第51話 色んな所から人が来るんだもん、そりゃ中には変なのもいるよね…… 


「――ふざけるな!!」


 【妖精のまどろみ亭】に泊まってから翌日。

掃除の行き届いたベッドで、ボクらは3人並んで最高の目覚めをした。

そして1階に下りて、パンとサラダ、それに目玉焼き!の最高の朝食を食べていたんだけど……受付の方から怒鳴り声が聞こえてきた。


「ッチ……少し、失礼します」


 目玉焼きを頬張るアカを、厨房からニコニコ眺めていたクラッサさんが……とっても怖い顔になってカタナくらい大きい包丁を握り、出ていく。

な、なにあの包丁……武器?


「はもも……荒事でやんしょうか?」


 頬張ったサラダを飲み込み、ロロンが心配そうに呟いた。


「チョット、見テクル。2人ハソノママ食ベテテ」


 クラッサさんは背も高くて立派だけど、すらっとしていてあまり強そうには見えない。

アリッサさんに至ってはちっちゃくてかわいいからね。

余計なお世話かもしれないけど、宿泊客としては気になる。


 ちなみに、現在ここにいる宿泊客はボクらの他に2団体。

巡礼を見に来たらしい羊っぽい獣人の家族と、そこそこ年齢のいってそうな犬系獣人のおじさんたちだ。

規模が小さい宿だけあって、意外と少ないね。

あともう1人いるらしいけど、その人はもう宿を出てるんだって。



「空きがないとはどういうことだ!? さっき外から見たが、食堂には空きがあるじゃないか!」


 こっそり受付の方まで行くと……随分興奮している人がいた。


 入口で大声を張り上げているのは……わぁあ、人間さんじゃん。

転生以来2人目の人間さんだ……年齢は20代くらいの、男の人だ。

金髪のイケメンで、旅の汚れはあるけど……服装はしっかりしているね。

背中に綺麗な大剣を背負ってるし、冒険者の人かな?


 彼の後ろには、連れらしい女性が2人いる。

パッと見た感じは綺麗な人たちだけど、なんかイライラしてるねえ。

彼と同じような剣士が1人と……もう1人は杖を持ってるってことは魔術師さんかな?


「はい~、ですからぁ、先程言いました通りぃ、外出なさっているお客様もおりますのでぇ~、現在満室でございますぅ~」


 男の前に立っているアリッサさんは、昨日ボクらに向けたのとは別種類の営業スマイルを張り付けている。

喋っている感じも、無茶苦茶嫌そうな感じを隠そうともしていない。

『帰れ』って、顔に書いてあるみたい!


 しかし、満室だって……?

ああ、そう言うくらい泊まってほしくないお客さんってことね、納得。 

 

「……」


 そしてクラッサさんは、アリッサさんの後ろに立って包丁をこれ見よがしに持ったまま睨んでいる。

姉妹揃って『出ていけ!』オーラが凄いや……


「他にも宿はたぁくさん、ございますのでぇ~? ウチのようなちんま~い宿屋とは違ってぇ、大きなお宿もありますので~?」


「見え透いた嘘をつくなよ!金なら払うって言ってるだろうが!!」


 男は顔を真っ赤にして怒鳴っている。

イケメンもああなっちゃ、台無しだねえ。


「いえいえ~、どうぞぉ、お帰りになってくださぁい~」


 あ、アリッサさん……血管浮いてる。

ニコニコ営業スマイルだから無茶苦茶怖い!

なんで対面してて気づかないかなあ、あの人!?


「「 お 帰 り 下 さ い 」」


 ずいっと身を乗り出したクラッサさんが、アリッサさんと声をハモらせた。

おおう……オーラが凄いや。


「っち……獣人風情が……!!」


 男はそう吐き捨てると、足音を立てて回れ右をした。

残る女性2人も、忌々しそうに顔を歪めるとその後を追った。


 へ、ヘイトスピーチ……!!

ああいう言い方をするってことは、たぶん西の国の人間さんじゃないね。

……なんだかとっても、いやな感じ~!!


『北か東の国の住人でしょうね。典型的な人族以外への蔑視感情……ステレオタイプな人間さんですね』


 嫌なステレオタイプだなあ!!

なんでこの国まで来て文句言うのさ!

ずっと自分の国にいればいいのに!!


『さて、何か事情でもあるのでしょうね……むっくんのような異形系の虫人は特に差別されますよ。お気をつけてくださいね』


 なるべく視界に入らないようにしよっと……無用な面倒ごとの気配がする!とてもする!!

今はお祭りを控えてるから、色んな人が増えるのねえ。


「まったく……姉さん!塩撒いておいて!!朝から嫌なモン見たわ!!」


「調味料を粗末にするんじゃないの!……だがまあ、この時期はああいう手合いが増えるの、困ったものね」


 ぶつぶつ言っている二人は、こっそりのぞいていたボクに気付いた。

この世界でも塩撒け!っていうんだ。


「ああ、ムークさん!五月蠅かったでしょう?申し訳ございません!!」


「イエイエ、大変デスネエ」


 慌てて謝ってくるアリッサさんに手を上げる。

この人たちは悪くないし、あんな人たちと同じ宿は嫌だもんね。


「この時期はね!ああいう変な人族が増えるから本当に嫌なんですよぅ!獣人が嫌いならラーガリに来るんじゃないっての!バカみたい!!」


 ぷんぷん怒っているアリッサさん。

よほど腹に据えかねているみたいだね~。


「私も同意見だ……ですがムークさん、お気になさらないでください。ああいった連中を泊めることはありませんから、ご安心を!ウチはお客様をしっかり選ぶ宿ですので」


 クラッサさんは大人だなあ……まあ、お二人ともボクより絶対年上なんですけどもね!


「ふんっ!誰彼構わず泊めるほど困窮してませんしねっ!貯えがあってよかったですよぅ!」


 姉妹で経営しているけど、困ってはいないみたい。

街での生活を見る限り、この世界……暮らしていくだけならそんなにお金かからないもんねえ。


 ……武器とか防具、それに魔法具やポーションのお値段が高すぎるんじゃよ~!!

冒険者とボクに厳しくない?この世界!?


『まあ、二束三文で揃えることもできますけどね』


 それだと早晩お亡くなりになっちゃうじゃん!!

安物が死に直結するじゃん!!


『はい、よくできました。トモさんポイントを付与しますね』


 わぁい!

また謎ポイントもらっちゃった!

何に使えるのかわかんないけども!!



・・☆・・



「多イネエ、人間サンモ」


「帝国にも少しはおりやんすが……ワダスも、これほど大勢見るのは初めてでがんす」


 朝食の後、ボクらは街の見物に出ている。

相変わらず人通りが多いので、人波に巻き込まれないような場所でね。

そこは、露店の立ち並ぶところだった。

地面に茣蓙みたいなものを引き、その上に座っている。

何でここにいるかというと……


「アタシもこの街には何度か来ているけど、この時期はこんなもんさね。アカちゃん、お代わりいるかい?」


「いる!いるぅ!はもも!もももも!!」


「だぁれも取りゃしないから、落ち着きなさいな」


 ボクとロロンの横に座って、アカに干した果物をあげている人。

宿のもう1人の宿泊客さんだ。


「おいしいかい?アタシの手作りなんだけどね、ちょいと干し方にコツがあんのさ」


「おいし!おいし!」


 全身を覆う赤いローブに、いくつものカラフルな飾りが所狭しと付いている。

フードからのぞく顔は、長い白髪に覆われた長いお鼻が目立つ。


「スイマセン、カマラサン」


「いいんだよ、どうせ売り物じゃないんだから……ムークちゃんとロロンちゃんも食べな」


 少しかすれた声で笑いながら、こちらに干した果物を差し出すお婆ちゃん。

カマラさんという、旅の行商人さんだ。


 街を見物に行こうとしたら、アリッサさんにお弁当の届け物を頼まれたんだよね。

お駄賃としてサンドウィッチを提示されたボクは、ホイホイとそれを引き受けた。

場所も、宿から真っ直ぐ行ったところの市場だって聞いたしねえ。


 それで、お弁当を届けたら……とっても話しやすい人で、ここに座って見物すればいいよ~って言ってくれたんだよね。

ボク、厳ついから座ってるだけで用心棒になるからってさ。

イケメン(願望)虫に進化しておいてよかったねえ。


 カマラさんから受け取った赤色の果物を齧る。

ガブリ、ムニムニ……ゴクン!


 これは……!干しアンズみたいな味がする!!

甘みが濃厚でとっても美味しい!!

お店で売ってるやつみたい!!


「オイシイデス!」「んぐ……んめめなっす!!」


 ボクも、ロロンも大絶賛だ!

これで趣味でやってるっていうんだから……!

作り方教えてほしいなあ!!


「おやおや、女の子なんだからもう少し綺麗に食べなさいな」


「むいむいむい……」


 アカが口元を優しく拭かれてニコニコしている。

食べ方の教育……!そういえば今までそれどころじゃないから全然考えてなかった!!


「ゴ、ゴメンナサイ……」


「なんだい、ムークちゃんが親代わりなのかい?それなら仕方ないねえ……男親ってのは気が利かないもんさね」


「グウ……」


 ぐうの音しか出ない。


「じゃあロロンちゃんは母親……にしちゃ、ちょっと若すぎるねえ」


「じゃじゃじゃ!?」


 ああ!ロロンが削岩機くらい振動してる!!


「おばーちゃ、これなに?これぇ?」


「おや、これかい?これはね……体に着ける魔物避けさね。そんなに大した効果はないけど、狼くらいは避けて通るねえ」


 アカ!ナイス話題逸らしだ!!


「これは?これはぁ?」


「そっちは子供用のお守りさね。少しだけ病気にかかりにくくなるのさ」


 カマラさんが、目の前の茣蓙に布を敷いて並べている商品……それは、金属の台座に色とりどりの宝石を嵌めた、紐付きのお守りだった。

ええっと、タリスマン?とかいうお守りだっけ?

初めは1人で行商なんて大変だな……って思ってたけど、これなら場所を取らない上に換金率?も高そう!


『そうです、身に着けるだけで効果を発揮する簡単な魔法具ですね。ここの商品はかなり魔力の通りがいいですね……カマラさんは、中々の腕をお持ちの魔術彫金師なのでしょう』


 魔術彫金師!

な、なんてファンタジーな職業なんだ……!!


「おやびん、よくケガしゅる!いいのない、なぁい?」


 アカ!?

いいよボクは!?寿命で治るし!!

……寿命で治るって表現、我ながらなんかやだね……?


「あらまあ、そうなのかい?」


「たたかうとき、おやびん、いっつもまえ!いちばんまえ!」


「そうかいそうかい……なぁるほど、いい親分っぷりじゃないのさ、ムークちゃん」


 カマラさんがこちらを見て、カカカと笑った。

フヒヒ、背中がくすぐったいです!!


 あ!今顔が見えた……ムムム……狼さん、かな?

日向ぼっこして寝てるワンちゃんみたいに、優しそうな顔してるけど。


「んだなっす!ムーク様はいい親分さんでがんす!ごの前なんぞ……」


「ヤメテヤメテ」


 ロロンが顔を赤くしてボクの武勇伝を語り始め、ボクが必死にそれを止めていた時だった。



「――おい店主、そこの妖精は売り物か?」



 なんとも、不躾な声がかけられた。

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