第11話 銀狼は絆を叫ぶ-5

 シルバーウルフへと変貌を遂げたギンガ。

 鋭い爪、牙、目は、人を離れ魔物へと近づいている事を強調している。

 そして美しく光る銀の毛並みはまさしく銀狼だった。

 

「こいつを出したのはサイバネストから脱出した時以来だ。これなら銀狼団のアタイとは別の魔物って事に出来るだろ?」 


 そう言ってギンガが不敵に笑うと、そのしなやかな銀に電流が走る。


「ああ。ただ銀狼団とシルバーウルフと言う連想は出来なくもないがな」

「あっ…」

 

 俺の言った言葉に、間の抜けた返事をするギンガ。

 その可能性について、本当に気が付いていなかった様子だ。


「ど、どうすんだ?これしかアイデアないぞ!?」

「心配するな。あくまでも連想出来るかもしれない程度だ。魔物が自警団のメンバーであるなど、本来想像も出来ない話だろう。」

「なんだ、焦らせんなよ。それなら始めようぜ!」


 ギンガはそう言って、眼下の施設を見据える。

 準備は整った。

 崖の下に、月明かりによる3つの影が落ちる。

 刻限は夜、ここからが俺達の時間だ。


「行くぞ」


 俺の合図で、3つの影は崖を一気に下った。



◇◇◇◇◇


 入り組んだ暗がりの坑道は、時折響く機械音以外は静かな闇に包まれていた。

 俺は【千里眼】による透視でその機械音の正体と、目的の実験施設を探る。


 「やはりオートドールが配置されている。スクード製の物だな」

 「まあ予想通りだな。坑道の中に俺達以外の人の匂いがねえのは意外だったけどよ」

 

 強化された魔物の嗅覚を使い、ギンガが周囲の状況を伝えた。


「確かにそうですね。流石に不自然かと…アル様、3時の方向に風の流れが変わる場所があります」


 エリィはギンガの言葉に相槌を打ちつつ、風の魔法による探知で目当ての場所を割り出したようだ。

 指定する方を透視すると、巧妙に隠された扉の向こうに、およそ坑道には似つかわしくない機械群…実験設備と思われる物が確認できた。


「見つけた。一気に侵入する」


<グリーンコマンド>

【オールハック】


 まずはこの暗がりの迷路に存在するオートドールを全て支配下に置き、その機能を停止させる。

 続けて


【ディメンションダイバー】:展開


 目の前の空間が、布を刃物で切りつけたかのよう裂けて行く。

 俺達の目の前と隠し扉の向こう側を次元の裂け目で繋ぎ、ショートカットを作ったのだ。


「救出目標は目前だ。ここを通れ」


 3人とも次元の裂け目をくぐる。

 すると俺達は、まるで部屋をまたいだ時のように一瞬で目的の場所へとたどり着いた。


「ん?もう着いちまった!なんだ今の?」

「ミーナが使う【ポケット】と同じ物だ。それよりここが実験施設内だ、警戒を怠るな」


 やはりここも無人、何かがおかしい。

 目の前の電子端末を【オールハック】で制御下に置き、データを吸い上げる。


「聞こえるかミーナ、今施設のデータを送った。救出対象について探れ」

『はい!やってみます!』


 いくら【オールハック】によって機械を手中に収めても、電子データの取り扱いについては俺は門外漢のまま。そこはミーナの助けがいる。

 

 少しの間が空き、ミーナからの通信が入った。


『お待たせしました!アルさんから見て、正面の扉の向こうに収容されてるみたいです』

「分かった」


 俺はミーナに返答し、正面の厳重なロックのかかる扉を【オールハック】で開ける。


─ゴウン

 扉が地鳴りのように周囲を震わせ開き、その奥の空間を露わにしていく。

 その空間には、何かの液体で満たされた水槽があり少女が浮かんでいた。


「ユキネ!」

 

 ギンガがたまらず駆け出す。

 水槽の中の少女が、ギンガの妹で間違いないようだ。


 …だが何かおかしい。

 ここまでの設備と秘密裏に実験を行った被験体を、なんの抵抗も無く奪われる物だろうか。

 仮にオートドールに全ての運用を任せていた、とすれば考えられなくもない。

 だとしても、この施設はあまりにも人の気配が無いのだ。


「罠…でしょうか?」


 エリィもその可能性に行きついたようだ。


「そうかもしれない、ギンガ!少し待て!ミーナ、頼みたい事がある」


 その制止を聞き、ギンガは水槽に触れる寸前でその動きを止める。

 良くぞ堪えた。


『罠かもって事ですよね?あたしもそう思って調べてたら、最近消されたデータの中に緊急の退去命令が出てたんです』

「これは仕組まれていたと言う事か?」

『全部がそうって訳じゃないみたいです。退去命令は突然出された物みたいで、目の前のユキネちゃんも本物です!』

「そうか…ご苦労、助かった」


 ここの情報を掴まれた事に気が付き急遽施設を放棄。と言った所か。

 だが、何かが仕掛けられている可能性は高い。


「ギンガ、もう動いて良い!助け出せ。エリィは救出後に魔法でユキネを運んでやってくれ」

「その言葉を待ってたぜ…!うらぁ!」


 その言葉を聞き、ギンガは水槽に拳を突き立てた。

 俺は万一に備え、<パープルテリトリー>と<グリーンコマンド>併用する。

 【オールハック】【千里眼】を常時使用し、最大限警戒する。


─ガシャン

 水槽が割れ、中からユキネが満たされていた液体と共になだれ込んでくる。

 

「─っ!ユキネ!!」


 ギンガはその名を叫びながら、待ち焦がれたユキネを抱きしめた。

 今の所、この再会を脅かす脅威は確認できない。


「ギンガ。私が運びますので後はお任せを」

「ああ…頼んだ!」


 ギンガは少し涙ぐんだ声で、大切な妹をエリィへと託した。

 まだ気を失っているユキネを、エリィが風の魔法で運ぶ。

 その様子を確認し、俺はこの場所と採掘所の入り口までを次元の裂け目で繋げる。


【ディメンションダイバー】:展開


「よし、脱出するぞ!」


 俺達は次元の裂け目を通り、脱出を試みた。


◇◇◇◇◇


 次元の裂け目を通り採掘所の入り口までの脱出に成功する。

 外に脱出したと言う感覚は、冷え込んだ空気さえも新鮮に感じさせ安堵感へと変換していく。

 だが、その安堵感は長くは続かなかった。


「思ったより早かったですね」


 岩陰から、細身の青年が姿を現す。

 その声は、遠い昔に聞いた悪魔の声に似ていた。


「では、オレの遊び相手になってもらいましょうか」

 

 嘲り笑うような口調と共に、その青年は顔を邪悪に歪めた。

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