第46話 雨の道行き……風情?今はいりませぇん!!

「っち、あと少しだってのに……頼めるか?」


「ハイ、大丈夫デス」


 舌打ちするドラウドさんを横目に、竜車から飛び降りる。

すぐさまボクの全身に、ざあざあと雨粒がぶつかってきた。


「ウヒャア」


 びっくりはするけど、なんたってボクは全裸。

服が濡れる心配は皆無なので問題ない!

全裸がデフォのむしんちゅでよかったあ。

ベルトはしてるけどね。


『どうしましょう、むっくんがストリーキングに……』


なってないやい!!



・・☆・・



 ドラウドさんの鼻は大したもので、今朝出発するや否や雨がざあざあ降ってきた。

地球で言う所のスコールみたいな感じね。

前が見えないくらいの土砂降りだ。


 新しくした屋根で荷台は大丈夫。

大丈夫なんだけど……問題は別の個所で起こったんだよね。


「ンショ……イイデスヨ!」


「あいよぉ!そらっ!頑張ってくんな!」「ギャルゥウ!」


 荷台に手をかけて浮かすと、走竜ちゃんの雄々しい……雄々しい?声が聞こえてググっと竜車が前に進む。

ふう、あんまり深くなくってよかった。


 そう、問題とはこの道の状況である。

朝からの豪雨でぬかるんだ道がもう、沼みたいになっててさあ。

何度もこうやってスタックするんだよね。


「おやびん、だいじょぶぅ?」「お、おもさげながんす……」


 荷台からひょっこり顔をのぞかせるアカとロロン。

2人とも申し訳なさそうな顔をしている。

特にロロンの方は濡れると大変なので、荷台に待機してもらってるんだ。

風邪でもひいたら大変だからね。


 ドラウドさんなんかは毛玉状態だし、手伝ってもらうのも悪いし。

あと、雇い主だもん。

コレ大事。


「大丈夫大丈夫、ボク、濡レテモ平気ダシ」


 後で拭けばピカピカになるからね、このインセクトボディは!

ちなみに、毛皮マントは濡れるといけないので荷台に避難させている。

今はすっかりアカの布団と化している。

しきりに匂いを嗅いでるけど、そんなに臭いんだろうか……


「シバラク道ガ悪イデスカラ、横ヲ歩キマスヨ」


 御者席の横まで行き、そう声をかける。

毎度毎度拭いてたらタオルが何枚あっても追いつかないし。


「すまねえなあ……報酬は弾むぜ」


「イエイエ、コノクライ」


 申し訳なさそうなとこ悪いけど、ボクは本当に大丈夫なんだ。

いつぞやの下水と違って、綺麗な雨だしね!


『勤勉虫ですね、私も鼻が高いです。周辺の索敵はお任せくださいね』


 トモさんは朝から上機嫌ですなあ。

あと勤勉虫ってなにさ。

どんどんボクの謎呼称が増えていくよう……


『あら、コマし虫がお気に入りですか?』


 ちょっとォ!それは禁止カードですぞ~!!

この世界に名誉棄損が存在していないのが残念でならない!ならない!!



・・☆・・



『むっくん、気付いていますか?』


 しばらく歩き続けていると、不意にそう声をかけられた。


 ふふん、ボクを甘く見ないでいただきたい……!

とっくに気付いていますよ!


湿気のせいか、ロロンの髪がもっふもふになってることでしょ?

本人は鬱陶しそうだけど、あれはあれでかわいいよね!


『……トモさんポイントを剥奪しましょうかね、これは』


 ジョーク!インセクト・ジョークですがな!?

謎ポイントでも減るのはなんかやーだ!やーだ!


 トモさんが言ってるのは……後ろから一定の距離で付いてきている音のことでしょ!?


『はい、よくできました。この竜車の後方50メートル前後……視界では確認できませんが、何かが追ってきています』


 さっき歩き出してから気付いたんだよね。

なーんか雨音とは違う音がするなって!


 すっ、と右手を動かして一瞬後方へ振る。

それだけで伝わったようで、御者席のドラウドさんは自然な動作で鉄棒を手元に寄せた。

荷台の2人も、少しだけ体を緊張させている。


『荷車ではありませんね、散発的な足音……恐らく生き物です』


 ムムム……ひょっとして盗賊、とか?


『判断材料が少なすぎますね、ですが……ロドリンド商会の馬車を、雨中とはいえこんな時間帯に襲うでしょうか?』


 あ、たしかにそうかも。

この商会に手を出す=赤錆がすっ飛んでくるんだもんね。

そこらへんの盗賊程度じゃ手も足も出ないだろうなあ。


『ちなみにですが、むっくん。もしも相手が盗賊だとして……あなたは人間を殺せますか?』


 ……むうん。

あのね、トモさん……引かない?


『ふむ、内容によりますが……その、世間一般から逸脱した性癖等だと少し……』


 トモさんはボクをいったいどんな虫だと思ってるのか!!

この雰囲気で性癖開示なんかするわけないでしょォ!?


『むっくんは少々突飛な所がありますので……』


 それでもロックすぎるでしょ!?

まったくもう……


 それで……殺せるかって?

そりゃあ、好き好んでコロコロしたいとは思わないけどさ……でも、命の優先順位はしっかり付けてるよ。

まず第一に、アカやロロン。

そんで……その次に子供とかお年寄り!

その次は……今回だとドラウドさんみたいな人、かな?


『あら、むっくんは?』


 ボク?最後だけど。

だってボク、人生二回目だし!

死にたいわけじゃないけどさ、さすがに一回目の人よりは後でいいでしょ?


『自己犠牲虫ですね、むっくんは』


 そんなにいいもんじゃないってば!


『さて……では最初の質問に戻りますが、殺せますか?』


 うん、当然!

だってさ、相手をやらないとボクが死ぬならまだいいけど、いやよくないけどさ。

アカたちが酷い目に遭ったりするんだよね?

それなら……ボクはやるよ。

たぶん気持ちよくもないし、楽しくもないけどさ。

やるよ、絶対にね。


『地球からの転生者にしては珍しいメンタリティですね』


 だって記憶ないも~ん。

ボクの自意識はこっちに転生してから発生したし、そりゃあアカたちの方が大事だよ。


 あ、でも……た、食べなくていいよね?トモさん?

さすがに言葉が通じる知的生命体をもぐもぐするのはちょっと……アカの教育にもむっさ悪いし。


『さすがにそこまでは求めませんよ。私はホラ、品行方正、容姿端麗な女神様ですし』


 自分で言っちゃうんだ……トモさんも付き合いやすくなってきたようですねえ。


『――で、むっくん』


 ――うん、わかってる。


 左腕に魔力を溜めながら、一気に振り向く。

豪雨の切れ目に――緑色でゴツゴツした大きな体が見えた。

アレは……なんだろ?でっかい、トカゲ?


『湿地蜥蜴です!』


 なんか昨日聞いたことがあるやーつ!?

撃っていいの?


『肉食の魔物で、性格は獰猛です』


 ――パイル、発射ァ!!


「――ゲギャッ!?」


 十分な魔力の通ったボクの棘は、馬くらい大きいそのトカゲの喉付近に着弾。

その周辺を抉りながら、後方へ貫通した。


「ヨッシャ!」


『まだですよ、わかっているでしょう?』


 はーい!まだ足音聞こえるもんね!


「ムーク様ァ!!」「おやびーん!!」


 荷台からは槍を担いだロロンが。

そして帯電したアカがすぐさま飛び出してきた。


「湿地蜥蜴か!奴ら群れで来やがるぞ、気を付けなァ!!」


 ドラウドさんの声に続き、雨の中から何匹かの足音が聞こえてくる。

くうう~!こんな雨の中で面倒臭いなあ!

空模様と魔物さんは空気を読んでください!!


『湿地に生息するトカゲですからね、雨は平気でしょう。あの革はいい外套や鎧に加工できるので高値で売れますよ、それに……私の知識には『美味』という情報があります。むっくん、頑張ってくだs――』


「――突撃!!オ前ガ晩御飯!!!!」


 ボクは、全開衝撃波を放って突撃を開始した。



・・☆・・



「ムムム……」「むむむぅ……」


 ぱちぱちと火の粉の上がる焚火。

それに渡された網の上で、脂の浮いた肉の塊が音を立てている。


 雨が上がり、日が暮れた空き地。

そこが今日のキャンプ地だ。


「おやびん、おなかすいた、すいたぁ!」


「右ニ同ジ……モウイインジャナイ?」


 あの時襲ってきた湿地蜥蜴は、全部で3匹。

そのうち、ボクの棘で損傷が大きい個体を解体し……焼肉奉行のロロンによって焼かれているってわーけ。

いい匂いがするなあ……


「駄目でがんす、まだ中心がほんの少し生でがんす!トカゲは、しっかり火ば通さねとえらいことになるんでやんす!」


「ハイ……」「はぁい……」


 焼肉奉行には逆らえない。

ボクは頭の上に乗ってるアカと一緒に我慢することにした。


『むっくんたちは大丈夫ですが、寄生虫がいる可能性もありますからね』


 異世界寄生虫……絶対怖いやつじゃんそれ。

胃の中で爆発したりしそう。


『まさかそんな。せいぜい成長しきって腹部を喰い破りながら出てくる程度ですよ』


ほらね!やっぱり怖いじゃん!

完全に某有名SF映画の怪物じゃん……!

恐ろしすぎるよう……


「むむ、む……!焼げやんした!最高の焼き加減でやんす~!」


「ワーイ!」「わはーい!!」


 お許しが出たボクたちは、揃って肉にかぶりついた。

ドラウドさんは、子供でも見るようにこっちを見ていた。

……まあね!子供だしね!!


 追伸。

湿地蜥蜴くんは脂が乗っていて無茶苦茶美味しかったです。

あんな魔物なら毎日来ていただきたい!

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