 不利な交渉

 シャッターが開け放たれたテント倉庫の中に入る前に、パルマンは中の様子を見渡した。


 ゴルティモアの命令によるものなのかは不明だが、倉庫内はほとんど明かりが点いていない。

 知覚制御者パシーヴァーのパルマンは視界を熱源探査モードにすることで、中にいる人数を把握できた。


 全長二百メートルほどのテント倉庫の中にはゴルティモアと人質のジュリアナを含めて十人ぐらいの人がいた。そのほとんどが銃火器を持っているようだ。


「どうした、パルマン。中に入ってこないのか? 恋人を助け出したいんだろ?」

 見え透いた挑発だった。だが、ジュリアナを救うためには言われたとおりに敵地に入るしかなかった。


 視界を通常に戻した後で倉庫内に足を踏み入れた。周囲を警戒しながら十メートルほど奥に進んだ。そのときだった。


 不意に騒々しい音とともに背後のシャッターが降ろされていく。

 さすがにこの状況で外に逃げ出すわけにもいかず、パルマンは敵の思惑どおり、完全に閉じ込められた。次いで、天井の照明が一斉に点灯した。

(そう来るか――)

 この展開を予測してなかったわけではない。ただ、まだ取引も成立していない状況下でやるべきことではない。


 閉じ込めることで恐怖心を駆り立てる効果は絶大だが、どう見ても頭の優れた者のするやり方ではなかった。パルマンとジュリアナを生きてここから帰す気はないという意志が見え見えだからだ。


 倉庫内が明るくなったことで、周囲がよく見渡せるようになった。

 中央に大きな空間スペースが設けられ、距離的にその真ん中辺りに安っぽい二つのパイプイスが横に並んで置かれ、焦げ茶色ダークブラウンのスーツを着たゴルティモア・ベングルムと学生服姿の恋人が座っていた。


 ジュリアナの真後ろにはレーザー光線式の拳銃ハンドガンを持った側近が直立し、所々にパルマンの動きを注視する手下たちがいた。しかも、さらに恐怖心を煽るかのように赤外線スコープから照射される複数のポインタがパルマンの顔や左胸に当たっていた。


 ジュリアナはガムテープで口をふさがれ、後ろ手に拘束具を嵌められているようだ。何か口を動かしながら必死にもがいていた。


 一つ気になったのは倉庫の前方部分を占めていた縦向きに並ぶ幾つもの陳列棚には何もないのに、後方部分のがらんどうの空間には複数の巨大な物体が等間隔で置かれている点だ。


 物体には灰色のエステル帆布はんぷのシートが覆い被さり、それが何なのかは見当もつかない。

「パルマン、もっと近くに来たらどうだ? 我々に刃向かったガキの顔が見てみたい」

 言葉尻から余裕さが見て取れた。この優勢な状況を崩せるはずもないとでも言いたげだ。


「思ってもないことを言うのは止めろ」

 パルマンは全く応じなかった。

「それより、早く取引を始めたらどうだ?」

「フン、良いだろう。それじゃあ、まず手始めに俺のかわいい手下たちを殺した武器を捨ててもらおうか。それから、両手を上げたまま近くまで歩いて来い」

 ゴルティモアは手振りでさらに歩み寄るよう促した。


 パルマンは言われるがまま腰のホルスターから抜き取った大口径のプラズマ銃を地面に投げ捨てた。ただ、両手も上げず、前に歩こうともしない。


「どうした?」

「見てのとおり、銃は捨てた。しかも、俺には逃げる場所も隠れる場所さえもない。あんたの一声で、取引する前に始末することだってできる。それに、俺はれっきとした絶滅特殊部隊アナイレート・フォース隊員メンバーだ。おいそれとお前らに例の物を渡す気はない。なぁ、ここはフェアな取引をしようじゃないか。本当に物が欲しいなら、お前が恋人を連れてここまで来い」


 人数的にも、状況的にも不利なのは明白だ。ただ、相手はこちらの切札を是が非でも欲しいはず。これを生かすか殺すかで自分とジュリアナの生死も決まるのだ。

「お前の言い分も一理あるか。その提案、聞き入れてやろう」


 ゴルティモアは思案の末に要望を受け入れた。ゆっくりと立ち上がると、先ほどから必死にもがき続ける人質の恋人を強引に立たせた。次いで、「お前が連れて行け」と背後で直立していた側近にジュリアナの身を委ねた。


 倉庫内のあちらこちらに潜んでいる手下たちが警戒する中、ゴルティモアとその側近に引き連れられた恋人が近寄ってきた。


 お互いの距離が二十メートルぐらいのところで、相手側は足を止めた。


 金色の短髪に刈り揃えた鬚のゴルティモアの着るスーツが高級ブランドものだと判別がつく距離だ。歳は二十代後半。手にはリモコンだけで、銃火器などは持っていない。


「取引をする前にお前に見せておきたいものがある」

 余裕ありげに宣告すると、不意にゴルティモアは「シートを全て剥ぎ取れ!」と大声で命令した。


 即座に通路の両側の灰色のエステル帆布のシートが引き剝がされる。そこには新品同然にも思える轟炎羅刹フレイムイービルタイプ殺戮機兵カルネージが姿を現した。片側に四機ずつ、計八機だ。


(あれは、まさか殺戮機兵と呼ばれるものか?)

 殺戮機兵とは文字どおり人を殺すために製造されたロボット兵器のことだ。その分野で名を馳せたヒュリエント社は犯罪者を始末するために警察機構に導入することを推し進めた。


 その矢先、誤って無実の市民を殺害した事件の勃発により、この虐殺兵器を危険視した市民たちの抗議デモが巻き起こり、その思惑は呆気なく打ち砕かれた。


 世論の逆風は止まることを知らず、買い手が付かなくなったヒュリエント社は敢え無く破産した。

 殺戮機兵は全て廃棄処分になったはずだが、まだ亡霊がいたようだ。


「変な気は起こさないほうが身のためだぞ。前もって教えてやるが、この殺戮機兵にはお前や恋人以外にも、絶滅特殊部隊の連中の顔から身体的特徴までありとあらゆる情報データをインプットしておいた。俺がリモコンのスイッチを押したら最後、お前らに生き延びる術はない」

 ゴルティモアは高らかに笑い声を上げた。


「言いたいことはそれだけか?」

 パルマンに意に介した様子はない。

「あんたはどっちの立場が上なのか、まだ分かってないみたいだな。人質を取ってお山の大将気取りのようだが、彼女を殺したところで、俺にとっては恋人を失っただけの話。逆に、俺が手に入れた物を壊してしまえば、お前らの目論みは一瞬にして崩れ去る。よく考えてから物を言うんだな」


 冷徹な言い方だが、紛れもない事実だった。パルマンはさらに続けた。

「試してみるか? お前が恋人を殺すのと俺が最後の内臓ストレージを破壊するのとどっちが早いかを?」

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