第21話 進化くんは空気を読んだ!!


「いくらなんでも、おかしい」


 ダンジョンから撤退し、村の跡地に戻った。

傭兵の皆さんたちと夕食を共にしていると……アロンゾさんが口火を切った。


「エンシェントがいるのはわかった。わかったが、それなら先日のスタンピードの規模がおかしい」


 焼けた骨付き肉を齧り、アロンゾさんが言う。

……おかしい?


「ドウイウ、コトデス?」


 気になったことはすぐに聞かなきゃね。


「ああ、規模が『小さすぎる』ってこった。エンシェントが産むガキはな、10匹20匹じゃねえ……しかも、成長すりゃあ全てが変異種のコボルトだ」


 うっそ、でしょ。

ボクが死にかけたあのレベルのコボルトが、ラグビーチーム以上の規模で産まれるってこと!?

そ、それは……確かに少なすぎる。

ガラッドに到達した変異種は、たしか6匹だったはずだ。


「コイツは厄介だな……トーリアが間に合えばいいんだがな」


 ちなみにトーリアさんっていうのは、ここにいた傭兵さんの1人だ。

軽装の革鎧を着たチーターっぽい女性で、見た目からして無茶苦茶足が速そうな感じだった。


 アロンゾさんはダンジョンから戻るなり、そのトーリアさんに命じて伝令をさせた。

帝国方面へ向かった主力部隊を、ここへ呼ぶために。


「恐らく、あのダンジョンの奥に抜け道があるハズだ。どこか別のダンジョンと繋がっている場所がな……エンシェントはそこからここへ来たに違いねえ、それも最近な。そうじゃなきゃ、ガラッドはもっとえらいことになってたはずだ」


 ふへえ、ダンジョンがドッキングか。

それなら、今までここが平和だった理由もわかるね。

最近いきなりつながったってっことか。


「……パライ、虎の子は?」


 相変わらず兜を脱がないバリトンさんが、低い声で聞く。


「あと2本、だけど『覚えられ』ちゃったからね。次は簡単にはいかないよ」


 初見なのに避けられる……というか、逃げられちゃったんだ。

あのコボルトの学習能力はすごいらしい。


「唯一の救いは……エンシェントの、ツガイになりそうなオスが周辺にいねえってこった。散々掃除したからな……もし、ダンジョンの奥にいたとしても今から孕むんじゃまだ時間はある」


 トモさん、エンシェントってどれくらいで子供産むの?


『たしか、半年ですね』


 人間の半分以下の時間で、変異種を『増産』するのか……恐ろしいねえ。


「アロンゾ、もう1つの可能性を忘れてるよ……もし、既に孕んでいたら?」


「……だよなあ!」


 ロイドさんの問いに、アロンゾさんが苛立ったように頭をがりがりかく。


「……ドウシマス?」


「とりあえず今日の所は、入り口に張った『結界』で凌げるだろうさ。だが今日だけだ、明日の分はねえ……俺達という存在を知られちまった以上、ヤツは外に出て別の場所で繁殖しようとするはずだ」


 こっちに出てくるのかあ。

ちなみに『結界』っていうのはエルフさんたちが使ってた魔法じゃなくて……特別な薬品を燃やして煙を上げることだ。

一晩中、あの入り口で燃え続けることになっている。


「ダンジョンの奥にできた抜け道がら、他に逃げられることはねがんすか?」


ロロンが聞く。


「それならとっくに逃げてるだろうよ。こっち側に出てきたってことは、向こうの出口は塞がっているかそれとも……奴でも手に負えねえほどの『何か』がいて、出られねえか……だ」


 それはもっとエライことだね……想像したくもないや。


「アノ、入リ口ヲコウ……爆破シテ塞グ、トカハ?」


「あ?ああ、ムークさんはダンジョンに詳しくねえんだよな……あのな、ダンジョンを構成してる石壁ってのはとにかく頑丈なんだよ。やってできねえことはねえが、それをするにゃ手が足りねえんだ」


 あ、そっか。

この世界って爆弾とかあんまり流通してないんだ。

パライさんの矢は2本しかないし……それじゃ無理ってことだね。


「ジャア、ドウシマス?」


「……なんとかぶち殺すしかねえ。アレを外に出しちまって、人里の近くで繁殖でもされた日には……ガラッド以外の街じゃ壊滅しちまうよ」


「ガラッドでも半分生き残れりゃ御の字でしょうねえ?」


パライさんは、そう言って苦笑した。

……なんてこったい。


 アロンゾさんは、骨付き肉を骨ごと口に放り込んでばぎばぎ噛み砕いている。

骨もいくんだ……丈夫な顎ですこと。


「……とりあえず、今日はさっさと休む。結界は明日の昼までは残るから……それまで待って、援軍が来ねえようなら……俺たちだけで突っ込むしか、ねえ」


 大きく喉を鳴らし、アロンゾさんはそう結論づけるのだった。


「ムークさんたちは、どうする?」


「雇ワレテマスカラ。デモ、ロロントアカハ――」


「にゃんとご無体な!?ムーク様ァ!我らは一蓮托生でがんす!!」「やー!!アカも、アカもいっしょ!!」


 ドラウドさんの所で待っていてもらおうかな~……なんて言おうとしたら、ロロンは腰に、アカは顔面に張り付いてきた。

説得はどうやら無理そうだね……し、仕方ない!

じゃあ、ボクが頑張るしかないや!!


「……頼リニ、シテルヨ」



「サテ」


 アロンゾさん達と別れ、今日の寝床にする廃屋へやってきた。

昨日は荷車だったけど、ちょっと今日は都合が悪い。


「アカ、ゴメンネ。ボクガ独リ占メシチャッテ」


「んーん、おやびん、さき!さき!」


 床に腰を下ろし……ポーチを持って、ひっくり返しながら『魔石』と念じる。

すると、逆さになった口から大小さまざまな魔石が転がり落ちてきた。


 これまでに集めたものと、今日の『取り分』……ノーマルコボルトと、それからメスのものも混じっている。


 強敵と戦うにあたって、できれば進化しておきたい。

前回の進化から、ずっと魔石を食べ続けているし……そろそろじゃないかな、なんて思ってのことだ。

いつもはアカと半分こしてるけど、今回は、本当に申し訳ないけどボクがもらう。

ボクが強くなって、アカたちをカバーしないといけないんだ。


 トモさん、どうだろ……いけそう?


『とにかく、食べてください。もしも進化に至らなければ……魔力回復用の魔石だけは残しましょう』


 その場合、とにかく距離を取って棘と衝撃波をぶち込みまくる戦法をとる必要がある。

不確定要素の多い戦いは嫌だからね……なんとか進化できるといいけど……ええい、弱気は禁物だ!!


 とりあえず、回復用の小さいのは残して……ガブーッ!!

手に乗せるだけ乗せて、とにかく噛み砕く。


 ばぎばぎばぎ、ごくん。

べぎべぎべぎ、ごっくん。

ごりごりごり、ごくくん。



 ――どくんと、きたぁ!!



『十分な魔力量を確認、魔素変換開始、体組織の再構成と置換を実行開始――』


 体がカッと熱くなる。

心臓が脈打ち、ボクの体が造り替えられていく!


 トモさん!明日の朝に間に合わなかったら、よろしく!


『はい、その場合は痛覚遮断を解除、急速進化へ移行します』


 もう二度とあんな思いはしたくないので!空気を読んでください、ボクの進化ァ!!


「やった!やったあ!」


「じゃじゃじゃ!なんど神々しき光――恐れ多いごとですが、毛皮をば、かけさせていただきやんす」


 ごめんねロロン!眩しいもんね!

よきにはからえ――ぐぅ。



・・☆・・



 ぱちり、と目を開ける。

真っ暗だ……あ、これ毛皮か。


毛皮を取ったら空が赤い……朝焼けか。

ってことは……


『間に合いましたよ、むっくん。進化完了です……ささ。何か食べないと餓死しますよ』


 寝る前にポーチに突っ込んでおいた乾パンを出し、そのまま噛み砕く。

倦怠感が満腹感にかわるころ……ようやく落ち着いた!

進化後はコレがあるから地味に大変!


 進化したんだよね、でも見える範囲に変化は……うわっ!?

腕が……正確に言えば両腕の棘が変わってる!

左腕の棘は今まで通りの形で、太くなった感じ!

でも、右腕の棘は……なにこれ?どうなってるの?


 ――右肘から生えた棘が……腕に沿って手首へ、そして中指と薬指の間で手の甲を『乗り越えて』反対側へ。

そして、肘の裏まで戻ってる!?

なんだろう……棘って言うより、チャック……そう、チャックだ!

これはどういうことだろう?

引っ張ったら腕が上下に二分割されるんだろうか?


 こうしてても仕方がない、トモさんトモさん、スキル表よろしくでーす!


『了解しました』


 懐かしいボードが、目の前に表示された。



・個体名『むっくん』

・保有スキル『複合視覚補助』『魔力吸収最適化』『衝撃波(大)・全方位・磁界電磁投射砲』『高性能多腕・二足制御』『隠形刃腕』『撃発刺突棘・二段・任意射出』『連環撃発棘・二段』『耐衝撃・対魔法複合高密度甲殻』



 こ、これは……見慣れないものが増えてる!

それに、以前からあるスキルも変わってる!?

トモさん!説明を!!


『はい、まずわかりやすいものを一気に。『複合視覚補助』は暗視、熱源探知が一緒になったモノですね……任意でリアルタイムの切り替えが可能です』


 ふむふむ、わかりやすい。

『魔力吸収最適化』……前は『効率化』だったよね、より吸収効率が上がったってことか。

んで、多腕制御と二足歩行も一緒に……より細かく動けるようになったってことだろうね?

あ!『高密度甲殻』に対魔法が追加されてる!もっと防御力が上がったってことか!コレは嬉しい!


 それで……衝撃波にくっ付いてる『磁界電磁投射砲』ってなぁに?


「おやびん!ツノふえた!ふえたぁ!」


 おお?何かが肩に……アカか。

もう起きたのね。

……ツノが増えたァ?


『どうぞ』


 反射率を上げたスキル表が目の前に。

そこに映ったボクの兜……そこには、『縦に』割れたようになった触角が見える。

前からあった触角が割れ、上下に並んだ感じ!これはこれで格好いい!!


『衝撃波の種類が増えました。触角の間に魔力で磁界を発生させ……電磁を帯びた魔力衝撃波を加速させて放つ、むっくんにわかりやすく言えば、【レールガン】です』


 な ん で す と ! ?

そ、そんな格好いい必殺技がボクに!?

と、とにかく試さなきゃ!


 立ち上がり、迷惑がかからないように……何もない区画へ歩く。

遠くの方では、ロロンが忙しそうに煮炊きをしているのが見えた。

あとでボクを見たらビックリするだろうなあ、ふふん。


 さて……ここでいいか。

村の外れで、おあつらえ向きの場所。

しかも大きな岩まで転がっている。

アレを標的にしよう。


 足を肩幅に開き、地面に棘を打ち込む。

うわわ、今気付いたけど足の棘が前より長く太くなってる!?

これはかなりガッシリ固定できそうだね。


『離れててね、アカ』『あーいっ!』


 アカが十分離れたのを確認して……魔力を充填する。

体に沿って上昇した魔力が、触角に纏わりつき……上下2本の触角の間に、紫色の小さな雷が発生し始めた。

それと、ヴヴヴヴ……みたいな重低音も。

そのまま溜めていくと、雷の数は増え、重低音も大きくなってくる。

ぎぎぎ、これ以上魔力を溜めていられない――う、撃つぞ!!



 ――ぢ、と聞き馴れない音がした。

その瞬間、足が引き千切れそうなほどの反動が襲い掛かった。

ぐむ、うううう!?!?



 凄まじい虚脱感を抱えて……ボクは、円状に消し飛んだ岩を呆然と眺めていた。

……パン食べよ、パン。

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