第12話 依頼報告書:銀狼は月に吠える
遊び相手になって貰う。
月夜を背に、邪悪な笑みを浮かべた青年は言い放つ。
その不気味な様子にエリィとギンガは身構えた。
3対1。
この状況でこれを言うのだ、相当な自信や策があるのだろう。
俺も警戒し状況を探るが…
見た所、周囲にはこの青年以外の敵と思われる存在は確認できない。
「あれ、来ないんですか?」
痺れを切らした青年が、何かのビンを懐から取り出している。
『エリィ、あれを射るんだ』
念話にてエリィに指示を出す。
流れるような所作で彼女は弓を構え
【ソニックアロー】
風の魔法で強化した矢を放つ。
─パリン
音を置き去りにする正確無比な一射がビンを射貫き、中身が青年の顔にかかる。
「おおっ!少し驚きましたが、これでも舐められますから良いでしょう」
そう言って青年は、顔に付いた液体を手に集めベロンと舐めた。
するとその体に変化が見られる。
「グゴ…おっ…グオオオオ!」
全身が黒くブクブクと膨れ上がり、細身だった体はあっという間に10メートルほどの大きさへと変貌していく。
目の前には黒い泥で作られたような、ぶよぶよとした龍が出来上がっていた。
どんな能力を使ったにせよこの魔力の増大の仕方、そして
「魔鉱剤か」
「ご名答!いひひひ、本当に気持ちいいんですよぉ」
黒い怪物となった青年が、俺の言葉に恍惚の声色で返答する。
『そんな…魔鉱剤がまだあったなんて…』
映像越しに状況を見ていたであろうミーナの落胆の声が聞こえる。
「魔鉱剤の生産を潰されたって聞いた時は腹が立ちましたがねぇ。でもまだ在庫はありますし良いとしましょう。いひひひひ!」
つまり、魔鉱剤は再生産はできないと言う事か?
それならばミーナの思いは無駄にはならない。
しかし、疑問なのはあの姿。
記憶にある魔鉱剤の副作用ではこうはならなかったはずだ。
「ああ…この姿を不思議に思ってらっしゃいますね?気分が良いので教えましょう。オレは
魔鉱剤のせいで思考力が鈍っているのか、自ら種明かしする青年。
ハイヒューマンと言う事はギンガと同じ被験者の1人。
しかしその振る舞いは被害者では無く加害者側のそれだ。
「なっ?お前もあそこに居たって言うのか!?」
対峙しているのが被験者であると知り、驚きを隠せないギンガ。
「そうですよぉ。もっとも逃げ出したあなたやそこの強情な妹さんと違って、オレは優秀でしてね。スクードの連中よりも上の立場になれたんですよぉ!だから今回もオレが1人で遊べるようにって、全員撤退させました」
スクードの連中? スクードはサイバネストの正式な軍隊である。
思い返せば魔鉱研究施設の所長も、魔鉱剤を指して『国際事業』と言っていた。
これはやはり、サイバネストの上層部が人道に
「おっとこれは言っちゃいけないんでした。でもここであなた達を始末すれば関係ないですよねぇ!」
青年だった黒い巨体が、その言葉と共にこちらに腕を振り下ろす。
─ズウン!
俺達はその攻撃を避けるが、速く重い一撃が地面を
その強い衝撃に砂煙が上がり、双方の視界を遮った。
「あいつでかいのに思ったより速えな!」
「だがこれなら問題ない。こちらからも仕掛けるぞ」
俺は己を紫に染め、指に力を込めて青年に狙いを定める。
<パープルテリトリー>
【マジックマロウ】
紫の重力がその巨体を縛り付ける。
【スターダストアロー】
エリィが放つ音速の矢、それは魔力によって複製され流星の如く降り注いだ。
「グギャアアアアア…!」
黒の巨体は無数の風穴を開けられ、悲鳴を上げた…かに見えたが
「…アアア…ハっアハハハハハハ!」
悲鳴は笑いに変わると同時に、その穴は修復され再び黒で埋め尽くされる。
「痛カッタナア。デモ、魔力デ出来テル。ゴ馳走様」
青年だった物の口調がおかしい。
これは魔力を吸収したのか?
「コッチノ番ダア!」
─ズゴン!ズゴン!
今度は黒の巨体から複数の触手が伸び、俺達を襲う。
「こいつ魔力食ってんのか!」
「先ほど魔鉱剤を使ったのも、能力を発動させるためだったようですね!」
攻撃を避けながらも、エリィとギンガは冷静だ。
ならば対処のしようはある。
「ギンガ!電撃の最大出力はどのくらいだ!」
「危なすぎて自分じゃ試した事ねえけど!研究員が山1つくらいは吹き飛ぶとかなんとか言ってたな!」
お互い触手を避けつつも情報を整理していく。
威力は充分だ。
「ギンガ!目の前に次元の裂け目が出来たら、そこに全力で電撃を放て!」
「分かったぜ何でも屋!」
「エリィ!念のためユキネを連れて退避だ!」
「かしこまりました!」
あえて青年に聞こえるように、エリィへの指示を出す。
各自に指示を出し、準備が整う。
後は…
「出来損ナイハ逃ガサナイヨ!」
こちらの指示を聞いていた黒い巨体が触手をユキネに伸ばす。
掛かった!
【ディメンションダイバー】:常時展開
襲い来る触手の目の前に次元の裂け目を作り出す。
そしてその繋がる先は─
やつの真後ろだ。
「イギャアアアアア!」
自分の触手が己の巨体を貫いた事で、青年は悲鳴を上げる。
─これで終わりではない。
次元の裂け目をもう1つ繋げる。
ギンガの目の前を、貫かれたその黒の中心へと。
「ギンガ!」
「アオオオオオン!!!」
「■■■■■っ!?!!!」
山をも消し去る電撃が直撃し、青年だった黒は最早言葉になっていない悲鳴を上げその体を膨張させていく。
ギンガの電撃は魔力の通っていない自然の驚異そのもの。
いくら魔力を吸収できても、それが吸収できない攻撃であれば有効なのだ。
「ソンナ!マケル!?代表…!!モウシワケアリマセン!!!」
耐えきれなくなった黒の塊は、その謝罪を最後に爆発した。
【ディメンションダイバー】:常時展開─緊急閉鎖
爆発の瞬間、別次元へと黒い巨体を移し、裂け目を全て閉じた。
これでこちらに衝撃は来ない。
喧噪から一転、沈黙が夜を支配する。
「…終わったようだ」
「そうみたいだな」
力を使い切ったのか、ギンガは獣の耳だけを残して人の姿に戻っていた。
「アル様!ギンガ!来てください!」
エリィが珍しく大きな声を上げる。
駆け寄るとユキネが目を覚ましていた。
「んん…ギンガ…お姉ちゃん?」
「ユキネ!!」
ギンガは、やせ細った妹の体を抱きしめる。
「痛いよお姉ちゃん…でもありがとう…」
俺達はしばしの間、その光景を見守っていた。
◇◇◇◇◇
救出は無事成功し、俺達はギンガの頼みで<ブラム>の店でもう一度話をする事になった。
先に降りた何でも屋3名が店の中で荷を下ろしていると、玄関の扉が開かれる。
「待たせたな、ユキネの看病はハンスとヒルダに任せて来た」
「妹の具合はどうだ?」
「トラックの荷台ですやすや寝てるよ。…3人とも、本当にありがとうございました」
ギンガがいつもと違う口調で、頭を下げて感謝を述べる。
これが彼女の世界の誠意と言う物なのだろう。
「それで、話があるんだったな?」
俺の言葉に突然気まずそうに顔を歪ませるギンガ。
恐らく敵対した青年の言っていた何かについてだろう。
「あの男が代表って叫んでただろ?あれで実験も魔鉱剤も、裏で糸を引いてるやつが誰か確信したんだ…そいつはアスミ重工の代表取締役社長
ためらいつつもギンガは続ける。
「アタイの親父だ」
─報告:
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