第2話 吸血鬼は依頼人に多分優しい-2
出張用のマスクと黒い外套を身に付け、俺達は闇夜に紛れ科学都市へと向かった。
俺の愛用しているマスクは、あえてヴァンパイアである事を主張するように牙の付いた薄笑いの表情のデザイン。
エリィのマスクは、肌の色でダークエルフと分からないように耳まで覆う淡い紫色の特注品。耳の長さや目立つ銀髪も、マスクの表面に認識阻害の刻印を施す事で意識させない対策をしている。
ミーナは正体が隠せれば良いので、サイバネスト製の既製品を改造した目元を覆う急ごしらえのバイザーを装着する事となった。
あの後、意を決して事情を話してくれたミーナの依頼を引き受ける事になった。
事のあらましとしては
ミーナはサイバネストの魔鉱研究施設の技術職員である事。
本来人々の役に立つための研究が、中毒性の高い危険な魔鉱剤の製造に利用されてしまっている事。
彼女はそれに気が付いて、施設上層への相談や
研究に参加していた自分にも責任があると感じ、魔鉱剤の製造を止めたいと冒険者ギルドへの依頼を行おうとした事を彼女は話してくれた。
『魔鉱剤はとても危険で、流通したら都市にも王国にもたくさんの被害が出てしまいます。虫のいい話かもしれませんが被害が出る前に止めたいんです!』
こんなの独りよがりかもしれないと、あの時ミーナは小さく呟いた。
しかし彼女の
サイバニアンである事を隠して王都を訪れたのも、この件が国と都市の溝を作るかもしれない厄介な事柄であると理解しての行動だ。
ギルドで内密に正体と依頼内容を明かした際に、国に害をなす研究に関わるものとして通報される可能性も承知の上。
例え独りよがりであったとしても、人々を思いブラムまで辿り着いたミーナを俺は無下にはしない。
「ここが研究施設か、予定通りスクードの見張りがいるな」
研究施設から少し離れた建物の屋上、寒空の夜に外套がはためく。
『あたしが王都に行く前より増えてます。スクードに魔鉱剤の件を通報してたせいかも…』
「そちらの方が好都合だ。気にしなくていい。それよりも見取り図を頼む」
『わかりました。今そちらに映しますね』
今回のために3人の仮面に取り付けた通信端末からミーナの声が聞こえ、電子的に視覚化されたマップが視界に浮かびあがった。
「やはり便利なものだなサイバネストの技術は。離れているのにこの情報量を一瞬で映し出せるのか。眷属との念話では流石に図までは出せんな」
『そう思いますか!?そちらは通信量だけでなくディスプレイの情報を外の視界の邪魔にならないよう視覚化するためにAR技術を…あぁ~すみません!つい夢中で余計な事を…』
「いや、やっとミーナの明るい声が聞けたから良かったぞ」
『いえそんな、これはあたしがただ機械オタクなだけで…』
恥ずかしがるような口調で口ごもるミーナ。
実際の所ブラムにやって来てからの彼女はずっと緊張で潰れてしまいそうな面持ちだったので、こうして素に近そうな反応や明るい一面を見れたのは良かったと思っている。
機械オタクと言う意味ははっきり分からないが、あの楽しそうな口ぶりと内容を思い返すとあのヘパ爺と気が合うのではないだろうか。
「気が和らいだ所で作戦に移ろう。エリィ、聞こえているな?」
『はい、アル様。お声が鮮明に』
「襲撃の第一報は俺が見える位置からさせたい。入口の死角にいる三人が見えるな?そいつらを始末してくれ、お前の矢がやつらに届いたのを合図に俺も飛ぶ。ミーナはエリィから離れるなよ」
『かしこまりました』
『は、はいぃ』
作戦は3つだ。
1つ:俺が派手に入り口から襲撃して魔族の侵入である事を強調する。
2つ:ハッキング用端末を見取り図のマーキングされた機械に俺が差し込み、ミーナの持つ携帯PCと言うもので遠隔操作してもらい魔鉱剤に関するデータを抹消する。
3つ:研究施設地下に隠されている魔鉱剤製造区画を破壊する。
なお、魔族のやる事とは言ってもヘイトが魔族に向きすぎるのはこの世界とサイバネストの今後に影響するため、出来る限り相手を生かす事。
まずは1つ目。
エリィは俺の指示に従い弓を構え3本同時に矢を番える。
俺よりも離れた位置にいるエリィだが、彼女の持つ【千里眼】が獲物を確実に捉えていた。
引き絞られる弦と矢が風の魔法に包まれた次の瞬間、矢は音も無く放たれた。
【サイレントアロー】
風の魔法によって音を消され致命傷を避けるように軌道を修正された3つの矢は、静寂の闇に溶けるかのように加速。警戒する事すら許されなかったそれぞれの目標に到達した。
─俺は無数のコウモリに分裂し群れを成して空を黒く染めた。
出来るだけ鳴き声をまき散らすように、目立つように激しく羽ばたき施設の入り口へと奇襲をかける。
入口にスクードの兵は6人。
驚きはしているが流石の練度と言うべきか、既に全員こちらに魔鉱銃をこちらに向けて発砲している。
しかし無数のコウモリの正体は霧、派手な発砲音もむなしく弾は群れをすり抜けていく。
「うわあああ!」
ついに黒い群れが6人を包み込んだ。
パニックになりながら各々振り払おうとするが、黒い霧は幻の如く払えない。叩けないのだ。
「こ、こいつが例の吸血鬼か!?」
思惑通りに1人が答えに辿り着く。
そうだ、何度も科学都市には遊びに来ているのだからすぐに分かっただろう。
一度わざとらしくコウモリを一か所に集めて元の姿をゆっくりと形作る。
「う、撃てー!!!」
しばしの間銃を撃たせてやるが、全てがすり抜け闇に消える。
…こちらの番だな。
黒い霧となり瞬時に前列の3人の背後を取り
刹那、手刀にて3人とも昏倒させる。
「「ぐあ!」」
そのままの勢いでその先に並ぶ二人の首を荒く掴んだ。
両手に光が集まっていく。
【エナジードレイン】
ゆっくりと最後の1人に見せつけるようにエナジーを吸い上げる。
「「~~っっ!!!」」
手を離すと限界が近く声も出なくなった2つの残りカスが音を立てて倒れこんだ。
そして
─最後の1人を静かに見つめ
1歩ずつ近づく
「ひっ」
それで良い
「吸血鬼…」
知っている、そちら側にも我らの伝承があると
「ば、化け物ぉ」
そうだ、この仮面もこの姿も全てはその畏怖のためにある
「来るなぁぁぁ!!!……………」
…………気絶してしまった。
少し興が乗った事を反省しつつ、警報が鳴り響いた事で目的が達成出来たと確認する。
実は最初に6人を包んだ時に、最後に狙うやつの通信装置のスイッチを1匹のコウモリに押させていたのだ。
向こうは自由に触れられないが、こちらは自由に触れられる。
これこそ化け物として当然の権利だろう。
「エリィ、ミーナ。第1段階終了だ」
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