第54話 語尾にニャ!それどころじゃないのはわかってるけど語尾にニャ!!


『アカ!このままの方向になんか見える?』


 棍棒を構えて、上空のアカに念話を飛ばす。


『みえなーい!くさむらばっかり!ばっかりぃ!』


 ふむ、ボクから見ても正面は丘へ続く草むらと林しか見えない。


「ムーク様、来やんす!」


 ロロンが鋭く叫んだ。


『おやびん!あっこ!あっこ!』


 それと同時に追加念話。

真正面の林、その奥で何かが動いた!


「オーム!ビゼーゼ・ビゼーゼ……!」


 右手で槍を持ったロロンが、詠唱しながら空いた左手を素早く動かす。

足元の土が震えて、寄り集まりながら空中へ登っていく。


 ボクもそれに合わせ、魔力を練る。

お腹の下的な所から……触角へと!


 さあ来い!油断はなし!

何の魔物か知らないけど……顔を出した瞬間に脳天をストライクしちゃるぞ~!

むんむんむん……魔力充填、完了!!


『おやびーん!まものちがう、ちがうぅ!』


 ――発射キャンセルッ!!


「ロロン!何カ違ウミタイ!」


「合点でやす!……オーム・バザン・ヤグン・ウーム・スヴァーハ!」


 空中の土はロロンに纏わりつき、以前見た土の鎧へと変形した。

その魔法やっぱりカッコいいよねえ……ボクも使いたい!


 触角に魔力を溜めたまま待機していると、林を突き破って影が走り出てきた!


「――おおおっ!?ま、待て待て待ってくれ!!魔物じゃねえ!魔物じゃねえよッ!!」


 ボクらを見て急ブレーキをかけ、背の低い草むらから上半身を出しているのは……獣人だった。


「冒険者か!?アンタら、ガラハリの冒険者なのか!?」


 その人は簡素な作りの革鎧っぽいものの残骸を身に着け、体中にできた細かい傷から血を滲ませている。

パッと見て少年と青年の中間くらいの……灰色のネコっぽい獣人の男だ。

随分ダメージを受けてる……何があったんだ!?


「ソウダ!」


 詳しく説明するのも長くなるので、短くそう答える。


「たすっ!助けてくれ!助けてくれよっ!」


 ネコさんは草むらをかき分け、こちらへ走り寄ってくる。

うわ……こうして近くで見ると、結構傷が深いんじゃないの?

すぐに死ぬほどじゃないけど、毛皮に血が沁み込んでまだら色になってる……!


「落ち着きなっせ!魔物に襲われたんでやすか!?」


 油断なく槍を構え、ロロンが叫ぶ。


「なかっ仲間が、魔物、採石場、襲われっ!」


 駄目だ、なんか完全にパニックになってるっぽい!

支離滅裂な感じだ!ちょっと何言ってるかわかんない!



「 ば や め ぐ な ァ ! ! 」



ピエッ!?!?

ロロンの声に体がビリビリするゥ!?

こ、これは……ガラッドのランゴさんがやったみたいな、魔力を乗せた咆哮!?

ロロンもできたんだ!?


 この効果は絶大だったみたいで、ネコさんはその場に尻もちをついて呼吸を整え……やっと、幾分か落ち着いた様子になった。


「あ、ああ……す、すまねえ……」


「……落チ着キマシタカ?」


 いつでも衝撃波を放てるようにしたまま、ゆっくり近付く。

そんなことはないと思うけど、怪我人に偽装した盗賊って可能性もなくはないし。

変な動きをした瞬間に……顔面に溜め衝撃波をぶち込んでやる。


『油断虫のむっくんが立派になって……』


 力が抜けちゃうからやめてくれませんか!?



「……俺はターロってんだ。一昨日仲間と【ゾルトバ】から来たばっかりなんだ」


 ボクが渡した水入りの革袋を煽り、ネコさん……ターロさんは完全に落ち着きを取り戻した。

あ!街に来るときに一緒になったタヌキさんが出稼ぎに出てたって街だ!


「で、今朝からこの先にある山に入ったんだよ……依頼は討伐だ、【ギーガン】相手のな」


『ギーガン……岩山によく生息している、岩に擬態するリクガメのような魔物です。多少は硬い甲羅を持っていますが……それほど凶暴な魔物ではなかったハズです』


 ふむ。

色んな魔物がいるんだねえ。


「じゃじゃじゃ?ギーガンはさほど危険な魔物では……」


「違う!ギーガンの群れに……黒曜ゴーレムが混じってやがったんだ!」


 こくようゴーレムぅ?

あれ、なんか聞いたことがあるような……?


『カブトムシ時代のむっくんの腕を捥ぎ取ったゴーレムですよ。体のパーツを飛ばしてきた、あの』


 あああー!!

アイツかあ!!アレは痛かった……地味に動きも速かったし!

黒い森オンリーの魔物じゃなかったんだね、黒かったからてっきりそうだとばっかり……


「会ったばかりのアンタらに頼むことじゃねえのはわかっているが……助けてほしいんだ!仲間が2人、ひでえ怪我で動けなくって隠れてるんだよ!」


 ターロさんは、自分の傷も顧みずに必死で頭を下げている。

あああ……傷からの出血が凄い!


「黒曜ゴーレムト、戦エッテ?」


 あの頃は手も足も出なかったけど……今ならどうだろう?

流石に水晶竜よりは強くないんじゃないの?


「違う!流石にそこまで厚かましくねえ!ポーションねえか!?……街まで走って買いに行く予定だったんだが……もし、アンタらが持ってるなら!当たり前だが金は払う!相場の倍でも払うから!!」


 そう言って、ターロさんは腰のポーチを開く。

そこには、金色の100ガル硬貨と白色の1000ガル硬貨がぎっしり詰まっていた。

おお、小金持ち。


「前金で払ってもいい!なあ頼む、持ってるなら譲ってくれ!!」


 ふむ……お金は本物に見えるし……どうしよっか。


「おやびん、どうしゅる、どうしゅるぅ?」


 肩のアカの声に、ボクは考えを決めた。

ここで断ると後味が悪いし……なにより、アカの教育に悪い!気がする!

なんでもかんでも助ける気はないけど、惜しむほどのものでもないし!


 ロロンに視線を向ける。

不安そうに瞳を揺らして……ボクを見ている。

ふむ、どうやらロロンも善人サイドの意見があるらしいね。

よし、パーティー内の意見は統一された!


「中級ポーション、4本アリマス」


 本当は6本だけど、残りは緊急用だからね。


「ほ、本当か!?是非買い取らせてくれ!1本15000……いや!20000ガル払う!!」


 お、買った時よりもお高い!それどころか2倍だ!

ロロンが小さく頷く……ヨシ!


「譲リマス。一緒ニ行キマショウ」


「い、いいのか!?」


「エエ、オ金ハ後デ結構デス。ボクラモ依頼デ来テルンデ、丁度イイデス」


 これで騙されたら……まあ、それはそれで痛い勉強になるかな。

いざとなれば、2人を抱えて衝撃波飛行でトンズラするだけだし。


「あ、ありがてえ……こっちだ!来てくれ!!」


「ア、先ニ1本ドウゾ」


 ターロさんにポーションを渡す。

その怪我で走り回ったら出血多量で死んじゃうよ。


「す、すまん!!」


 ターロさんが栓を抜き、中身を頭からかぶる。

すると、みるみるうちに傷が治っていく。

ふわー……ポーションって便利だなあ。

もうこれだけでいいんじゃない?


『ポーションは、人体の自然治癒力を増幅する効果があります。みだりに多用すると、傷は治っても体力が底を尽いて衰弱死……ということもありますからね』


 ……美味い話って、なかなかないなあ。


「うん、こりゃあいいポーションだ!……よし、すまねえが来てくれ!こっちだ!!」


 元気を取り戻したターロさんが踵を返し、林の方へ走り出す。

ロロンと視線をかわし、ボクらも後を追って走り出した。



・・☆・・



「ミーヤ!マーヤ!」


「ターロ!?もう帰って来たのニャ!?」


 ターロさんの後について走ること、小一時間くらい。

草むらは林になり、林はまた草むらになり……ゴツゴツとした岩が目立つ、草もまばらな山へと到着した。

前世では特撮の撮影にでも使われていそうなそのロケーション。

そこへ入り、丘を一つ越えた所に2人の獣人さんがいた。

周囲を、大き目の岩で囲ったような死角になっている。

山の中腹の広場、って感じの場所だ。


「おお!いい所でいい人に会ってよ……マーヤ!マーヤ!薬が来たぞ!!」


「少し前に気を失ったニャ!脚の出血が酷くて……!!」


 語尾にニャを付けるという、前世ではフィクションの中にしかいなかった存在。

ターロさんに涙目で話す……三毛猫っぽい柄のネコ獣人さん。

そして、彼女の太腿を枕にぐったりと動かない……真っ黒なネコ獣人さんだ。

黒猫さんの方は、右の内ももから表にかけて深い傷を負っている。

顔の毛皮で少し見えにくいけど、顔色はもう蒼白に近い。

荒い息をこぼしながら、力なく横たわっている。

簡単な止血はしているみたいだけど、巻かれた布は全体に沁み込んだ血液で真っ赤だ。


「ドウゾ!」


 ポーチからとりあえず2本のポーションを取り出して、ターロさんに渡す。


「ありがてぇ!ムークさん!……ミーヤ、たのむ!」「はいニャ!!」


 三毛猫……ミーヤさんが口で栓を引き抜いて、ポーションを煽る。

えっそっちが飲むの?……って思ってたら、口いっぱいにポーションを含んだまま寝ている黒猫……マーヤさんの包帯を緩めた。

途端に、血が噴き出る。

その傷口に、直接口を付けてミーヤさんがポーションを吹き出した。

っていうか、半分傷口に流し込んでる感じ!


 傷口から溢れる血に緑色のポーションが混じり……やがて、緑色だけになった。

血が止まったんだ。


「っぷは!一番デッカイ傷はコレでいいニャ!後は背中の傷を!」


「おいミーヤ、お前だって怪我を……」

 

「アチシはまだ大丈夫ニャ!先にマーヤニャ!!」


 ミーヤさんがマーヤさんをひっくり返し、真っ赤に染まった皮鎧を脱がし始める……が、傷の影響か、彼女自身も手が震えてうまくできないようだ。


「お手伝いば、するのす!」


「あ、ありがとニャァ!」


 すぐさまロロンが走り寄り、骨ナイフで接合部の革ひもを切り離していく……うん、いくら治療だからって男?のボクがじろじろ見るべきじゃないよね!


「おやびん、なんかくる!くるぅ!」


 治療風景を心配そうに眺めていたアカが、キッと顔を上げた。


 ボクらがいる岩に囲まれた区画……その、岩と岩の切れ目から先が見えた。

不揃いな岩がまばらに転がる広場。

そこに、真っ黒い岩が新たに転がってきた。


 いや、岩じゃない、アレは――!


「なんてこった、最悪だ……!」


 ターロさんが呟いている間に、その大玉みたいな黒い塊が変形した。

短い脚、太くて長い手……そして、首のない、頭部!


「黒曜ゴーレム……!」


 鎖骨あたりにある赤い目を点滅させ、5メートルくらいの黒曜ゴーレムが立ち上がった。

嫌な時に!嫌なやつが!!

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