第8話 美和と初子のお夕飯(2)

 初子はつねお嬢様が続けて言う。

 「で、父は、あ、お父さんのほうは、ミーハーな人でさ」

 三倉みくら七郎しちろう記者の心配にもかかわらず、「ミーハー」は通じるようである。

 「なんか、若いころ、アイドル写真家になってやる、とか言ってたらぜんぜん仕事が来なくて。人物の撮りかたとか、女の子を魅力的に撮る方法とかいろいろ研究したらしいんだけど、ぜんぜん仕事がなくて。で、さっきの敷島しきしま新聞の」

 さっき店で話をしていた、二人の記者さんの新聞会社だ。

 「そこの写真部の人が気にかけてくれてて、危険な仕事だけど新聞の写真の仕事をしないか、って。それで、カメラマンとしてそのヴェリャ紛争の取材に行ったんだよね。で、お父さんって、ほかの人なら足がすくんで出て行けないようなところも平気で歩き回るような、ぜんぜん怖がらない人だからさ。後ろで自動小銃撃ち合ってるようなすごいきわどいところで写真をいっぱい撮って。それに、もともと人物写真の撮りかたは研究してたからさ。戦争やってるところと、人間、って組み合わせの写真で、それで「戦場っていうところには人間がいる」っていうのがよく伝わって来る写真、とか言われて評判になって。それで、調子に乗って戦場の取材を続けてるうちに、そのヴェリャで、お母さんと出会った」

 そこまで言って、お嬢様の初子は、お味噌汁のお椀を取って口に運んでいる。

 清華せいかのばあい、豚ロース焼き肉についてくるのは中華っぽい澄ましのスープだけど、とりうま煮丼は味噌汁なのである。

 どっちでもいいけど。

 それより。

 戦場の取材というのは、調子に乗って続けられるものなのか?

 「まあ、最初は、超お金のないお母さんが、お父さんにくっついて動いてたってところだったけど。お父さんのほうは、危険なところに取材に行くっていうんで、その手当っていうのがいっぱい出てたし、その評判になったことで給料も上がったからね。けっこうお金があって。それで、その二人、そのうち仲良くなって、二年ぐらい現地にとどまって取材して、日本にレポート送って、それで、いろいろあって、いちおう、第一次紛争、っていうのかな、そのときの紛争が終わって、日本に帰ってきて、結婚して、わたしが産まれて、って感じかな」

 で、ふふっ、と含み笑いする。

 「で、そのとき貯まった危険地取材手当っていうので建てたのがその豪邸っていうもので」

 「そんなに貯まるんだ」

 すなおな疑問を言ったが。

 ここは、それより、ご両親がそのヴェリャ紛争というのをくぐり抜けてきたことに驚きを表さないといけないところだったと思った。

 思ったけど、もうしようがない。

 「うん。詳しいことはわからないけど」

と初子は目を細めて笑う。

 「ま。それで、ヴェリャも紛争が終わったから、両親とも、うちでわたしを育てて、ときどき国内海外いろいろ取材に行ったりしてたけど。とくに、お母さんはさ、見映えするからさ」

 それはこの美人娘のお母さんだからな。

 「災害の現地レポートとか、猛暑の現地レポートとか、ドカ雪の現地レポートとか、連休の行楽地の現地レポートとか、なんか、そういうのをときどきテレビ局から頼まれて行ってたけど」

 そういう素性だったのか。

 このお嬢様は。

 新聞に写真を載せるカメラマンと、レポーターとしてテレビに出る女の人のあいだの娘。

 そのお嬢様は、うま煮丼のご飯部分に続いて、載っている唐揚げの二つめも食べて、味噌汁も飲んだ。

 そのあいだにも外は暗くなっていて、蛍光灯色の照明が明るく感じるようになっている。

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