第62話 ファーストコンタクト!虫の人!!

「あのー、ムークさんにお客様がいらしてるんですけど」


「モゴモモモ?」


 ブンブクさん夫婦のお店から帰り、カマラさんのお手伝いをしていたアカも合流して夕ご飯を食べていると……アリッサさんがそう言ってきた。

お客さん?ボクに?

誰だろう……この街っていうか、この世界に知り合いあんまりいないんだけど。

あ、ちなみに夕食はよくわかんない美味しい肉のステーキとサラダとスープです!今日も美味しい!!


 ともかく、口の中の肉を飲み込む。


「オ客様……?」


「まさか……先日のサル共!」


 お肉を頬張ってニコニコしていたロロンの目が、一瞬で怖くなる。

おやめなさいロロン!それはステーキを切り分けるナイフであって失礼な人間を刻むウェポンではありませんことよ!?


「それこそまさかですよぅ!あーんな人たち、二度とウチの敷居も跨がせませんし!何より取次もずぇったいしませんよぅ!!」


 お代わりのパンを握り潰し、アリッサさんは目を吊り上げて怒っている。

ああああ……固くて美味しいパンさんが……

ま、まあそうか。

アリッサさん姉妹もあの連中が露店でやらかしたことを聞いたらしくって、えらく殺気立って怒ってたもんねえ……さっきまで。


「じゃじゃじゃ……お、おもさげながんす!……しぇば、どういったお方でやんしょ?」


「皆目見当ガツカナーイ」


 ロロンがこっちを見てくるけど、そんなにまん丸でカワイイお目目で見られてもボクにもわかんない!


「あの、この宿に虫人さんが泊まってるって聞いて尋ねて来られたようです。ムークさんの……同族?かはわかりませんけれど……虫人の方ですよう!」


 虫人さんだって!?

こ、この国どころかこの世界に来てから初めてだ!

ボク以外のむしんちゅを見るのは!!


「それで……礼儀正しい方だったので、受付前でお待ちいただいてるのですが……どうされます?ムークさんたちが嫌なら、お引き取り願いますが……」


 む、ムムム!

アリッサさんのお眼鏡にかなう人なら、変なのじゃないでしょ!

これは……ボクも是非会ってみたい!

知的好奇心で!!

何の御用か気になるし!!


「会イマスヨ。今カラ行キマス!ロロンタチハソノママ食ベテテモ――」


「アカも!アカも~!」「ムギュン!」


 言いかけると、まずアカが頬に飛びついてきた。

続いて、口元を綺麗に拭ったロロンも立ち上がる。


「ワダスも行ぎやんす!」


「ハイ……」


 まあ、宿の中なら危険はないだろう……ないよね???

仕方あるまい、皆で行こうか!

トモさん!ボクが変なこと言わないように教えてくださいね!


『変なこと……ふむ、基本的にむっくんはいつも変なことを言いますからね……』


ひどいや!!



・・☆・・



 食堂から出て、玄関に向かうと……そこに、虫人さんがいた。


「む、そなたが東から来た旅人であるか」


 備え付けの椅子に腰かけて待っていたその人が、物音に気付いて立ち上がる。

お、大きい……楽に2メートルはあるよ!!


「ハイ、コンバンワ。ムークト申シマス」


「うむ、急な訪問に応えていただき感謝に堪えぬ」


 その人は、体をすっぽりと緑色のマントで覆っていた。

露出しているのは、まるで鎧のような手と足の先。

そして……マントから出ている、頭部。


「この街には旧知の者がいてな。見慣れぬ虫人が妖精を連れて旅をしていると聞いて、興味が湧いたのだ」


 大きな黒い目と、額?から天に向かって伸びた長い角……いや、触角。

先端が二つに分かれた、太く大きい触角だ。


「名乗りが遅れてすまぬ。拙者、【大角】のゲニーチロと申す」


 そう、その人……ゲニーチロさんは、黒檀色のカブトムシっぽい虫人さんだった。

懐かしきボクの進化前……ずんぐりむっくりカブトムシ形態がそのまま順当に成長して、8頭身くらいになったらこうなるかな~……的な感じ!!

とっても強そうで格好いい、そんな大人の虫人さんだ!


 ちなみに声は低くて渋い、まさにダンディって感じ!

ボクと同じように虫っぽい口なのに、とっても流暢で羨ましいなあ!

あと、翻訳のバグなのかわかんないけどサムライみたいな喋り方ですね?


「お、【大角】……!?こ、こちらも名乗りが遅れて、おもさげながんす!【跳ね橋】のロロンと申しまっす!」


「アカ!アカ!よろしく、よろしくぅ!!」


 二つ名だか住所だかに畏怖を感じたっぽいロロンが慌てて名乗り、その頭に乗っていたアカも空中へ飛び出して謎ダンスしながら自己紹介。


「おお、コレはご丁寧に……なんと可愛らしき妖精殿よ。それに……【跳ね橋】氏族のご縁者とは。ロゴダール老師はご健在であらせられるかな?」


「じゃじゃじゃ!?ひいじっさまをご存じでやんすか!?」


「ほほう、老師のひ孫殿であったか……ふむ、成程アゼロさんのお若い頃によく似ていらっしゃる……これはまさしく奇縁なり!」


「ば、ばっさまも!?」


 なんか、ロロンのひいお爺さんとかと顔見知りらしい。

彼女が知らないってことを考えると……この人、結構なご高齢でいらっしゃる?

そして世間って狭いねえ!


「ふむ、どうやらお知り合いのご様子ですね……虫人さん、立ち話もなんですから食堂へどうぞ。ケマなどご用意いたしますので」


 いつのまにか横にいたクラッサさんがそう言い、笑顔で手招きをする。


「店主殿、これはかたじけない……」


「いえいえ、ムークさんはよいお客様ですから。そのお客人ともなれば当然のことです」


 ボクはいいお客様だった……?

いや、アカの存在が大きいね、たぶん。


『身の程を知るよい虫ですね、トモさんポイントは明日付与しますよ』


 どんどん溜まっていく謎ポイント!!



・・☆・・



「成程、よもや【帰らずの森】から旅を……さぞ、苦難続きであったことでしょうな。このゲニーチロ、感服いたす」


「イ、イエイエソンナ……」


 温かいケマを飲みながら、ボクの出自を説明した。

『クソデカ森林で生まれて天涯孤独、大きく育ったので外の世界が見たくなって旅をしている』っていう感じでね。

嘘は言っていないよ、嘘は。

ただ、ボクが目下生後一年未満だと言っていないだけでね!

ボクは現状、しっかり他の人と意思疎通をできているわけだけど……魔物なのか虫人なのか微妙な立ち位置を開示しても百害あって一利なしって思って。


『前にも言いましたが、魔物と人の境界線は曖昧です。曖昧ですが……まあ、その方が無用な厄介ごとを避けられていいでしょう。外見から判断するのは不可能ですがね』


さすがトモさんは頼りになるなあ。


「ムーク様には死にそうなところを助けていただきやんした……このロロン、未だにその大恩をちくっとも返しきれていねえのす!」


 ロロンが熱弁で補足してきた。

いやいやいや、あの時はそこまで危機的な状況じゃなかったと思うよ、今思うと。

ロロンむっちゃ強いし、空から落ちてパニックになってただけでさ。

落ち着いたら森狼くんくらい楽にコロコロできたでしょ。


「アノ、気ニシナイデイイカラ……ホントニ……」


「これはワダスの矜持でやんす!」「ハイ」


ボクの意見は彼女に全く届かないのだ……これ以外は聞き分けもいい子なんだけど。

これだけはもう、どうしようもないのだ……

ううう、心苦しい。


「はっはっは、アルマードの女性は情が深くそして……背中の装甲よりも強情である。ムーク殿、諦めた方がよろしいですな、はっはっは……」


 ゲニーチロさんは面白そうに笑って、ケマを煽った。

虫人さんって外から見てると本当に表情がわかんないね……ボクもこうなんだろうか。


『いえ、むっくんはよく狼狽したり痙攣したりしていますので。ぶっちゃけた話とても分かりやすいですよ』


……じ、人生経験が、な、ないから……こればっかりは……ど、どうも。


「アカ殿、口寂しいのならこれでもいかがか?拙者が暇な時に作ったポルポの種を炒ったものである」


「あんぐ、ぽりぽりおいし!おいし!」


「はっはっは、可愛らしいことである」


 そしてアカはゲニーチロさんから、クソデカ向日葵の種的なものを貰ってご満悦だ。


「ムーク殿とは本当に仲がよろしいのですな、これほど人に慣れた妖精を見るのは久方ぶりであるよ」


「んぐんぐ……おやびん、だいしゅき!いっつもアカ、まもってくれる!アカ、ずうっといっしょ!おやびんといっしょ!!」


 ……アカン、泣きそう。

ボクちょっとトイレで号泣してきていい?


『ないでしょう、涙腺。謎の叫び声が聞こえてくる恐怖の宿屋の噂が立ちますよ』


心霊スポット扱いはやめろください!!


「ムーク殿はいい親分であるな。知っての通り妖精は魔物やよからぬ輩に狙われやすい……くれぐれも、ご注意を」


「ハイ、ボクノ大事ナ家族デスノデ。全力デ守リマス」


「はっはっは、これはいらぬお節介でありましたなあ」


 一瞬ボクを射抜くように見たゲニーチロさんは、肩を揺らして笑った。


「アカも!アカもおやびんまもる、まもるぅ!」「ンギャグググ」


 アカさんや、種を持ったまま突撃してくるのはやめようね!

ほっぺたに鋭利な角が突き刺さったからやめようね!!


「コレは仲睦まじいことである……良きかな、良きかな」


 それを見て、やっぱりゲニーチロさんは楽しそうに笑うのだった。



「さて、思いもかけず長居をしてしもうた。店主殿、これはケマの代金にござる」


「いいええ!いただくわけにはまいりませぇん!!」


「しかし……」


「どうしてもとおっしゃるなら、今度お泊りの際に!是非!是非ですよぅ!!」


「むむむ……」


 なにやらアリッサさんと押し問答をしていたゲニーチロさんだったけど、お金は受け取ってもらえなかったようだ。

この世界、頑固な女性多いね……


「……さて、拙者はこれで失礼いたす。急な訪問に対応していただけてかたじけない……この国で、よき虫人に出会うことができて嬉しく思う」


「イエイエ、ボクモ自分以外ノ虫人サンニ会エテ嬉シカッタデス」


 虫の口でも、これくらい流暢に喋れるってことがわかってよかった!

いつかボクもペラペラ虫になれるように頑張るぞ~!

毎晩寝る前に早口言葉の練習とかしよう、きっとしよう! 


「はっはっは……それでは、拙者はこれで」


 その声に、ボクの頭から飛び立ったアカが手を振る。


「おじーちゃ!またね!またね~!」


 こ、こらアカ!おじいちゃんなんて言っちゃ……ロロンのひいおじいさんの知り合いなら、おじいちゃんなんかな?


「はっはっは、うむ、それではまた」


 ……大丈夫だった、たぶん。


「お気をつけてお帰りなっせ」


 ロロンもボクの横で頭を下げている。


「うむ、老師はよきひ孫殿を持たれたのう……実りある渡世流しを行われよ、そなたの前途に光の加護があらんことを」


 最後に何か格好いいことを言って、ゲニーチロさんは雑踏に消えていった。


 うううん……渋くって格好いいなあ。

ボクもいつの日にかあれくらいのイケメン虫になりたいもんだね~!



・・☆・・



「……お頭」


「姫様もいささか心配性だな。拙者に護衛なぞいらぬと申したであろう」


「いえ、これはわたくしの独断で御座います。責めはいかようにも」


「はっはっは、よいよい」


「……それで、如何でしたか」


「かの御仁か?拙者は初めから疑っておらんかったよ……時期も、目立ち方も、とても影の者ではない」 


「……そう、でしたか」


「安心したか?彼は本当にただの虫人よ……いや、しかし」


「何か、ご懸念でも?」


「いやなに、孤児の割りに性根が曲がっておらぬのが珍しくてのう。図体に比べて少し口が回らぬのは……生まれ故であろうか、なんとも不憫なことよなあ」


「左様でございましたか」


「うむ、万事心配はいらぬよ。おっと、張り付くのはやめておくがよかろう……中身は純朴で真面目だが、かなりの修羅場を潜っておる……害意はすぐに気取られるぞ」


「……御意」


「そう固くならずともよいわ。それでは帰るとしよう……まっこと、よき出会いであったなぁ、はっはっは」

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