第3話 先輩と後輩

 「前と同じものはできないけどね」

と言って、美寿枝みすえさんはこじか食堂のメニューだった「百五十円餃子ギョーザ」を焼いてくれた。

 清華せいかという店は、町の食堂としてはそこそこ大きな店なのだろう。まんなかに大テーブルがあり、そのまわりに四人とか六人とかが席に着けるテーブルが六つか七つぐらいあった。まんなかの大テーブルは、カウンター席と同じように、一人のお客さんが横に並んで食事をする席のようだ。

 まだ食事どきには早いからか、お客さんは少ない。

 入り口のほうで、食事はとうに終わっているのにずっと新聞を読んでいるおじいさんと、まんなかの大テーブル席で何か丼物を食べながら、スマートフォンとタブレットを交互に指でつついている眼鏡の会社員風の男がいるだけだった。

 「この人ねえ」

と百五十円餃子を持って来た美寿枝さんは七郎しちろうに言った。

 「そのころ百五十円だったこの餃子を九回食い逃げしたんだよ。追いかけてもすごい勢いで逃げて行くから、脱兎だっとのごとく、っていうんで、ついたあだ名が脱兎の万次郎。次に来たときには、あのときのは必ず払います、って言って、また百五十円食べて、そのぶんしか払わないの。それで溜まったのが九回分」

 よく覚えている。

 「まあ、たったの千三百五十円だけどね」

 美寿枝さんは続けて言う。

 「そのころ、消費税、なかったし」

 そうか。消費税のない時代というのがあったんだ、と、七郎は思う。

 大先輩の大塚おおつか万次郎まんじろう局長が

「一‐二回は、前の回のぶんも払ったと思うが」

と、言いにくそうに、重苦しそうに言う。

 「それも含めて九回」

と、美寿枝さんは、即、返答する。

 よく覚えている。

 そこにさっきの中学生か高校生がやって来る。

 「わたしがお店のほう見とくからさ、おばあちゃん、座ってお話ししてれば」

 七郎は驚いた。

 この若々しい女の人が、この中学生か高校生か、その中間ぐらいの女の子の「おばあちゃん」?

 かつてその食い逃げの万次郎とか呼ばれた大塚報道局長のほうが歳をとっているようにすら見える。

 「あ、紹介しますね」

と、その「おばあちゃん」の美寿枝さんが言った。

 「娘の娘、孫のすえ美和みな

と言うと、その少女が軽く頭を下げた。

 「学校は?」

と美寿枝さんがきくと、その陶美和はかしこまって

「あ、四月から白姫しらひめ高校の一年生です」

と言う。

 美寿枝さんが、万次郎報道局長に向けてにんまり笑った。

 「あんたの後輩」

 「あっ」

とその陶美和が声を立てた。そこに美寿枝さんがさらに追撃のひと言。

 「先輩のいいところはまねして、悪いところはまねしちゃだめよ」

 陶美和はどう言っていいかわからない、というようすなのはいいとして。

 大塚万次郎報道局長も固まってしまった。

 まあ。

 そうだろうな。

 その高校の生徒だったとき、食い逃げ常習犯だったんだから。

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