海は流石に置く必要ないよな!

「ガッハッハ、村を追い出された上に仕事押し付けられるたぁ災難だったな兄ちゃん!」


「ほんと辛いですよ……」


「ま、漢なら理不尽な目に遭うことなんて茶飯事ちゃめしごとだ! 憂鬱さなんか、海風にでも捨てちまえよ!」



 豪快な船乗り野郎のおっちゃんに励まされ、俺はバシバシ叩かれた背中のダメージに悶えていた。

 海風が、塩が、染みやがる……!!



 ――とまあ、いつも通り。俺の設置旅の一コマだ。


 俺の村も含まれてるこの地方はあらかたセーブポイントを置いてきた。

 超高所とか、金や装備が必要なエリアを除いてな。


 って事で陸路を終えた俺は船を一つ拾って、人生初の航海に出たってワケだ。


 港にたまたま泊まってた船にお願いしたら、なんと即了承!

 それも高速連絡船だったから、二日もあれば目的地まで着くらしい。ラッキー♪



「にしても悪いねぇ。船にも一つ設置してもらっちゃってさぁ」


「この連絡船を利用する冒険者も多いから、便利かなと思って。普段は皆さんも使っちゃって下さい」


「おうよ! 使う度に兄ちゃんの方拝ませてもらうぜ!」



 力仕事の船乗りにとってもセーブポイントは有難いものなんだろう。

 こんな調子で歓迎ムードだ。


 最初こそ勢いに圧倒されたけど、こういうテンションも嫌いじゃない。


 船乗りは陽気で接しやすいな〜!

 海も地平線も綺麗だし、魔物はいないから陸より安全だ。


 こんな事なら、カジノ船にでも就職しよっかな〜。



「野郎共ォ掴まれ! ヤツが来たぞッ!!」



 甲板で風に吹かれ、肩に落ちたウミネコのフンを払ってた時だった。


 見張り役のじいちゃんが慌てた様子で叫んだ。



「おう、もうそんな海域か! 兄ちゃんはガッシリ手すり掴んどけよ!」


「何が起きるんです!?」


「ここらの主が通るのさ」



 瞬間、ドヤ顔で言い放ったおっちゃんの背後に水柱が上がった。


 そんで水柱から真っ赤の、光沢のあるヌルヌルボディを晒す大化け物が現れた。

 八本足のそいつは、船を触手でがっちりホールドしてやがった!



 ……うん。さっきの言葉、やっぱ取り下げよう。


 海も普通に怖い。帰りたい。



「でででででで、でけぇタコおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!???」


「伝説の海魔『クラーケン』の生き残りだ。コイツは幼体だが、それでも年齢は百歳越えのジジイだぜ」


「ここから更にデカくなんの!!? 海こえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」



 陸と違って恐怖のスケール感がハンパじゃねぇ!!


 あんなもん、ちょっと当たっただけで沈没するだろ!?


『朗報! クソニート、海の藻屑と化す!』って号外が地元を駆け巡るのはゴメンだぜ!!?



「あん? おい待てよ、なんかおかしい……」


「おおお、おかしいって何!? 変な海藻でも食ってラリってるとか!!?」


「いいや兄ちゃん。こんだけ船に近付いてるってのに、奴さん今日はヤケに大人しい」


「へぁ?」



 訝しげな表情でおっちゃんはクラーケンの顔を見上げた。


 一緒になって俺も目線を上げると、大ダコと間違いなく目が合った。



「ひぇっ!!??」



 目と目がこんだけ合ってても恋にならないことってあるんだなー……ってんなことは良い!


 魔物からの求愛はほぼ確で『死』だろ!!


 村の兄ちゃんがダンジョンで拾ったエロ本にもそう描いてあるぜ!!!!



 触手の恐怖で大パニックになってた俺。思考も倫理もめちゃくちゃだ。


 そんな風に慌ててた所、俺は未だに自分が無事なことを思い出した。



「あ、れ? なんで何も反応しないの?」



 もう一度、恐ろしい触手モンスターを見上げてようやく察した。


 クラーケンが夢中になっているのは俺じゃない。

 俺が持っているセーブポイントだったってことに。



「え、なんか船のセーブポイントに興味出てない?」



 餌を見る目ともなんか違う眼差しで、クラーケンは暴れずにそこでジッとセーブポイントを眺めてた。



「あん? おい、あの頭ンとこ……」


「え? ……あ!」



 おっさんが指差した先をよーく見てみると、藻と苔に覆われた水晶が大ダコの頭部にあった。



「せっ、セーブポイント設置されてる!? しかも旧式の! なんでぇ!!?」



 海水入っても機能すんの!? とか、頭に設置されてて頭痛とかしないの? とか、変な考えばっかりが巡るが、今思うことじゃねー。


 最優先はあの旧式セーブポイントとクラーケンの関係。

 それと俺のセーブポイントがこの状況を破る鍵ってこと!



 かと言って対策らしいもんもない。

 考えあぐねてると、おっちゃんが指をピンと立てて俺に寄ってきた。



「兄ちゃん、セーブポイントに余りってのぁあるか?」


「へ? 一応、制限はないけど……」


「一つ、奴さんに分けてやってくれねぇか?」


「え、はぁ……」



 半信半疑だったが、言われた通りに六つほどクラーケンの前に差し出した。


 するとタコは甲板に触手を伸ばして、吸盤で綺麗にセーブポイントだけさらっていきやがった。

 青に光る水晶をゲットして、クラーケンは満足気にウネウネしてた。


 ……ちょっと可愛い。



「な、なんか上機嫌になった……わっ!?」



 船が軽く揺れる波を立て、クラーケンはそのまま海の底へ戻って行った。


 揺れが収まる頃には、すっかり海は凪になってた。



「まあ、ひとまず居なくなったし、良っか?」



 謎が多すぎるけど、これ以上考えることを俺は止めた。



「一件落着ってとこだが、奴はどういうワケでセーブポイント持ってったんだか」


「意外と収集目的だったり?」


「あー、そうかもしんねぇな。奴らは海ん中じゃ賢い方だからな」



 何はともあれ、命あって万々歳! イエーイ!



 それにしてもあのセーブポイント持っていって、クラーケンは何すんだろ?


 あの持ち方だと、海底とかで下手に設置出来ちゃうだろうし……


 セーブポイントの位置を頼りに旅する冒険者とかいたら可哀想だな~。

 設置人が意図して置いたと思ったら、クラーケンが気まぐれに持ってっただけなんだもん。



 これがもし海底に遺跡とかあったら話は別なんだろうけど……


 まあそんなことはないか。

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