第9話 美和と初子のお夕飯(3)

 お嬢様の初子はつねが言う。

 「で、そのお母さんの仲のよかったヴェリャの女の人って、結婚してたんだけど、けっきょく、その人の娘一人を除いて一家全滅ってことがわかって」

 軽く言ったつもりだったのだろうけど、やっぱり、言いにくかったのだろう。

 初子は言ってから眉を寄せた。

 水を飲んで、ちょっと美和から目を逸らす。

 美和みなが何も言わないでいると、続きを話し始めた。

 「一人ね、一人、その人の女の子だけ、その一家が連れ去られたときにどっか遊びに行ってたか、お使いに行ってたかで生き延びて。で、その、一人残った女の子。まあ、わたしのちょっと歳上よね。その子がヴェリャのエンツァルフェって街にいたんだけど、去年の夏、また武力衝突が始まってしまって」

 「うん」

 そのことは美和はテレビのニュースとかでいっぱい見た。

 ビルが爆撃で粉々にされる様子とか、爆弾が命中したバスが黒焦げになった映像とか、夜空にきれいな光の筋が何本も流れて、でもそれが流れ星なんかじゃなくてミサイルだったりとか。

 そんな映像が毎日のように流れた。

 「そのエンツァルフェが最初の激戦の戦場になったんだよね。もう、それで、お母さんとか、心配でなんにも手につかない、っていうのが見ててわかって。さっき記者さんたちが言ってたみたいに、アルケリの政府軍は最初にヴェリャの通信施設を破壊しちゃったから、普通の方法では連絡もつかなくなって。でも、わたしの前では、無理にでも明るくしようとしてるのがわかって、さ。それで」

と、初子は短くことばを切ってから、

「「そんなに心配だったら、ここで心配してるより、行けば? わたしももう中学三年生だし、だいじょうぶだよ」って言って。それで、去年の一一月ごろ、両親でヴェリャに行った。さすがに、お正月とか、わたしの受験のときとかは帰って来たけど、いまはまた行ってて。中学校の卒業式の日も、お母さんのほうが帰って来ることになってたんだけど、ヴェリャからイスタンブールに出るのがうまく行かなくてさ。東京までは帰り着いてたけど間に合わなくて。そんな感じで、ずっと、父母とも、現地と東京とこことを行ったり来たりの生活かな」

と言う。

 「うん」

と声が出たのは、うなり声ぐらいは立てておかないと悪いかな、と思ったからだ。

 しかも、そんなにしゃべっているのに、どうも初子のほうが食べるペースが速そうだ。

 だから、美和は、定食のご飯をかき込むように食べてから、わざと間を取って、きいた。

 「で、初子はだいじょうぶなのか?」

 「まあ、だいじょうぶだけどね」

 わりと平気で言って、初子は最後の唐揚げを口に運ぶ。

 唐揚げを食べる。

 「清華せいかの唐揚げって、揚げたところのパリッとした感じが時間経ってもずっとそのままで、いいよね」

と言ったのは、別に話をらすつもりではなかったようだけど。

 「ありがと」

 どうやってそういう食感になるのか、美和にはわからないけど。

 褒めてくれたのだから、感謝しなければ。

 「うん、それでね」

と初子は言う。

 「もう、わたしのところみたいになったら、どういうのがだいじょうぶっていうのか、ってよくわからなくてね。だって、戦争で隣の家が吹き飛ばされるのが普通ってところで生きてる人たちとくらべたら、たいていのものはだいたいだいじょうぶだよ」

 それは比較対象が悪すぎる、とは言えなかった。

 美和にとってはそれは遠い世界のことだけど、この初子という子にとっては身近な世界なのだ。

 なんか。

 話しにくいな。

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