ヒコウセン……なんそれ?
村長の頭頂部並みに薄い空気、手袋越しでも凍てつく風が染みて来る。
平野を越えた俺は、雪積る山脈の頂上に立っていた。
「頂上まできたら絶景、っての期待してたんだけどな。まあ、仕方ねえ」
雲と軽い吹雪で遠くの景色なんて見えたもんじゃねえ。
ただそれでも隣接する山の影ぐらいは拝める。
俺の地元は雪なんて滅多に降らなかったから、なんだか今が一番旅をしてる実感がある。
「……随分、遠くまで来たもんだなぁ」
っていっても、他力本願でここまで来ちまったからな。
俺の設置人としての旅、役に立ってんのかぁ。
「ま、助けられてばっかだけどなぁ」
思い返せばさ、そんなことばっかだったよ――――
セーブポイント落としまくって怒られた地主のじいさん、世話焼いてくれたよな。
初めての農作業キツかったけど、あれがあったから他でも旅の小遣いできるようになったし、野宿のノウハウも教われたんだもんな。
『のぉ、カス君や』
『リスです。確かにカスだけど改名は勘弁してください』
『そうじゃったか? すまんの、間違えたわい』
最初は当たりキツかったけど、終始根は優しいお年寄りだったんだよ。
『人間、法さえ破らねばどうとでもなる。知らなくて破っていた、ということだけ気を付けて、あとは実直に生きなさい』
そこからかなぁ。行った先の街で働いたり、誰かに礼を言ったりする時、その言葉を意識するようになったのは。
職質してきた衛兵さん達、あんだけ街中にセーブポイント置きまくってたか知んないけど、最後はちょっとした顔見知りレベルまで仲良くなったっけ。
『我々がこの街を守るように、キミの行いは必ず冒険者を守ることに繋がっていると信じている』
『同じく守る者として、キミの旅路の安全を祈っている』
見送りの敬礼は格好良かった。俺は何回も振り返って、手振って行ったんだけど、二人の衛兵さんは微動だにしないで敬礼を続けてた。
真面目そうな大人の顔が怖くなかったの、久しぶりだった。
渓谷都市のオッサン達、俺みたいなクソモヤシのこと気遣ってくれてたっけ。
ガテン系のマッチョばっかは流石にしょっぱなビビったけど、建前とかなく本音で会話してくれたの嬉しくってさ。
『ここは危険がちっと多いが、もし近くまで来る用事があったら寄って行ってくれ。飯と酒を用意して待ってる』
『オイラ達とお前さんは、魔物に武器投げつけて撃退した戦友ってやつだ。ダチはいつだって大歓迎だ!』
カッコつけて男泣きしたかったけど、普通に泣いちまったんだ。
ははっ、次会う時はもっと男らしくなってねーとって思ったな。
連絡船の船乗り達は大袈裟なぐらい俺に感謝してくれたのを覚えてる。
教会の神父様かって言いたくなるぐらい、船員全員で持ち上げてくれたんだ。
『俺たちの船へセーブポイントを置いてくれた恩だ。海だったらどこに居ようと兄ちゃんを迎えに行くからよ!』
『そんときは旅の土産話、しこたま聞かせてくれや!』
内地とかでしか取れない名産品とか喜ぶかな。
ちゃんと渡航料を用意しといて、また船お願いしよう。
マンドラゴラ騒動のあった畑でもおじさんが優しかった。ここまであったかけえ事言ってくれた人、久々じゃなかったかな?
お弟子さん達と同じぐらい可愛がってもらった後、出発前まで心配してくれたんだぜ。
『リス君。キミの旅は長く、きっと辛いことが沢山あると思う。けれどセーブポイントの旅に納期はない。だからたまには、立ち止まってみても良い』
『……ありがとう、おじさん』
『耐えられそうになかった時は、またここへおいで。仕事と野菜だったら、たっぷりあるから』
あそこで食ったコカトリスのシチューや、野菜の味は一生忘れないと思う。
他にもあちこちで食糧分けてくれたり、金まけてもらったりさ。俺がやった手伝いなんかじゃ釣り合わないぐらい、色んなもん貰っちまったよ。
「俺の仕事も、役に立てたら良いな」
――いや、違うか。
「この度でしてきた事も全部、人の為になってる……か」
セーブポイントが役立つのはこれから。そして九割以上はコイツの発明したヤツの功績だ。
俺は設置でセーブポイントの貢献度一割。それと、設置の旅の途中で誰かを手伝うこと。
それが、俺の仕事の役割なのかもな。
「……どうせ元無職の能無しなんだ。コレだけは、最後までやりきんないとな」
寒さで頭がやられたのか、妙に感傷的な気分になったな。
とっとと終わらせて、また次の設置予定場所に向かわないとだ。
また道具袋から一つ出して、セーブポイントを山頂に設置だ。
「オラァ!!」
雪の上を滑らないように、叩き下ろしてセーブポイントを置いた。
そしたらいきなり、水晶の頂点から一筋の光が出やがった。
光線が空に突き抜けたと思った途端、周りの雲が放射状に消えてった。
「おおっ!!? なんだ、急に晴れやがった!」
『《設置環境整備》のため、天候を一部変更しました』
「おまえの機能どんだけあんだよ……」
山から見たかった景色が雲を裂いてお出ましだ。
空は澄んだ青が広がって、遠くの緑や粒みたいな街の光景が続いている。
仕事したおかげで良い報酬をもらった、なんて呑気に考えてた。
――でもすぐに影で覆われて見えなくなった。
「え、鳥――――?」
俺の目の前に、鉄の鳥の体が現れやがったんだ。
※ ※ ※
雪山の山頂で拾われて、気が付いたら俺は雲の上を飛んでいた。
ドラゴン並みの速度で進む、鉄の船に乗せられて。
「な、なにこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!?????」
有り得ないぐらい高えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???
こっわ、これ落ちたらどうなんのってレベルじゃねぇ!!!!!!
さっきから足の震え止まらな過ぎて骨砕ける!!!!!!!!!!!!!
ガチビビりして縮こまってると、操縦席のおっちゃんが豪快に笑いながら話しかけて来た。
「なんだ、飛行船を見るのは初めてかい?」
「名前も初耳っすよ!! まず『ヒコウセン』ってなんすか!!? えっ船なのこれ??」
「わいの爺様が持ってた船でな。古代遺物と魔法工学を合わせて作った空飛ぶガラクタだ。詳しい事は分からんが、こちとらなんとなくで乗り回してら!」
「飛んでる原理分かんないのこえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「だがまさかセーブポイントであの雲が晴れるとはなぁ。お陰で助かったぜ兄ちゃん! 貨物輸送の途中で迷うとこだったぜ」
「いやそんな。偶然だったんで」
「そんで、そのセーブポイントの設置予定場所。他にはどこあるんだい?」
「ええっと……あ、これが地図です」
「どれどれ……おおぅ、中々多くてまばらだなあ~。生きづれぇのも何箇所かあらぁ」
渡した地図としばらくにらめっこした後、おっちゃんはある場所を指さした。
「うっし、兄ちゃんには特別便で、一番生きづらい場所に連れて行ってやろう!」
「ホントですか!? 助かります!!」
「気にすんな。んじゃ、とっとと行っちまうか!」
更にスピードを上げて、おっちゃんはニヤリと笑った。
「ヴァルステル山の頂上――『飢王の城』にな」
…………………………は?
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