第52話 (おそらく)元人間なのに、人間さんが嫌いになりそうな今日この頃。

「――笑えない冗談はおよしよ、坊ちゃん」


 少しだけ声にいら立ちを乗せ、カマラさんが答えた。

アカが売り物か、だってェ!?

なんって失礼な人だ!いったいどんな――


 ――アアア!!さっき宿屋で追い返されてたクレーマーの金髪男ォ!!

後ろに綺麗所を従え、なんとも嫌な笑みを浮かべている。

せ、性格の悪さが顔ににじみ出ている……!!

イケメンが台無しだ!!


「冗談のつもりはないんだがな。お前が飼い主か?言い値で買い取ってやるから、好きな値段を言うがいい」


『アカ、ボクのマントに入って』『あいっ!!』


 ニヤニヤととんでもない発言をする男を無視し、念話を飛ばす。

アカはすぐさま飛び上がって、ボクの懐へ。


「――寝言はね、寝ている時に言うもんさね。飼い主だって?アンタ、育ちの悪さが口ぶりに出てるねえ……」


 一瞬アカに気を取られた男に、カマラさんの痛烈な発言が襲い掛かった。

ヒューッ!カッコいい!!


「なんだと、この婆!」


「なんだい?本当のことじゃないか、糞餓鬼。その訛り……おおかた【アーゼリオン】からの旅行者だろうが……」


 いきり立つ男に、カマラさんが僅かに身じろぎをした。

ローブが少しだけ動き、宝石が嵌められた杖の先端が顔を覗かせる。



「――ここは、ラーガリさね。そちらさんの故郷の、カビが生えた風習を持ち込むのはやめとくれ、商品が腐っちまう」



 今までよりも数段ドスを利かせ、迫力満点の声でカマラさんが言った。

ま、魔術師だったのか……!


『ちなみに今カマラさんがおっしゃった国の正式名称は【アーゼリオン王国】、北の国のことですね。人類至上主義の、むっくんの天敵国家です』


 トモさんペディア!助かる!!

ボクの天敵かどうかは知らないけど……少なくともこの男とは絶対に仲良くできそうにない!


「っこの……!」


「それにね、この妖精はアタシの家族じゃない。このお人の家族さ」


 男たちの視線がボクに向く。

うわ……こんなに侮蔑の感情がわかりやすいのって初めて!

転生してから初の、差別的視線!!

ある意味新鮮!!


「……そうかそうか、この国ではお前らも奴隷ではなかったな。虫人よ、さっきの話なんだが……」


「――嫌ドス」


 あ!ちょっとムカッとしすぎて舞妓はん的な言葉遣いになっちゃった!恥ずかしい!!

思ったよりムカムカしてたみたい!ボク!!


「ドコニ世界ニ、家族ヲ金デ売ロウッテ人ガイルノサ? ……アア、オ兄サンノ国デハソウナンデスネ? 貧乏ナ上ニ心マデ貧シクテ、ホントニ大変デスネエ……?」


「なん、だ、とォ……!!」


 男の顔が真っ赤に染まる。

わー!元が色白だからトマトみたいで不格好!


『む、むっくんが煽り虫に……!?』


 だって腹立ってるもん!もん!

アーマードエルフとは違う感じだし!

一応!あの人たちは妖精を神聖視してたからまだいいけど……!!

この男はまた違う!!

……よくもボクの!世界一かわいい家族をペット扱いしたなァ!!


 許さんぞ!虫けらァ!!

……ボクだった、虫けらは。


『アカ、背中の方に隠れてて』『あいっ!』


 アカの移動に合わせて、立ち上がる。

怒り顔のままボクを見ていた男の視線が、上にズレていく。

ふふふ……進化した甲斐があって、背が高くなってよかった!

男よりかちょっと低いけどね!畜生!!


「――失セロ。タトエ殺サレタッテ、家族ハ売ラナイ!!」


 ぎゃち、とボクの口が四方に全開になった。

あ、ヤッバ。

触角に雷まで出ちゃった!まあいいか!!

見た目が完全にアウトだけどね!この場合は迫力があってヨシ!!


 そして、横のロロンもすっくと立った。

街中ではいつもしている、槍のカバーを外して。


「――毛無し猿如きが、さかしらに共通語ば喋んな。槍の錆さ、なりてえが?」


 ヒィ!!

敬語が消えたロロンが超怖い!ボクよりコワイ!!

ちょっと!槍の穂先に魔力が無茶苦茶通ってるんですけお!?


「――失せな、お坊ちゃん。しょんべん漏らす前にね……それとも、別のモノも漏らしたいかい?」


 駄目押しに、カマラさん。


「人外風情が調子に――」


 まだ何か言おうとした男だが、ふと言葉を止めて周囲に視線を走らせる。



「テメエ吠えるじゃねえか、ラーガリでよ」「周り中獣人まみれだってのに、北の阿呆は命知らずだねえ」「兄さん、喧嘩なら安値で買ってやるぜ」「死にてえなら抜きなよ、小僧。ラパーナのサラダみてえな御面相にしてやらあ」



 ボクらの会話が聞こえていたんだろう。

露店をしている商人や、その護衛の冒険者っぽい人。

さらには通りがかりの威勢のよさそうな獣人さんまでが、何人も殺気立った視線を向けて口々に言っている。

わわわ、もう武器抜きそうな人もいる!?

援護がいて嬉しいけど、皆さん喧嘩っ早すぎでは!?


「――ッ!?……っち、行くぞ」


 さすがに顔色を変えた男が、後ろの2人と一緒に踵を返した。


「とっとと国に帰って凍死しろってんだ!北の雑魚がよ!」「この国で好き放題できると思ってんじゃねえぞ!」「いつか戦になったら覚悟してろよな!カス!!」


 その背中に、四方八方から罵倒がぶつけられている。

うーん……全然!同情!できない!!

みなさーん!もっと言ってやってくださーい!!


「まったく……困ったもんさね」


 溜息をついて、カマラさんが杖をしまった。


「アノ、皆サン……アリガトウゴザイマス」


 周囲の人たちに頭を下げておく。

すると、マントから出たアカがボクの頭に登って言った。


「ありあと!ありあと~!」


 殺気立っていた皆さんのうち、年齢層の高い人たちが表情を崩す。


「いいってことよ!気にすんな!」「妖精の嬢ちゃん、ウチの飴も1つやるよ!ほっぺたが落ちちまうぞ?」「親分さんよ、かわいい子分にどうだい?ミラッシ産のハンカチは肌触りがいいぜ~!?小さいお嬢ちゃんの寝具に一つ!」


 ねぎらいに続いて宣伝まで始まっちゃった!?商魂たくましい!!


 それにしても……転生してから初めて出会ったマジで嫌な人が人間さんって、どうなの!?

ボク、一応元人間なのに人間さんが嫌いになりそうだよ~!!


・・☆・・



「おにゃか、いっぱい……けぷぇ」


「ソリャネ、ソリャア」


 タリスマンの横に寝転ぶアカ。

そのお腹は、さながら妊婦さんの様相である。


「差し入れでひと商売できそうだねえ……」


 カマラさんがおかしそうに呟いた。


 さっきの騒動後、周囲の露店の方々が色々な食べ物を差し入れてくれたんだよね。

アカが元気にお礼を言って、しかも美味しそうに食べるもんだから……なんか、それがウケたみたい。

あとからあとから追加が来て、異世界わんこそばって感じになってた。

チョット見世物みたいになってたけど……まあ、かわいがってもらったからいいか。

周辺の露店も相乗効果でお客さんが増えたみたいで、けっこう感謝されたし。


「シッカシ、嫌ナ人間サンデシタネエ……」


「【アーゼリオン】も【オルクラディ】も、同じような選民思想の屑共が多いよ。この国じゃ滅多に見かけないけど注意しな」


『正式名称【神聖オルクラディ王国】、東の国です』


 トモさんペディアその2!

やっぱり北と東は他種族には厳しいんだねえ……返す返すも、西の国に来てよかった。 


「ともかく、【ロストラッド】と小国家群以外の人族は基本的に信用しないことさね」


 転生者、山田一郎さんが作った国!!

そっか、やっぱりあの国だけは信用されてるんだ……


「ああでも、ロストラッド出身は他種族好きが多いからねえ……ロロンちゃんがナンパされないように注意はしときなよ、ははは」


 創立者の性癖が国民に伝染しとる!?


「じゃじゃじゃ!?わ、ワダスは身持ちば固いのす!ご心配いらねっす!!」


「ふふ、そうかいそうかい」


 真っ赤になったロロンを、カマラさんが笑いながら撫でている。

完全に、おばあちゃんにたしなめられる孫の図……!

微笑ましい!!


『姿かたちは違えど、むっくんと同じ性癖のお国ですね』


 そんなんじゃないやい!ないやい!!

山田さん!遠い未来の同郷人に風評被害が及んでますよ~!!

これがバタフライ・エフェクトってやーつですか!!


『違うと思いますよ?』


 むううん!!

もっとインテリジェンス虫になりたーい!!


「シカシ、嫌ッテル国ニワザワザ来ルンデスネエ……ナンデデスカネ?」


 ボクなら一生近付かないけどな。

そう言うと、カマラさんはどこからか取り出したパイプを咥え、煙を吐き出した。

いつの間に火を……!?


「ムークちゃん、人族に限らず低級な人間ってのはね……自分より下だって思い込んでいる連中を見るのが好きなのさ。そうしないと、自分が上だって認識できない……魔物よりも、ぐうんと哀れな連中なんだよ」


「ハァ……」


 なんか、納得する。

亀の甲より年の劫とはよくいったものですなあ……


「それとも、密偵かもしれないねえ」


「嘘デショ、アンナニ目立ッテタノニ!?」


 密偵……スパイってもっとこう……静かに潜入するもんじゃないの!?


「目立つのが仕事の密偵もいるのさ。そっちに耳目を引き付けておいて、本命の密偵が調べるっていう手法もあるさね」


 おお……そういうこと!?

すごいや、カマラさん!!


「じゃじゃじゃ!カマラさんはお詳しいでがんす!」


「なんだいなんだい、やめとくれよ。こんなのはね、無駄に生きてりゃ身に着く知恵さね、ふふ」


 ロロンに褒められても、カマラさんは変わらずに美味しそうにパイプを楽しむのだった。

ううん……カッコいい!!


「でも、人族連中の妖精への執着はすごいからね……気を付けなよ、親分さん。やっこさんたち、確実にアンタらを敵視したよ」


「……ハイ、ボクノ、命ニ代エテモ」


 あの連中、アーマードエルフに比べたら全然強そうに見えなかったけど……油断だけは決してしないぞ!


「こおら、命は一つしかないんだ。やり直しなんざきかないんだからね……本気なんだろうけど、残された方のこともしっかり考えな!」


「アッハイ……」


 怒られてしまった。

カマラさん、最後の方はちょっと感情が入ってたね……なんか、昔にあったんだろうか。


『むっくんは転生組だからか、自分への優先順位が低いですからね……さすがに3度目の人生はあるかどうかわかりませんよ?』


 はい……猛省します。


「さあて……アンタらのおかげでいい稼ぎになったし、今日の所は店じまいとしようかね。どら、この近くにいい飯屋があるんだ……早目の晩飯としゃれこもうかね?」


「オ、イイデスネ!……ア、デモアカガ……」


「ごはん!ごっはん~!!」


 嘘でしょ!?もう消化したの!?!?


『ほう……一気に余剰魔力を【追加魔力庫】へ回したようです。アカちゃん、流石ですね


テクニカル食いしん坊!!

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