第6話 恋する(しているかも知れない)支局記者
帰りは、
道は
「よかったじゃないですか」
「河辺さんから連載の記事を送ってもらう約束ができて」
「まあ。奇跡みたいなもんだな」
と、万次郎局長が野太い声で言う。
「こじか食堂のおかみさんのお嬢さんと河辺さんのお嬢さんが友だちっていうのもそうだし、それに、まさか、あの場所で、タブレットでヴェリャなんかと通信をつないでもらえるとは思わなかった」
あれから五分も経たないうちに、長い髪をなびかせて、あの美和さんの友だちという少女が店に入ってきた。
背の高い、頬の血色のいい少女だった。
その少女が問題のジャーナリスト河辺さんの娘ということで、報道局長から話を聞くと
「あ、父ですか。ちょっと待ってください」
と言って、その場で、リュックから取り出したタブレットで映像入りのリアルタイム通信をつないでしまったのだ。
「ヴェリャは政府軍が通信施設をほとんど破壊してしまった、って話でしたけど、こうやって電波つながるんですね」
「そういう技術を持った人材が、危険を
とまで、万次郎局長は言ったところで
「いや、そうじゃないだろう!」
と七郎を振り向く。
七郎は、わけがわからない。
「そうじゃない、って、何が?」
「食堂に来て、それで、うちの父ですか、って言って、さっさっさっとつないでしまった、あのお嬢さん、っていうのがたいしたもんだ、って言ってるんだが」
「あ、ああ」
「もともと通信状態が悪い上に、外国人ジャーナリストなんて、政府軍と独立軍と、両方から、通信、マークされてるだろう」
政府軍というのはヴェリャ地域の独立を認めようとしないアルケリの政府軍、独立軍というのはヴェリャ独立を求めてアルケリ政府と戦っているヴェリャの軍隊、ということだ。
アルケリ政府は独立軍をテロ集団扱いして、軍隊とは認めていない。テロリスト狩りと称して相当に酷いことをやっているようだ。それに対して独立軍もたしかにテロまがいのことをやっている。
どちらにとっても、外国人ジャーナリストなんて歓迎すべき存在ではない。いいところだけ見て、見られたくないところは見ないままさっさと帰ってほしい、というところだろう。
「だから、普通は外国との通信なんてできないだろうってところなのに、それでも、あのお嬢さんは、つなぐ方法、知ってるんだな」
「ああ」
親だから、連絡の方法はちゃんとわかっているんだろう、と七郎は言おうと思った。
だが、それより早く
「ふふん」
と、局長が会心の笑みを浮かべた。
「あの子、美人だったな」
「はい。髪が長くてプロポーションも申し分……! あ、いや」
と七郎は慌てたけれど、途中まで乗ってしまったので、いまさら隠すことはできない。
「いや、美人だとは思ってますが」
局長の会心の笑みが続く。
「じゃあ、駆け落ちでもするか」
「ああ、いや」
七郎はもっと慌てた。
「
「駆け落ちぐらいじゃ記事にならんよ」
本社報道局長がとてもつまらなさそうに言う。
つまらなさそうに言ってから、七郎から目を離して
「まあ、あの子のお母さんも、美人だったな。過去形っていうより、いまも美人」
と続ける。
「お母さんって?」
七郎は、自分の一目
自分でもわからない。
「あの子のお母さんを、知ってるんですか?」
万次郎局長が大きくうなずく。
「
七郎はしばらく考えたが、軽く首を振る。
正直に言う。
「聞いたような気もするんですが」
「レポーターとして大活躍だったな。いまもときどき引っぱり出されて、あちこちに顔出しでレポートに行ってるよ。昼の報道番組でメインキャスターって話もあったらしいが、そうすると東京に住まないといけないから、けっきょく、旦那とここに住むことを優先した、ってことだな」
「それが、いまは、夫婦でヴェリャに?」
七郎が言う。
「あの女の子を一人残して」
一人っ子なのだそうだ。だから、兄弟姉妹もなく、一人で残されたことになる。
「まあ、さっき話をした旦那っていうのが、戦場報道がライフワーク、って人だからな」
局長が言った。
「そういうのが、あの一家の了解事項なんだろう」
了解事項と言ったって。
あの子、だいじょうぶだろうか?
とてもしっかりしているようではあったし、とても陽気に振る舞っていたが。
あの美人ぶりで、一人で住んでいて、ほんとうにだいじょうぶだろうか?
河辺さんのお嬢さんを心配する七郎の様子を、本社報道局長大塚万次郎は得意そうな笑いを浮かべて見ていたが。
七郎は気づかない。
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