第7話 美和と初子のお夕飯(1)

 畳の部屋に座って、美和みな初子はつねは向かい合う。

 四月になって日が暮れるのは遅くなったけど、この美和の部屋は、表は壁、裏は隣の家と木立ちで、暗くなるのが早い。

 美和は立ち上がって電気をつけた。

 蛍光灯色の明かりで、部屋のなかのものが明るく浮かび上がる。

 美和は私服だけど、初子はさっそく学校のあのサックスブルーのセーラー服の制服を着ていた。入学式もまだだというのに、白姫しらひめ高校の図書館に行っていたらしい。

 初子はそこから自転車で来たから、清華せいかには美和が電話してからすぐに着いたのだけど。

 それで、二十分ぐらい、あの記者さんたちと話をして、記者さんたちは帰って行った。

 もう時間も夕食時なので、初子も美和といっしょに清華でご飯、ということになった。

 したがって、いま美和の部屋の座敷テーブルの上に載っているのは、清華から持って来た晩ご飯だ。

 美和は豚ロースの焼き肉定食、初子はとりのうま煮丼鶏唐揚げのせというもの。

 お嬢様、けっこう高カロリーのものを食べる。

 店の店員でもある美和が店の席を使って食べるのもよくない、ということで、トレイにそれぞれ食べるものを載せて美和の部屋に来たのだが。

 「いただきます」

と二人で手を合わせて、それぞれ食べ始める。

 初子お嬢様は、鶏のうま煮丼を大きいレンゲですくって口に入れて、幸せそうに笑顔を作る。

 「で?」

と美和がきいた。

 「初子って、いま一人なの?」

 「……うん」

 その返事が遅れたのは、美和がスープを飲んだだけなのに対して、初子がうま煮丼をゆっくり味わっていたからだ。

 美和は上目づかいできく。

 「親、両方とも家にいない?」

 「うん」

 初子は軽く返事をした。

 軽く返事をしたのは、別にその話を終わらせたいからではなさそうなので。

 きく。

 「だいじょうぶなのか?」

 兄弟姉妹もいない一人っ子だというし、その両親は遠い外国、しかも紛争地域にいる。

 何かあったとき、どうするのだろう?

 「まあ、うち、ご近所とも仲いいし」

 いざとなれば近所に助けを求められる、ということだろうか。

 「それに、いちおう豪邸だから、セキュリティーもしっかりしてるから」

 「はあ……」

 「いちおう豪邸」なんだ。

 自分で「豪邸」って言うんだ。

 セキュリティーとか、社会ではときどき聞くことばだけど、個人の家についてセキュリティーとか言うのははじめて聞いたと思う。

 「まあね」

と、豪邸に住むお嬢様の初子は、ちょっと水を飲んでから、言った。

 「親がわたしを一人置いて行った、っていうより、わたしが、わたしは一人でだいじょうぶだから行って来れば、って送り出した、って感じかな」

 美和は豚ロースの焼き肉を箸でつまみ上げて、口に入れる前にきく。

 「何それ?」

 初子も鶏唐揚げを口に入れたところだったので、すぐには答えない。

 だから美和が続けて聞く。

 「そのお父さんお母さんが行ってるっていうヴェリャって、いま、世界でもいちばん危ないところだろ?」

 初子は口をとがらせた。

 「それはまあ、情報が入ってこないだけで、もっとやばいところはいっぱいあると思うけどね」

 いや、そういうことではなく。

 ほかがやばいかどうか、ではなく、そのアルケリ政府軍というのとヴェリャ独立軍というのの戦争が起こっているヴェリャというところが危ないかどうか、だ。

 一日に死者が十人も出る、というのだから、危ないに決まっているのだが。

 初子が続けて言う。

 「うちの両親、ヴェリャで知り合ったからね。第二のふるさとみたいなものだから。その第二のふるさとで戦争やってるわけだから、まあ、しようがないと思う」

 相変わらずの高めの美声で、言う。

 「二十年何前とか? 政府からの抑圧とか人権侵害とかはあったけど、まだ戦争になってなかったときにね、母は、っていうか、お母さんは」

 もう記者さんたちを相手にしているわけではないから、「母」とか「父」とか呼ばなくてもいいと初子は思ったのだろう。

 続ける。

 「そのときもうテレビ局でレポーターとかやってたから、その仕事でヴェリャに行ったのね。ノーミー織りって、伝統の絹織物ってあって、その織り手の女の人を取材して仲良くなったんだけど、そのあと最初の政府軍と独立軍の衝突が起こって、その人、巻きこまれて行方不明になっちゃって。それで、母は、その消息が知りたくて、もう、有り金はたいて個人でヴェリャ行ったんだよね」

 はあ。

 それはすごい、としか言いようがない。

 いろいろと、すごい。

 でも、美和は「それはすごい」を言い損ねたので、水を飲んでごまかした。

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