第5話 吸血鬼は依頼人に多分優しい-5

 寝静まり、夜が支配する科学都市の外れ。

 その静寂の中を俺とミーナを乗せたバイクが駆け抜ける。


「次の交差点を左に曲がって下さい!その後はしばらくまっすぐです!」

「ああ!直線で速度を上げるぞ、しっかりつかまっていろ!」


 ミーナはバイザーに映し出される情報から的確にルートを割り出している。

 だが、バイクから落ちないようにと俺にしがみつくその両手からは微かな震えが感じられた。

 すぐ後ろにいるミーナへ、出来るだけ静かな声を掛けられるように通信端末から呼び掛けた。


「怖いか?」

「はい…おかしいですよね。みんなが辛い思いをしないようにって覚悟してたつもりなのに、ずっと震えが止まらないんです」


 自嘲気味に振り絞るミーナの声には微かな涙が混じる。

 ここまでの戦闘をモニター越しとは言えずっと見て来たのだ、荒事などは非日常であったはずの彼女にとってこれは当然の感情だろう。

 むしろ怖がらせるような演出をしていた俺にも責任があるのでは?と少し思う。


「心配するな。依頼人はこの俺が、何でも屋≪ブラム≫が守る。依頼の成功とお前の安全を改めて約束しよう」

「ありがとう、ございます…!」

「それに報酬もしっかり払って貰わないといけないからな!」

「ふふっ…はい!」


 少しは安心させられたようだ。

 だがミーナがさらにこちらに密着してきたため、背中に彼女の豊かな感触をさらに感じる事となった。

 ………今この時、依頼人の安全を1番脅かしそうなのは俺であった。



◇◇◇◇◇



「目の前の倉庫で反応が止まっています!気を付けて下さい!」


 ついに追いついたらしい。

 目標がいると思われる大きめの倉庫の前でバイクを降りて、<パープルテリトリー>による【千里眼】で周囲を警戒する。

 周囲に敵はいないようだが、倉庫の中が見えない。

 どうやらエリィの話にあった魔法を阻害する類の刻印が倉庫全体に施されているようだ。

 だがここまで強力な阻害の刻印はかつて見た事がなく、霧になって侵入する事もかなりの無理がかかるだろう。


「ミーナ、すまないがこの扉を開けられるか?」

「はい、やってみます!」


 力づくで扉を開けても良いが、何が起こるか分からない以上慎重に事を進めよう。

 ミーナは【ポケット】にしまっていた携帯PCを別次元から取り出し、扉の電子ロックの解除を試みた。


「やりました、扉を開きます!」


 機械的な起動音とともに扉が開いていき、俺達は警戒をしつつ薄暗い屋内へと入っていく。

 倉庫全体に刻まれた阻害の刻印はやはり強力で、並の魔力ならば魔法の使用は出来ないだろう。

 俺は強引に魔法を使用する事も出来はするが<パープルテリトリー>の制御力をもってしても、威力を加減する事は難しいだろう。

 魅了チャームに至っては耐性の無い人間相手ですら失敗する状態だ。


「魔法は控えた方が良いな…ミーナ、もう少し俺の近くに寄ってくれ」


 念のためにミーナを近くに寄らせて奥へと進んでいく。

 すると開けた場所に1人の男と少し奥に檻のようなものが見えた。


「え…」


 それを見たミーナの表情が青ざめていく。


「所長…?」


 所長と呼ばれた男は答えの代わりに醜悪な表情を浮かべた。


「なんで所長が?それに後ろの檻の中、リサ達ですよね?どうしてあんな事になってるんですか!?」


 見ると檻の中で研究施設の制服を来た人々が手錠をされていたが、皆明らかに様子がおかしく目の焦点が合っておらずぶつぶつとうわ言を呟く者もいた。


「おやおや、顔が隠れていて分からないがその声はミーナくんだね?君だったのかぁ…いやなに、匿名で魔鉱剤に関する通報があったものだから一体誰がそんな事をしたのか探すのに苦労してしまったよ」

「まさか、みんなを拷問したんですか!?」

「拷問?いや違うね、魔鉱剤でちょっと気持ち良くなってもらって素直になって貰っただけさ。もっとも通報者について収穫はなかったがね」


 檻の中の人々は生命力エナジーが乱れ、体内の魔力の流れが暴走しているようだった。

 魔力量が少ない傾向にある都市の人間サイバニアンですらこうなのだ、これがもし王国に出回っていたら重大な症状の中毒者が多発してしまうだろう。


「ひどい…」

「ひどい事なんてあるものか。魔力はたちまちに回復し一時的に気分も高揚する!依存性と副作用に目をつむれば、王国の人間ブライティアンどもにとってこんなにも効率的な商品はそうそうないぞ!」


 興奮した様子の男はさらに熱弁する。


「最初は効能を薄めて魔鉱剤を広め、人々が依存し始めた所で裏ルートで原液を取引する!これは良いになる!」


 下衆な輩だ…情報を引き出すために様子を見ていたがよく口が回る。

 国際事業と言う言葉も気になるが、そろそろ決着を─


「おっとぉ!吸血鬼くんは動かないでくれたまえ。君がどれだけ速かろうとモーションセンサーが敵対行動を検知したら檻の中は爆発する!見た所君はミーナくんの仲間みたいだからこれで手を出せないだろう?いやぁ念のために色々準備しておいて正解だったみたいだねぇ」

「…」


 確かに依頼には含まれていないとは言え、ミーナの同僚達を死なせる事は俺の本望ではない。

 魔法の威力を制御できる状態ならば打開もしやすかっただろう。

 

─こうなると、頼りたくはなかった1つの解決策に辿り着いてしまう。 

 だがそれは…


「さあて、そろそろ終わりにしよう!メタルキメラのお披露目だ!!」


 男が近くの制御盤を操作すると奥の扉が開き、俺の背丈の2倍はあろう大型の魔物が姿を現した。

 見るとその魔物は生命力エナジーを一切感じられず、全身を機械で覆われていた。


「魔物の強靭な肉体を改造しオートドールとして造り直した試作品でね。ちょうど実験相手が欲しかったんだよ」


 魔物を機械人形にしたか。

 考えたな。魔物の筋力を機械的に動かす事が出来るならこの空間との相性も良い。


「もっとも、人質を取られて魔法も封じられてる吸血鬼くん相手では攻撃性能のテストにしかならないか…まあいい始めよう!今夜!今ここで!科学の力は魔法にも、幻想の化け物にも勝る事を証明するんだ!」


 さらに饒舌じょうぜつになった男の興奮が最高潮に達したと同時に、メタルキメラが俺とミーナに襲い掛かってきた。


「しゃがめ!」

「はい!!」


 メタルキメラに背を向け、俺は自分とミーナを包むように外套を広げて彼女を庇う。

 ズン、ズンと鈍い衝撃が外套から伝わる。

 俺の魔力で作った装備であるから当然攻撃は防ぎ切れるが、このままでは埒が明かない。


「そうやっていつまで耐えていられるかなぁ?」


 メタルキメラの猛攻はなおも続き、調子に乗っている男がやかましく声を上げている。


─やはり、やるしかないか。

 この状況を変えるために、先ほどためらった解決策がもう一度浮かび上がる。


「ごめんなさい…あたしがこんな事しようなんて思ったからリサ達が…アルさんだってこんな…!」

「大丈夫だ。まだどうにか出来る。それよりもミーナに聞きたい事がある」


 それを実行に移すならば選択しなくてはならない。


「お前は、どうしたい?」


 俺も。ミーナも。

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