幕間 吸血鬼の苦悩

『あの子は一度も血を吸った事が無いだと?やはり出来損ないだな!』


 ああ、またこの夢か。


『ふん、何を意固地になっておられるのやら。美味なる血を求め、眷属を、種を増やしてこその我らだと言うのに』


 それがどうした。

 そんな節操の無い事、俺の願いではない。


『お前だって血を吸えば力が出るのに。そんなんだから弱いんだぞ!』


 ああ、そうだな。

 その通りだったよ。


『どうしてあの方はあんな男と子をお作りになられたのかしら?全く愚かしい』


 それ以上、父上と母上を侮辱するな…!


『アル君。もっと吸血鬼ヴァンパイアたらんとしなさい。さすれば、我らの誇りと一族を守る事が出来る』


 そうだったのかもしれない。

 だが先生、なぜお前達は滅びた!

 俺が眠っている間に何があったのだ!

 母上を失っただけで、こうも簡単に崩れ去るような誇りだったのか!?

 答えろ!!!


◇◇◇◇◇



「─はっ!!」


 息を飲むような声と共に俺は棺桶の中で目を覚ました。

 荒い息を整えつつ、俺は我が至高の寝床である棺桶から出た。


「変な時間に起きてしまったな…」


 まだ真昼間まっぴるまだ。

 ヴァンパイアには気だるい時間帯ではあるが、もう寝る気も無いので起きているとしよう。

 俺はとりあえず応接テーブルのソファに座ると、エリィからの書置きを見つけた。


『買い物に行って参ります。もしその間に起きられましたら、冷めても美味しいハーブティーを用意しておりますのでお召し上がりください』


 いつも通りだ…だが最近、いつも通りではない事が俺とエリィの間に起きているのだ。


『アル様?私は怒っています。は私だけでは無いのです。意味が分かりましたらに謝って下さいますようお願い申し上げます』


 ミーナを依頼に連れて行った次の日にそう言われてから、エリィからの無言の抗議が続いているのだ。

 抗議をしながらも俺に尽くしてくれているし、仕事での連携もいつものままだが…

 

「分からん、俺はあの日ミーナに何かしてしまったのか?」

 

 思わず独り言がこぼれる。

 いくら眷属と通じ合えると言っても、なんとなくやりたい事がわかる!みたいな感じで、完全に考えが読めると言う訳では無い。

 ましてや女心は難し過ぎて分かる訳もない。


「ヴァンパイアは本来こう言うのに強いはずなんだが…」


 このままではミーナにしてしまった何かを謝る事も出来ず、エリィにも愛想をつかされてしまうかもしれない。

 俺にとってはその事が、さっきの夢の内容などはどうでもよくなる程の悩みの種なのだ。


「どうしたものか」


 最近はその『抗議中』のためエリィと夜を共にしていない。

 まだ血を吸わない事によるも来ていないので大丈夫ではあるが、この夜に眷属から得られる血は、俺の本能と力を満たすために必要な物なのだ。


 

 ……………待てよ?

 ミーナ、眷属、夜を共に、依頼の夜…


 ………なるほど


「俺は何かをした訳じゃない。ミーナに何もしなかったんだ」


 これは完全に俺が悪い。

 言い訳にはなるが、エリィも、今は留守にしているも、こういう事に対しての意思表示がストレートで分かりやすいのだ。

 なのでミーナの真剣で、奥ゆかしくも何かを伝えたがっている眼差しや生命力エナジーを見て、俺はとんでもない勘違いをしてミーナに恥をかかせてしまった。と言う事だ。


「これは…誠心誠意こちらから尽くさねば…」



◇◇◇◇◇


 数日後。なんとか丸く収める事に成功し、俺はミーナと初めての夜を過ごした。

 エリィも機嫌を直してくれたので、これで一件落着だろう。


 そして今度から女心が分からないなどと甘えた考えは捨てよう。と俺は肝に銘じたのだった。

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