第4話 吸血鬼は依頼人に多分優しい-4

 製造区画へは、通気口からダクト内を霧になって通過し侵入した。

 秘密裏に造られた厳重警戒地下にある以上地上への空気の通り道は確保してあるのだから、そこを辿れば手早く忍び込める。


「製造区画に着いた。ミーナ、作業の状況はどうだ?」

『こちらはもう少し掛かります!』

「分かった。エリィ、引き続き周辺を警戒。俺が破壊を始めたら念のためミーナと退避を始めてくれ」

『承知致しました』


 俺は簡潔にやり取りを済ませて破壊対象を見渡す。


「ここまでの物とは…やはり人間恐るべしか」


 見渡す限りに広がる建造物。

 地下空間にここまで大きな製造工場を短期間で造り出す建造技術。

 土魔法等を組み込み発展させた物とは言えども、同盟締結からわずか3年でこれは驚異的と呼ぶほかない。

 …都市側にしても王国側にしても何よりも驚くべきは、すぐに新しい物を取り入れ我が物とする吸収速度。

 この適応力こそが人の強みであり、力で勝る他種族に対し、対等以上に渡り歩き繁栄してきた由縁であろう。


「関心してる場合ではなかったな」


 気を取り直し、エリィから借りている【千里眼】の力を増幅して、建物内まで透視しつつ人の存在がないか確認する。

 襲撃の警報により既に避難が行われているが、建物内にまだ数十人。

 そして出入口と思われる厳重な作りの大きな気密扉の前に、警備の兵がいるようだ。

 それならば


【ウィスタリアオーケストラ】


 手を広げ魔力を解放すると、紫色の重力が枝垂れ掛かる花のように広がり地下空間を覆っていった。

 建物内も含め地下空間内にいる全ての人々を紫の魔力が捕まえ、重力を操作し気密扉の前に移動させていく。


「う、浮いてる!?」

「何だこれは!」


 各所で上がる声を余所に、俺はロックかかる扉に手をかけ


─ガゴン


 無理矢理押し開いた。

 次に全員をこちらに向かせ魅了チャームによる命令を発する。


【避難しろ】

 

 全員が一目散に地上階へと避難していく。

 そして重力を操作してもう一度扉を閉めて、破壊の準備が完了する。


『アルさん!研究記録の消去、完了です!』


 その通信を合図に俺は両手を前へと構え、魔力を一点に集中させていく。

 その紫の重力は、みるみるうちにその色を濃くし大きな球状を形成する。

 サイバネストの天文学の資料を参考にして編み出した、魔力の重力球ブラックホール


【バイオレットドライブ】

 

 地下空間の中心に放たれた紫は、全ての物を己に引き寄せ、飲み込み、圧壊させていく。

 先ほど地下全体に広げておいた【オーケストラ】により自身と地下空間そのものが引き寄せられないように操作しつつ、暴虐の紫は製造施設を破壊し尽くした。


「こっちは終わった!2人とも無事か?」


 それなりの規模の魔法を使った影響か、共有している向こうの映像が途切れているため通信端末で呼び掛ける。


『はい、アル様。私もミーナも問題ありません。ですがネズミを一匹逃がしてしまいました』

「ほう、説明を頼む」

『それはあたしが。誰かは分からないんですが、記録が完全に消去される前に小型の記録媒体にバックアップを取って持ち出したみたいなんです。』

「まだ作戦は終わっていないと言う事だな?」

『はい…すみません油断していました。研究施設のネットワークはスタンドアローンで、データの持ち出しも制限されていたからこれさえ消せばって…』

「気にするな。今からそちらに行く。合流しよう」



◇◇◇◇◇

 

 俺は2人と合流して情報を整理した。

 状況としては

 ・逃げた人物は装甲車と呼ばれる鉄の馬で逃走。

 ・装甲車が施設から離れるのに気付いたエリィが矢による攻撃で阻止を試みたが、特殊な防御刻印が施されており失敗。そこから研究記録のバックアップが持ち出されたことに気が付いた。

 ・どこかと暗号通信を行っているようで、その電波を追って追跡が可能。


「防御刻印は恐らく魔法阻害の類かと思われます。となれば、この手掛かりも罠の可能性が出てきますがいかがなさいますか?」

「罠であろうと行くしかないだろう。持ち出された記録を処分しなければ話は終わらないからな」


 エリィの問いに応えつつ準備を始める。


「ミーナ、預けておいたバイクを出してくれ」

「はい!待ってて下さいね」


 ミーナは懐から透明な魔鉱石が埋め込まれた手のひら大の魔鉱具を取り出すとスイッチを押した。

 すると空間に突然裂け目が現れ俺のバイクが目の前に出現した。


「少し信じられない光景だな」

「これはサイバネストにもまだ無いあたしのオリジナル魔鉱具ですから、やっぱり見慣れないかも知れませんね」


 ミーナはこの魔鉱具を【ポケット】と呼んでいた。

 転生の経験を元に作ってみたアイデアグッズなんです~!と作戦前にはしゃいでいたのが印象的だったが、まさか別の空間と繋げてその中に物をしまっておけるとは。


「ここからはまた分かれて行動する。エリィはこれ以上怪しいネズミが逃げ出さないか、ここで見張っていてくれ。通信範囲よりも離れるだろうから、もしもの時は念話しろ」

「承知致しました」

「ミーナは通信できなくなると困るから、俺とバイクに乗って追跡だ。道案内を頼む」


 都市に詳しく機械関連の対処も出来るミーナを連れて追跡し、【千里眼】と魔法による感知が出来るエリィがこの場に残る事が最善だろう。

 

「あ…分かりました…!」


 ミーナは一瞬戸惑ったが、意を決して頷いた。


「ではこいつを付けてくれ」


 俺はミーナに魔力で作った即席の頭を覆う防具を渡した。

 そんな事は起こさせないが、万一にもミーナがバイクから落ちてしまった時の対策だ。

 

 準備が出来、俺はミーナをバイクの後ろに乗せる。


「アル様、ミーナ。行ってらっしゃいませ」


 エリィがマスクを外し、そのすまし顔に少しだけ笑みを浮かべてこちらを送り出す。

 それを合図に俺はバイクを走らせた。

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