第6話 依頼報告書:吸血鬼は依頼人に優しくない

 メタルキメラの攻撃は強力だが防げるものであり、ただ殴るばかりの単調な物。

 加えてその生みの親は今相当な油断をしている。

 外套で包まれたその空間でミーナに選択を問うには充分な時間があった。

 本当に俺がを隠して、彼女に選択を迫る。


「どうしたいって、どういう事ですか?」

「この作戦を最後までやり遂げたいか?」

「やり遂げたいです。けど…」

「ああそうだ、俺が動けば檻は爆発するが作戦は完遂できる」

「…っ」


 ミーナは歯がゆさで口を固く結び、考え込んでいるようだ。

 所長と呼ばれる男がここまで悠長にこの戦闘を眺めているのも、人質がいてこちらが手出し出来ないと踏んでいるからだ。

 人質の命を考慮しなければ、俺は確実にキメラを倒し、男から記録端末を奪い取れるだろう。

 

「もちろんこの依頼を諦めると言う事も出来る。降参して交渉すれば、お前の同僚は助かる可能性がある」


 助かる可能性はあるが、決して保証されたものではない。

 そこは彼女も分かっているはずだ。

 今の問いでの選ぶべきは、同僚よりも作戦を優先する事だと。



 少しの間。ミーナは固く結んでいた口を解き、ついに答えを言う。


「あたしは諦めたくありません。あなたに依頼した事も、リサ達の命も!」


 そこには俺が期待していた以上の答えが待っていた。

 一段と眩しく輝く彼女の目と生命力エナジーが俺をさらに惹きつける。


「くっははは…!良いぞ!それでこそ。その強欲こそ人間だ!」


 良い、実に素晴らしい!

 ミーナは強い意志と人を思う優しさを持ちながらどちらも決して捨てないのだ。

 これだ、この合理的ではない強欲さこそ人の魅力!

 隠してきたがもう抑えられない。

 

「ミーナ。

「ふぇ!?急に何を…」


 突然の場違いな告白に彼女は驚き顔を赤らめる。


「状況を打開する手がある。俺のになってくれないか?」

「眷属って、魔族になるって事ですか?」


 確かに、そう言った相手を同族にする眷属化も大昔のヴァンパイアはやってきた。

 だがそれは古い話であり、俺の信条とは違う。


「そうではない。俺との結びつきが強まって主従のような関係にはなるが、お前は人間のままだ。俺は眷属のこれまでの生き方とこれからを否定する事はしない」


 切迫した状況を盾に詳しい説明も無く眷属になる事を迫っている自分が嫌になるが、それよりもミーナが欲しいと言う感情が全てを上回っていた。

 

「分かりました。あたし、アルさんの眷属になります!」


それでもミーナはしっかりと考え答えを出してくれた。

その答えに全身が泡立ち、本能が加速するのを感じる。

決断してくれた彼女に俺も応えるため、その猛り狂う本能を抑えつつ指示を出す。


「ありがとう。では首筋を出してくれ」

「こう、ですか?」


 ミーナが後ろに束ねたその茶色の髪を持ち上げると、艶かしい首筋が露わになった。

 

「行くぞ」


 俺はマスクを取り、彼女の綺麗な首筋に己が牙を立て、その血を吸った。

 甘美な血の味が俺を満たしていく。


「んあっ…!」


 悩ましい声を上げるミーナ。

 ヴァンパイアの吸血が相手に快楽を与えるせいだ。


「体が…熱い…!」

 

 そうしているうちに彼女の胸の辺りで紋章のようなものが光り出した。

 眷属の刻印だ。

 俺は首筋から牙を抜き告げる。

 

「これでお前は俺の眷属となった」

「そう…なんですね…」


 少し息が乱れているミーナが潤んだ目でこちらに微笑みかけてきた。

 この余韻に浸りたい気持ちを抑えて、俺はミーナとの繋がりに意識を集中する。

 

「ミーナ。お前の力を借りるぞ!」

「はい!」


 眷属となった事で何も言わずとも考えが伝わる。

 ミーナの胸の刻印が輝きを増していく。


<グリーンコマンド> 偽造開始フェイクアップ


 眷属の力をその身に宿し、俺の身に付けた装備が発光する緑色で彩られていく。

 そのまま魔力を解放し反撃を開始する。 


【オールハック】


─グゴゴゴゴ

 魔力にあてられたメタルキメラが機械音を立ててその動きを止める。

 解放した魔力は電波のように波及していき、周囲の電子機器を掌握していく。

 これは言わば機械に効く強力な魅了チャームだ。阻害の刻印など気にする必要が無い。

 外套の防御を解き、立ち上がって下卑た男を睨みつける。


「な、なぜ停止した!?」

「残念だが既に勝敗は決した」


 俺はゆっくりと男に近づく。


「来るな!くそっ爆弾は?どうして爆発しない!?」


 当たり前だ。爆弾にリンクしているセンサーは既に俺の支配下だ。

 形勢逆転に慌てふためく男は、懐から片手持ちの銃を取り出した。


「う、動くなよ吸血鬼くん。こいつで人質を撃つぞ!」


 あれは流石にハッキングは出来ないが打つ手はある。


【ディメンションダイバー】常時展開


 俺は自分の前の空間、そして男と檻の間の空間に意識を集中し、1人分の裂け目を作り出す。

 その裂け目を通り俺は檻の前に立ちはだかる様に瞬時に移動した。

 これでやつが撃って来ても確実に人質は守り通せる。


「は、はあ!?なんだ今の裂け目は?なぜそっちにいる!?」

「お前には絶対教えない。だが、体験はさせてやろう」


 俺は言葉と同時に男の足元に裂け目を作る。


「うあっあああああ!」


 突然裂け目から別の次元へと悲鳴を上げて落ちていく。

 そんな男の後を追って俺も裂け目に飛び込んだ。



◇◇◇◇◇



 裂け目の向こう側の空間はただただ広く、俺と男が宙に浮いているほかは何も見当たらなかった。


「お、おい吸血鬼くん!私が悪かった!交渉と行こうじゃないか!そうだ、魔鉱剤ビジネスの分け前はいらないか?」


 宙に浮くだけで身動きが取れずに、やつはジタバタとわめいている。

 だがお前のような下衆とは交渉の余地もない。

 

 …ここなら誰も見ていない。そして阻害の刻印の影響も無い。

 俺は人の姿を解き、霧の塊となる。

 霧は大きく、大きくその形を変え、形容しようもない化け物としてやつの視界いっぱいに広がった。


「ひえぁ…こここ殺さないでくれぇ」


 殺しはしない。

 ただ極限の絶望と恐怖の中で


【悪夢を見続けろ】


「ひぃいああぁぁぁぁあ!!!」



◇◇◇◇◇

─研究施設襲撃より数週間後、ミーナ視点



 あの後、記録端末からバックアップを消去し作戦は無事成功。

 危険な魔鉱剤が製造されていた事はニュースになって、流通する前に取引が禁止された。

 裂け目から戻ってうわ言のように許しを請い続けるようになった所長は、魔鉱剤を自分に投与して廃人になった事にされて、そのまま全ての罪を被らされたみたい。

 あたしの同僚達の中毒症状は幸いにも回復傾向にあり、もうすぐ退院出来るらしくて本当に安心した。

 そしてあたしは言うと


「アルさーん!エリィ!ごめんください!」

「いらっしゃいませミーナ」

「来たな。どうだ、ヘパ爺との生活は」

「まだ少し慣れないですけど、王国の技術にたくさん触れられて楽しいですよ!」


 アルさんの眷属になった事。

 そして今回の一件で研究施設が一時閉鎖になった事で、あたしは王国側への移住を選んだ。

 何でも屋≪ブラム≫に直接住む案もあったけど、一応あたしは研究施設の関係者。

 だからこの件と≪ブラム≫の関りをなるべく誤魔化せるように考えて、アルさんの仕事仲間のヘパさんの所にお世話になる事にした。

 

「ミーナ。この魔鉱具なんですが最近調子が悪くて。見て頂けないでしょうか」

「はいはい!少し待っててね!」


 嬉しい事に同じ眷属のエリィとはすぐに仲良くなれた。

 アルさんとは…どうなんだろう?

 ちらっと横目でアルさんを見ると、棺桶を磨いている。

 普段はかなり迫力があるのに、お昼だからか眠たそうな顔がなんだかちょっぴり可愛く見えてしまった。


「ふふっ」


 強欲なのが人間。

 だったら、アルさんとの関係ももう少し欲張っても良いよね?



─報告:ミーナ・エヴァンスからの依頼はこれをもって解決とする─

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