第11話 食堂の奇跡/軌跡は続く

 外はもう暗くなっていた。

 お嬢様の初子はつねは一人で自転車でその豪邸に帰るという。

 だいじょうぶなのか、送って行こうか、と言ったが

「だって、送って来たら、帰りは美和みなが一人になるじゃない? おんなじことだよ」

と初子が言うので、無理にいっしょに行くのはやめた。

 豪邸というのを見てみたい、という気もちはあったけど。

 初子は、明るくて車通りの多い陽明ようめい通りではなく、これから通う白姫しらひめ高校に通じる道へと消えて行った。

 ここの道は暗いので、ほんとうに闇に消えたように見える。

 でも、サックスブルーのセーラー服は色が明るいので、闇のなかでも初子の後ろ姿は浮き上がって見える。

 その闇のなかでも、ふん、ふん、ふん、と鼻歌を歌っているような楽しげな様子が伝わって来る。

 そんなに油断していたら……という不安と。

 でも、初子ならだいじょうぶだろう、という、信頼感、というのか、安心と。

 その両方がうまく混ざり合わないままの気もちを抱えて、美和はその初子の後ろ姿を見送る。

 たぶん、確かなことは。

 撮りかたによって何が写るかが正反対にまで変わる写真よりも、ずっと確かなことは。

 美和が初子に出会ったことで、こじか食堂から続いて来たこの清華せいかの歴史に、またはその将来に、何かが付け加わるのだろう、ということだ。

 道はどこまでもまっすぐではないから、初子の姿はもう見えない。

 でも、美和は、もうしばらく、初子の後ろ姿を見送っているままでいたいと思った。


 (終)

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