依頼人:ミーナ・エヴァンス
第1話 吸血鬼は依頼人に多分優しい-1
「ごめんください!」
王都のはずれに、ひっそりと看板を掲げる何でも屋≪ブラム≫の戸を叩く音がする。
客が来たようだ。
「いらっしゃいませ。ようこそ≪ブラム≫へ」
扉を開けてエリィが客を店の中に案内した。
客人は茶色の髪を後ろで束ね、丸い縁の眼鏡を掛けた豊かなプロポーションの女性だった。
どうやらかなり緊張した様子で応接用のテーブルまで歩いて来る。
これはいつも以上に優しく対応すべきか…
「いらっしゃい、どうぞそちらの椅子にかけて」
「ど、どうもです」
やはり落ち着かない様子ではあるが、出来る限りの優しい顔で対応した事で表情が緩んだように思える。
客を怖がらせてはダメ。と言うエリィとの約束は、何とか今日も守られたようだ。
そのエリィは、魔法と最近流行の魔鉱具で手早く用意したお茶を客に振舞い、俺の隣に座った。
「俺は何でも屋のアルだ。こっちは助手のエリィ。よろしく」
「ミーナと言います。よろしくお願いします」
ミーナは緊張した面持ちで名乗った後、会釈するエリィを見つめていた。
「ダークエルフを見るのは初めてですか?」
「確かに王都では珍しいかもな」
「ええ、話には聞いていましたがエルフの方ってとてもお綺麗だなって」
─俺はヴァンパイアと言う種の魔族であり、魔族は一般的には人間とは敵対関係にある事が多い。
だから俺は自身を人間だと誤認させる魔法を普段使っている。
エルフやダークエルフも魔族ではあるが人間と友好的な関係であり、王都でも普通に種族を明かして生活している。
しかしダークエルフとエルフを同列に並べて話す者は、こちらの世界の人間では少ない。
この言葉とミーナから発せられる
こちら側の人間の
「ミーナ、君は王都の服を着てはいるが
サイバニアン。
異世界からやってきた科学都市サイバネストの人間達の事を、こちらではそう呼んでいる。
見た目はこちらの世界の人間とほとんど変わらないが、決定的に何かが違うと認識した時、人は区別をするのだろう。
現にサイバニアン側も、こちらの人間達を
「は、はい。隠す様な事をしてすみません…」
「謝らなくていい。必要な事だったんだろう」
「はい…!」
精一杯まっすぐにこちらを見て答えたミーナが、少し眩しく見えた。
「直接ここに来たと言う事は、ギルドには依頼はしてないんだな?」
「はい。でもギルドの方に話を聞いて、こちらなら引き受けてくれると聞きまして」
「そうか、サイバネストでの揉め事という事か」
大方、ギルド長のガルドか受付のメリッサがここを教えたのだろう。
王国と科学都市の同盟締結から既に3年が経過した今。
ギルドや王都の騎士団があの科学都市に直接介入する事は、ある種の国際問題になってしまうため、サイバネスト側の許可が無ければ王国としては依頼を受けにくい。
そして王国側に来るサイバネスト関連の依頼は、大抵の場合サイバネスト側で対応しないか隠蔽されてしまうような物である。
なので当然許可は下りないし、強引に解決したとして王国としては依頼を受けた事実が残っていては都合が悪いのである。
だが王国に敵対する魔族が侵入する形ならば、王国はいくらでも言い訳が出来るのだ。
「ゆっくりで良い。事情を話して欲しい」
俺はミーナの決意の灯る瞳を見つめ返した。
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